イケボの僕が、彼女に逃げられてしまった、切実な理由につきまして(。>д<)
……今日は、SNSで知り合った彼女と初デートなんだ。
半年前に、知り合って。
毎日いいねボタンを押し。
毎日リプして。
たまにDMで盛り上がって。
スペースで一緒にはしゃぐようになって。
毎晩電話で『おやすみ』を言い合う仲になって。
彼女、僕のこと、大好きって言っているんだ。
僕も、もちろん……、彼女の事が大好きなんだ。
毎日、毎日、僕の気持ちを、伝えたんだ。
「ああ…、出会う事が出来て…本当に僕は幸せだ!」
「声だけじゃ、……足りないんだ。美咲ちゃんに、早く会いたい。」
「君がいるから、僕は今…、こんなにも満たされているんだよ?」
「美咲ちゃんの存在に、どれほど僕が救われている事か!ありがと…。」
「ふふ…その恥ずかしそうな声、一生の宝物にするね。」
「ね…、もっと好きになっても、いい?」
「許可されなくても、恋に落ちるのは自由だよね?」
毎日、毎日、愛の言葉を、囁き続けたんだ。
「ね…、そっと抱きしめるって約束するから、僕の所に……落ちておいで。」
「美咲を見つめたくてたまらない僕の瞳は今…寂く夜空を見上げてるんだ…、あ!今流れ星が!」
「うん…?願い事?もちろんしたよ、美咲を早く抱きしめることができますようにって!」
「大丈夫、僕がいるよ!僕はずっと美咲だけを…愛してる。」
「何を心配しているの?おばあちゃんになった美咲もかわいいに決まってるじゃないか!」
「恥ずかしがってもダメ、僕は80歳になっても、毎日キスをするからね!」
「どう?そろそろ……愛される覚悟、できた?」
彼女、僕の声が大好きなんだって!
ずっとずっと、僕の言葉を聞いていたいんだって。
ずっとずっと、僕の言葉を聞いていきたいんだって。
ああ……よかった、僕のことを、好きになってもらえて。
気持ちを込めて、声に出したから…伝えることができたんだ。
気持ちを込めて、言葉を伝えたから…分かってもらえたんだ。
今日、ようやく……僕の美咲と、会う事ができる。
美咲に会ったら、その姿をじっと見つめよう。
美咲に会ったら、その声を間近で聞こう。
美咲に会ったら、その体をギュッと抱きしめよう。
そして……。
おや、あの曲がり角の所で、きょろきょろと辺りを見回しているのは……、僕の愛する、美咲!!
ああ、お化粧がうまくいかなくて、焦っているんだね。
そんなの僕は、気にしないのに。
どうしよう、どうしようって…心の声が、漏れ出しているじゃないか。
……本当に、かわいいな。
「美咲?初めまして、侑司です。」
慌てている美咲のもとに駆け付けて、自慢の声で、気持ちを込めて……愛する人に話しかけた。
「会いたかった!思った通り…とってもかわいい!」
「……どうしたの?僕の前で、緊張なんてしなくていいよ!」
「僕?全然緊張してない、むしろうれしさで胸がいっぱいで、今すぐ美咲を抱きしめたいくらい!」
……なんだろう、美咲の様子が、少しおかしい。
「今から、一緒に美味しいものを食べに行こうと思うんだけど…そっか、食欲ないんだ、残念。」
「じゃあ、僕の生歌聞かせてあげるよ、いいカラオケボックス知ってるんだ…そっか、耳が痛いなら仕方ないね、残念。」
「だったら、今から手を繋いで散歩しよう、見晴らしのいい場所知ってるんだ…え、なんで、もう帰るの?」
……明らかに、美咲の顔面バランスが崩れている。
上部弓状毛の歪、及び眼瞼の痙攣と眼球赤発、口唇の著しい崩壊様変形とそれに伴う切歯の露出、表皮温度低下に鼓動機能と呼吸機能の…暴走?!こんな見た目が別物化する人間など、見たことがない!!これはもしやレアもの、絶対に……欲しい!
「え、待って!なんで?!あんなに僕のこと好きって言ったじゃん?!逃げないで!!…え?!顔が変?!そんな馬鹿な、だって僕のプロフ見てかっこいいって言ってたよね?!…はあ?!おかしい?!何が!!…表情がない?!どういう意味?!いいでしょそんな面の皮なんか動かなくても!!…ちょっと待って、おばけって何?!僕はあんな肉体を持たないレベルの低い存在じゃなくて、わざわざ地球上に降りてきた……って!!!み、みーさーきー!!!」
愛する美咲が、せっかくの伴侶候補が、やっと捕獲できると思った人体が……、僕の目の前から逃げ出してしまった……。
……ああ、ケチって顔面モーションを導入しなかったばっかりに。
……でも、不具合が出て回収騒ぎがあったからさあ。
……くそ、あとちょっと、あとちょっとだったのにイイイイイ!!!
……だいたいさ、人間ってのは本当に…、変なところで繊細なんだよ。
どこの宇宙に、表面の歪みで感情を表す奴がいるって言うんだ……。
よっぽどの人類オタクじゃないと、喜びとか悲しみとか見分けなんかつくはずないじゃないか……。
そもそも、感情なんて不可解なものを持つ生命体なんてのは、この辺りじゃ地球だけで……。
……ホント、研究ってのは、一筋縄じゃ、いかないな。
僕は微塵も動かない顔面をつるりとなでながら……、他人の顔を見ようともせず、前に進み続ける人々の群れに、混じった。