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血染めの一本桜

 立成20年3月下旬、新東西自動車道空の宮インターチェンジ。国道の北側から料金所に入る曲がり角の所に、一本の桜の木ある。実はこの桜の木、市内ではかなりの曰く付きスポットであることで知られている。


 オレンジ色の空がだんだんと黒く染まりつつある逢魔が時、だいたい八分咲きといったところか、禍々しささえ感じられる鮮やかな色の桜を咲かせている木を見下ろす形で、歩道橋の上に三人の少女がたたずんでいた。


「というわけで、今から『血染めの一本桜』について徹底調査いたします!」


 拳を振り上げたのは新聞部部員の葉石静子(はいししずこ)で、「よろしくお願いしまーす!」と応えたのは同じく新聞部部員の牧田美紀恵(まきたみきえ)である。静子は来月で高等部三年生、美紀恵は同じく中等部二年生で新聞部の「高等部生と中等部生がペアを組んで活動する」という伝統に倣いペアを組んでいた。


 他のもう一人は部外者である。美紀恵は取材の証拠としてスマホで動画を撮っていたが、静子は美紀恵にもう一人の方を映すようアイコンタクトで指示した。


「えー、本日はゲストとして阿比野明(あびのあき)さんに来てもらっています。本日はお忙しい中、来てもらって頂きありがとうございます!」

「ま、まあお手柔らかにお願いします」


 阿比野明は実家が三元教(みつもときょう)という新興宗教、といってもすでにおよそ150年続いている宗教団体の教会であり、もちろん本人も信者である。宗教家の血を引いているならば霊能力があってもおかしくない、ということで呼ばれたのであった。


 しかし明は全く乗り気ではなかった。実は三元教は教えの中で心霊現象やオカルト、迷信の類を否定しており、教えを深く信じている明も当然否定の立場を取っていた。当たり前ながら霊能力なぞあるはずもない。それなのに明の元にはしょっちゅう除霊の依頼が来ている。というのもちょうど昨年の春に「天文部の八尺様」なる妖怪を退治したという噂が流れて、明に頼めば悪霊を退治して貰えると思われるようになってしまったからだ。「天文部の八尺様」の正体は背の高い天文部員で、後に明の恋人となるのだがその経緯まで書くと長くなるので割愛する。


 除霊の類は受け付けないことにしているが、明のいるボランティア部は校内新聞で不用品の回収を呼びかけて貰っているため、無下に断って新聞部との関係を悪化させたくもなかった。そういうわけで仕方なしについてきたわけだが、もしも新聞部員二人が心霊現象とやらに出くわした場合は、精神安定のために形だけ除霊したように見せかけるつもりでいた。


「さて阿比野さん、改めてこの『血染めの一本桜』についてご説明しましょう」


 静子は得意げに語り始めた。


「時は遡ること32年前の宝文31年、実はこの場所には桜並木がありました。ところがその年3月下旬の桜が咲き誇る頃、一人の若い女性が飲酒運転のトラックに跳ね飛ばされて亡くなるという痛ましい事故が起きました。女性の体は一本の桜の木に叩きつけられて、幹は血で赤く染まったと聞いています」

「うう、可哀想すぎます~」


 美紀恵がすすり泣くような真似をした。


「そして時は流れて元号が立成に変わった頃です。新東西自動車道の建設が始まって、インターチェンジを作るために桜並木は伐採されることになりました。ところが最後の一本、あの血で赤く染まった桜を切ろうとしたところ、チェンソーが跳ね返って作業者自身の首を切断してしまい……」

「ひえ~!」


 今度は身をわざとらしく震わせる美紀恵。明は呆れていたが静子の話には一応、真面目に耳を傾けた。


「その後も桜の木を切ろうとしたのですが、そのたびに工事関係者が次々と謎の病に罹ったり労災が多発したりと不幸が続きました。人々は事故死した女性の祟りだと噂しました。そしてとうとう当初の計画が変更され、桜の木を避ける形で道路を作ることになったのです。それからでした、人々がこの桜の木を『血染めの一本桜』と呼ぶようになったのは……がしかし! それで終わりではありません。毎年桜の咲く季節になると出てくる、という噂は今でも絶えないのです。そう、血まみれの女性の霊が……」

「きゃ~!」


 美紀恵は示し合わせたような叫び声を上げた。


「この『血染めの一本桜』の近辺は死亡事故が多発している箇所で、女性の霊が引き寄せているのだと恐れられています。さて阿比野さん、『血染めの一本桜』から何か感じるものはありますか?」

「何か、とは?」

「その、寒気がするとか、声が聞こえてくるとか」

「全然ないです」


 明はきっぱりと否定したが、静子は「ということはまだ霊は出没していないということでしょうかね」と、美紀恵のスマホのカメラに目線を合わせてコメントした。死亡事故が起きた場所を巡るという不謹慎なことをしているのにやけに楽しそうだったから、明はやっぱり理由をつけて帰ろうかなと思い始めた。


「しかし結構飛ばす車が多いですね、ここの道路は」


 明の視線は桜ではなく国道に向いていた。北方向南方向ともに交通量が多いにも関わらず、法定速度の何割増しかのスピードで車が往来している。


「まあ、ここは東西南北を繋ぐ交通の要所ですからねえ」

「あの車なんか祟りや呪いとか関係なく事故りそうな気がするんですが」


 北方向からやって来た赤いスポーツカーが、方向指示器も出さず右に左にと車線変更しながら猛スピードで歩道橋の下を過ぎていった。


「まあ確かに、運転マナーの問題もあるかもしれませんが……」


 そのときであった。きゃああっ、という叫び声じみたものが聞こえたのは。


「阿比野さんっ、今聞こえましたよね!」

「は、はい。はっきりと……ってええっ!? 何あれっ!?」


 三人が見たもの。左右にフラフラと揺れながら走っている大型トラックであった。


 そして叫び声の発生源はあのトラックからである。左右に揺れるたびにきゃああっ、きゃああっ、と、人間の甲高い叫び声のようなタイヤのスキール音を奏でていたのだ。


 トラックが磁石に引き寄せられるように、明たちから見て向かって右側によれた。その先には「血染めの一本桜」があった。


 ドオオオオン、という轟音とともに、ピンクの花びらが舞い上がった。続いて「血染めの一本桜」はバキバキバキと音を立て、無残にも根元からへし折れて倒れてしまった。


「ああああっ!! な、なんてことを……祟りがああ!! 呪いがああ!!」


 静子は半狂乱状態に陥った。美紀恵も動画撮影を止めて「先輩しっかりしてください!」と静子を正常化させようと必死に体を揺らす。トラックは周りに助けを求めるようにクラクションを途切れなく鳴らしているが、恐らく運転手の体がハンドルに押し付けられたままの状態になっているかもしれない。


 一番冷静だったのは明だった。自分のスマホを取り出して110番と119番に連絡し、それから静子をなだめにかかった。もしも自分がいなければずっとパニックで動けなかったままだったかもしれず、そういう意味ではやはり来ておいて良かったと思えたのであった。


 *


――血染めの一本桜、倒壊す


 新学期早々に発行された校内新聞にはデカデカとこのような見出しが躍っていた。


 美紀恵が撮影した動画にはトラックが『血染めの一本桜』に追突した瞬間が克明に映っていたが、その一部がコマ送りの写真として掲載されており、生徒たちの目に強烈なインパクトを与えた。


 ただ、静子はパニックで全く動けなかったにも関わらず、さも自分が冷静に事態を見届けていたかのように記事を書いていた。新聞を手にした明はさすがに呆れたが、もっと呆れたことに、自分が答えたはずのインタビューが全然掲載されていなかったのである。


「記者って自分の欲しいコメントしか取らないんだなあ……」


 元々乗り気で現場に行ったわけではないので、抗議するつもりはなかった。


 ちなみに事故を起こしたトラックの運転手は幸い骨折程度で済んで命に別状はなかったが、実はもしもあそこに桜の木が無ければインターチェンジを昇降している車を巻き込んでいたかもしれなかった、と地元紙が静子よりもプロフェッショナルで念入りな取材をした上で伝えている。


 つまり「血染めの一本桜」が多くの命を救ったことになる。本当に祟りや呪いが起きるのなら逆の結果をもたらしていたことだろう。明はそうコメントしたのだが、静子のお気に召さなかったらしかった。


「せっかく助けてあげたのに……ってダメだダメだ、傲慢になっちゃダメだ」


 明は新聞を丸めて自分の頭を叩き、一人も死者を出さずに済んだことに改めて自分の信仰する神様に感謝したのであった。

主な登場人物:


・阿比野明

立成20年4月から高等部二年生。拙作『明星は漆黒の宇宙に冴える』主人公。実家は新興宗教、三元教空の宮教会。服飾科卒の年上の恋人がいる。


・葉石静子

新聞部員。立成20年4月から高等部三年生。文章力は卓越しているが捏造寸前まで話を盛る癖があるので実は評判があまりよろしくない。


・牧田美紀恵

新聞部員。立成20年4月から中等部二年生。静子とペアを組んでいるがプライベートで会話したことが一切ないため周りから不仲を疑われている。

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