悲劇の公爵令嬢は王子の生きる意味となる。〜幼馴染に婚約破棄されて泣き崩れていた私を拾ってくれたのは他国の王子様だった〜
初めて異世界恋愛を書いてみました。
よろしかったらどうぞ。
「俺、素晴らしい女性を見つけたから―—ごめん、婚約は破棄させてくれ」
一週間前、幼馴染である彼にそう告げられた私は泣き崩れた。
いや、前兆はあったかもしれない。
この前までは毎週、王家にいる彼に向けて何度も恋文を書いては送り、彼も私に返信してくれた。
なのに、この一年くらい。その頻度は一気に減ったのだ。私には理由も、意味も全く分からなかった。普通に風邪でも引いたのかな? と、昔から体が弱い彼の事だからどうせ具合が悪くなったんだろう―—と思っていた。
しかし、蓋を開けてみればそう言うことだったのだ。
よく、男は浮気をしやすいと言うが——まさか、彼もそうだったなんて思いもしなかった。
これだから男は……なんて私は言いたくはないのに、そう言わせられる状況を作られた。
正直、私はおかげで若干の男性恐怖症にもなった。
私は……素晴らしくないのか? そんな風に沸々と悲しみと絶望が沸き上がてくる。
どうして?
でも、それでも。
でも、そんな私でも幸せは勝ち取れるということを証明したい。
すべての女性たちに向けて、頑張る人々に向けて……‼‼
――――――――――――――――――――――――――――――――――
私の名前はローズリッテ・エミュシエル・ロベリア。
最近、幼馴染の王子にフラれた19歳公爵令嬢でもある。
もはや、人生の辛さを精一杯感じたせいか、最近は29歳ですかって言われるくらいだ。大体、女性の年齢を間違える時点で〇刑にしたいくらいだ。
失礼極まりないったらありゃしない。私の涙腺を何だと思っているのやら。まったく、これでも年端のいかない乙女なんだぞ。
そんな日から一週間が経ったある日、再び国王主催のパーティに御呼ばれした。
ちょうど、新しい結婚相手を見つけるいい機会だと思ってはいたが……昨日のパーティで痛い目を見た私からしたら正直あまり期待はしていない。
というか、王子に振られた私に興味を持ってくれる方はほとんどいない。
まぁ、仕方ないのかもしれない。
所詮、王子の切れ物。忘れ物だ。そんなお古を頂こうなどと考える人は皆無。
つまり私はもう、未来がないのだ。
悲劇のヒロイン。
いや、悲劇の女の方があっている。
ヒロインなんて言う素質、私には微塵もないし、助けられたことなんて一度もない。むしろ、助けてきたのは自分の方。いつも、自分の運のなさを呪って生きてきた。
しかし、そんな私が悲劇のヒーローに出会ったのは、まさに、そんな絶望に暮れて自分の生きる意味が見いだせなかった―—暗かった時期だった。
☆☆
昨日、またもや王家主催のパーティに呼ばれた私は化粧台で適当なおめかしをして、会場へ向かった。
誰のエスコートもない、一人でウエイトレスからもらったノンアルコールのカクテルを貰って口をつける。どうせ今日もそう終わるのだろうと思った——その時。
私はすぐに一人の男性が目についた。
大広間のその奥、カーテンの歌劇に隠れながら座ってひとしきり遠くを見つめている一人の男性。
美しく照り輝く碧眼に、さらっと流れる金色の頭髪。
高身長で私よりも頭1.5個分ほど違う彼に私の視線は吸い寄せられていた。
「あの方しかいないっ……」
直感、まさに運命的な何かを感じた。
こう、心を鷲掴みにされるような……繋がった様な……神のお告げを受けたかのような感覚に襲われて、私はいつの間にか彼の元へ走っていた。
彼の目の前で立ち止まった私は桃色のリップを塗った口を開き、話しかける。
「……あの、隣いいですか?」
「え、あ、はい……いいですよ」
冴えない返事。
綺麗な青色の瞳がシャンデリアの光を反射させて、煌びやかに輝きを見せている。
綺麗な瞳。
私はただ単純にそう思う。
「あのぉ……ここで何かしているんですか?」
本当に、なんとも言葉に表せられない―———美しい顔。
私が見てきた中で最も美しく、かっこいい顔立ちをしているだろう彼はどこか沈んだ表情をしていた。
「あぁ、その……俯瞰です」
「俯瞰……?」
「僕、あまりモテないので……端にいる方がいいんですよ」
「モテないなんて……そんな綺麗な顔なのに……」
「いやぁ、まさか……ははっ。お世辞だとしても嬉しいですね、女性にそう言われるのは」
「お、お世辞ではないですっ。私はただ、本心を……」
「本心ですか?」
「ええ、もちろん。それにそんなところで嘘なんかつきませんし」
「……っ。優しい、方なんですね……」
「いや、そんな……。あ、その……お名前は?」
「ベールスホット・フォン・アインツベルです……」
「あ、アインツベルさん……ですか」
どこかで聞いたことがある名前だ。
首を傾げながら少し黙ると、彼はこちらを見つめこう言った。
「はいっ……えっと、あなたは?」
「あぁ、私はロベリアです。ローズリッテ・エミュシエル・ロベリアで……えっと……財務局に努めているローズリッテ公爵の公爵家、長女ですっ」
「あぁ、あのローズリッテ公爵様のっ。そうでしたか……あなたがあの、ロベリア様……」
若干焦りながら名前を言うと、彼は知った様な口でそう呟いた。
あのロベリア様……?
私とアインツベル様には別に、交友関係はなかったし……知っていることなんてない。首を傾げていると、それを見かねた彼はニコッと微笑み―—
「僕の国もお世話になっていますよ、すっごく……」
「え……国?」
その瞬間、私の頭は固まった。
何せ、彼の言っていることが分からなかったから。
今、彼はなんて?
『ああ、あのローズリッテ公爵様の……』
ってそっちじゃない! 重要なのはそのあとの方です!
『私の国もお世話になっていますよ、すっごく』
私の……国?
え、国って何?
このパーティは国王様主催で、さまざまな貴族が来ているし、なんなら他の国の関係者の方々も多く来ている。
聖職者、貴族、冒険者、魔術師、軍人、近衛騎士……数えていけばキリがないほど。平民以外の全ての役職の方々が集う年に一回の大イベント。
そして、そんなイベントに来ている彼は……ベールスホット・フォン・アインツベル……
ベールスホット・フォン……ベールスホット……ん?
「えっ⁉︎ ベールスホット帝国の⁉︎」
「はい……第五王子のアインツベルですね。ご存知なかったですか?」
「そんな、まさか‼‼ 知ってますよ‼ というか本物ですか‼‼」
「あははっ……それはそれは、ありがたいことですねっ」
まさか、よく有名雑誌に載っているあのお淑やかでベールスホットの中でも指折りのイケメンのアイン様。優しくて高身長で、それに勉学や肉体も完璧で、その凄さには一貴族ながら私も感心した。
なぜ、初見で気が付かなかったのかと思うくらい。我ながら、恥ずかしい。
しかし、私は同時にこんなことを思った。そんなにも凄い彼がどうしてこんなところで独りでいるのか。人望も実力も、それらすべてを完璧に持っている彼がどうしてこんな場所にいるのか……。
「あの……どうして、一人で……?」
気が付いたら私は口走っていた。
「聞いちゃいます、それ?」
やば、終わった。デリケートなことを話題にあげた自分を呪ったが、過ぎてしまったことを変える事はできなかった。
「あ、え————そのっ! い、嫌ならいいです……けど……少し、疑問で」
「はははっ……そんなに慌てなくても怒らないですよ?」
「す、すみません……」
「いえ、大丈夫です。ですが……少々ここでは話をするのは難しいので、場所を変えましょうか」
すると、彼は手に持ったワイングラスをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がる。
「お、おおきっ⁉」
「そちらは——小さいですね」
とんとんっ。
頭を優しく叩かれてしまい、思わず胸がドキッとする。
このさりげない優しさから分かるけれど……私の目には狂いはなかった。
★★
「ここならいいかなっ」
数分ほど歩いて、私たちは大広間の外。
近衛騎士隊の見張りも少ない夜空が見えるベランダに来ると、アイン様は振り返りそう言った。
「は、はいっ。私は大丈夫です!」
「君は大丈夫でも僕がね?」
「あ、す、すみませんっ」
「冗談」
「え?」
「ちょっと意地悪しちゃくなっちゃってね……大丈夫、冗談。ジョークだから」
「あ、は、はいっ……その、すみませんっ。アイン様」
「なんで謝るの……まあいっか。あと、僕のことはアインでもベルでも呼び捨てで大丈夫ですよ?」
「そ、そんな————できないですよ‼‼」
「じゃあ、理由は話さないよ?」
「うっ……そ、それは……ずるいです」
「ずるい? どこがかな?」
微笑みながら凄いこと言ってくるこの王子。
まさか、凄くドSなのでは? とさえ思ってしまう。
「な……、そんなことは……」
「じゃあ、言ってくれない?」
「そのっ……えっと…………べ、べ……ベル様?」
「ありがと、ロベリア」
っ。
一瞬で顔が赤くなった気がする。
なんですか、この王子は。
「それで、本題行きましょうか」
彼がそう言うと、一気に重苦しい雰囲気が漂っていく。
思わず生唾を飲み込んで、私はそのお話に耳を傾けることにした。
☆☆
「——僕は明日、死のうと思っているんです」
真っ暗な夜空、そして遠くから聞こえてくるパーティの賑わった大衆の声。
星々が微かにアイン様の顔を照らす中、彼はそう言った。
「え?」
思わず、聞き間違いだろうと考えた。
意気揚々と小国とは言え、王家でいい位置に着く王子様がそんなことを言うわけがない。そう思っていた私は思わず、一音を洩らしていた。
「いやぁ……ね。僕は一応、王子として王位継承権も与えられてるんだけど、どうやら父さんに気に入られてるっぽくてね、それで兄さんから嫌われて……そんな感じになるならいっそのこと死のうって」
「そ、え……な、何を言って」
もちろん、声なんて出るわけもなかった。
そんな深刻な表情と声色に何かができるわけもない。
ただ、そんな言葉を呆然と立ち尽くしながら聞いていた。
「ははっ……それにさ、もういい頃かなって」
「まだ……20歳じゃ……」
すると、彼は唇に人差し指を付けて、静かにしてと目配せを送る。
びっくりしてしまって、思わず叫んでしまった。
「なんで、そんな……」
「嫌がらせも飽き飽きだし、帝都の女性たちからの声援も正直……足枷にしかならないんですよ。何を言っているのかって思われるけど、プレッシャーも凄いし、少し顔がいいだけだし……もう、辛くて……」
「やめて、ください……よ」
私は咄嗟にそう言ってしまっていた。
ついさっき、運命的な出会いを果たした私から言わせてもらえばそんなことは言わないでほしい。まして、憧れの的で、今やベールスホット帝国では特に人気な方なのだ。そんな不幸には思えないし、まさか死のうなんざ考えているわけない……と。
しかし、彼は今にも泣きそうな目で。
「あははっ、ごめんね。君の様な綺麗な女性にこんな情けないこと言っても……」
「いや、そんなことは‼‼」
「ははは……」
悔しそうな顔、そんな姿を見て私は何もできていなかった。
どうしたらいいのか、一体、何をすればいいのか?
彼を婚約者にしたい―—そんな当初の目標ですら忘れるくらい、私はその場に突っ立っていた。
「そう言えば、ロベリアさん」
「な、なんでしょう?」
「その、明日、冥途の土産と言いますか……良かったら僕と一緒にデートでもしていただけないでしょうか?」
「え、わ、私でいいんですか?」
「はい、凄く綺麗ですし……こんな泣き言も聞いてもらって、もしよければその、お返しをしたいので……」
「いえ、むしろ‼ 歓迎ですよ‼‼ その、私でいいのならっ」
「では、明日よろしくお願いしますね……」
そんな、成り行きで始まった関係は徐々に変化を見せていくことをこの時の私はまだ知らない。
☆☆
「げ、劇場ですかっ——」
「あれれ……世の女性は劇場で恋愛劇を見るのが好きだと聞いていましたがそうではなかったのですか?」
「あ、いえっ! そうではなくて……その、最後……なのに私がエスコートされていて……ど、どうしたらいいか……」
「あははっ——だって僕の方から誘ったんですから、大丈夫ですよ?」
「いや……でも……」
「女性の方が考える事じゃないですっ。ほら、そんな硬い顔していないで——にぃ~~って」
真夜中の人気のない劇場の前で、彼は私の唇に触れ、にーっと弧を描いた。
思わず、感じた温かさに肩がビクッとしたが優しい手つきでドキッとしてしまう。そう思った途端に顔が熱くなったのを感じた。
「っ——あ、に、にぃ……」
「プルプルしてますよ?」
「だ、だって……その……は、恥ずかしくて……さ、触られて……」
「あ、すみませんっ! 僕、なんか自然に……」
「いや! 別にそういうわけじゃなくて……ただ、恥ずかしくて……も、もっと触ってほしいです‼‼」
あ、やばい……私、なんか変なこと言ってないか?
しかし、気づいたときにはすでに遅く、目の前でアイン様は呆気を取られたように立ち尽くしていた。
「あ……や……そのっ、ち、ちち、違くてっ……ぅ」
「……あははっ、お、面白いね……ロベリア様っ」
「っ……ご、ごめん……なさい」
「いやいや、僕は好きですから気にしないでくださいよ! それに、ほら、手ぐらいなら握ってあげますからっ!」
俯きながら呻きを溢す私を見かねてか、彼はやさしく私の右手をその大きな手で覆いこんだ。ぎゅっとした温かい大きな手。思わず、小さい頃にお父様と良く手を繋いでいたことを思い出した。
今では、恥ずかしくてできないが——そんな情景がふと、頭の中に浮かび上がった。
「……あの、やっぱり……い、嫌でしたか?」
「——っ全然‼‼ む、むしろ握っててください‼‼」
また言ってしまった……しかし、目の前の彼はニコッと微笑んで、劇場の中へ連れていく。
同時に、視界を覆う彼の背中。
さすがというか、一国の王子のオーラ……というか。それはアイン様だけの希薄なのか。どれなのかはよく分からないが——私を覆い、包んでくれて、守ってくれそうな大きな背中は凄く頼もしく、温かさを感じた。
こんな優しい人が死んではいけない。
そんな思いが——この、胸の高鳴りと共に私の頭の中で反芻した。
★★
劇場で大昔にやっていた恋愛劇を見た後、私たちは公園のベンチで軽く会話をして家に帰った。アイン様はまだベールスホット帝国には帰らず、ここのホテルに滞在するらしく、私も思わず明日も会おうと約束を交わしてしまった。
そして、翌日。
「ほ、本当に来てしまった……」
帝都の大公園。初代国王の銅像の前で私は待っていた。
服装は迷った挙句、帝国大学の制服で——黒と赤を基調としたブレザーとスカートの普通なもの。休日に出かけるというのに、なぜ制服なのかと問われても何も言い返せないが——ただ、変な服ではないため無難ではあるだろう。
笑われないか少し不安だ。
10分ほど待っていると、彼は集合時間ギリギリに走ってやって来た。
「——ご、ごめん‼‼ ちょ、ちょっと遅れちゃって‼‼」
「あ、いえいえ―—私もついさっき来たところなので……そ、その大丈夫ですか?」
さすがスポーツをやっているだけあるが……額に汗が滲んで、息切れもしている……何かあったのだろうか。
「ほんとに、遅れてしまって……申し訳ないっ」
「いやいや、集合時間はまだ5分ほど先ですっ! 気にしないでください!」
「ぼ、僕の方が先に言ってやろうっ——と思っていたのですが——いやぁ、それが……近衛騎士の数人を捲くのに手こずってしまって……父にはOKともらったのですが……彼は慎重で……ほんとに」
「そ、それは——別に、私はいてもらっても大丈夫ですよっ……」
「いや、それはさすがに気を使わせちゃうので……それに、どうせ今もどこからか見守っていますしねっ……僕もほら、色々と変装しているのできっとばれませんよっ」
「へ、変装……ですか?」
彼はそう言ったが私には昨日の夜とおなじ姿にしか見えなかった。
「あぁ、一応これは魔術の方を行使しているのでっ! 一応、これでも帝国随一の魔術師なんですよ?」
「ま、魔術ですかっ……私はそっちの方はちんぷんかんぷんで……」
「あははっ……結構簡単なのでレクチャーしますよ?」
「い、いや——そんな迷惑なっ!」
「迷惑じゃないですよ! なんなら食事の時でも教えますから!」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」
「はい、よろしくお願いしますね」
そう言うと、彼は私の手を握り、ニコッと笑みを浮かべながら大公園の東へ向かった。
☆☆
「……魔術と言うのは~~って、あれですね、あんまり専門的な話は面白くないですねよねっ」
公園の隅で楽しそうに魔術をレクチャーしてくれるアイン様の横顔を見つめていると、気づいたのか彼がこちらに視線を向けてきた。
「あっ、いや——そ、そういうわけじゃ‼‼ その、えっと……凄く楽しそうで……可愛かったっていうか……」
「か、可愛い? そ、それは言われたことがないですね……照れるなぁ」
「か、可愛いです‼‼ 私は好きです‼‼」
「s、好き?」
あ。
やばっ。
私、変なこと言ってしまったかもしれない?
いや、言ったよね私‼‼
好きってさぁ‼‼
それを理解すると、かぁ――と顔が熱くなった。急いで顔を両手で隠すと、隣に座っているアイン様は私の頭に手を置いた。
「あ、ありがとう……うれしいよ」
「ぁ……ぇっと……それはぁ……その、なんというか……うぅ」
なでなで。
手を左右に揺らし、私の頭を優しく撫でる。
余計に顔が熱くなって震えることしか出来なかった。
「——ははっ、可愛いのはどっちですかねぇ」
「っ~~わ、私は可愛くはないですっ‼‼」
「そうかな? 少なくとも俺には可愛く見えるけど?」
「え——」
ばっと顔をあげると目の前に彼の綺麗なシーブルーの瞳。思わず見惚れ、固まってしまったが——私はすぐに視線を逸らす。
「——ぁ、その……すみませんっ」
「なんで謝るんですか……綺麗な瞳だと思いますよ?」
「き、綺麗って……そんな……」
「いやぁ、僕のと比べてみればロベリア様の瞳はもう太陽みたいに大きくて……届かないですよ」
「そんなことありません‼‼ アイン様の方が、絶対‼‼」
「いやいや、ロベリア様も」
「いや、アイン様が!」
と言い合っていると、隣の席に座っているご老人がこちらに笑みを向けてきた。
そんなご老人を見て、私はハッとなり再びアイン様から目を逸らした。
「あ——ごめんっ」
「わ、私も……すみませんっ」
————静寂が二人を襲う。
お店の中で痴話げんかみたいに変なことを……いや、痴話だなんて! 別に付き合ってもいないのに、何を考えているのよ、私は。
そう考えてしまって、不意に来た恥ずかしさに胸がバクバクとなり、思わず逃げ出したくなっていた。まったく、もとはと言えば私が誘った様なものなのに意識してしまって何にもできないのにはらがってきたけど、事実、彼の方に首が回らなくて悔しい。
そんな私を見かねてなのか、アイン様はゆっくりと右手を握る。
私は驚いて肩をビクッと震わして恐る恐る彼の方に目を向けると、俯きながらこう言った。
「……あ、あのっ、急にであれですけど……良かったら……今夜、花火でも見に行きませんか?」
「……え、は、花火?」
急な誘いに呆気を取られたが、彼は言い直す。
「あぁ、まぁ、大会はないだろうから道中で買ってからですが……」
「い、良いんですか?」
「もちろん、僕は大丈夫ですよ?」
「じゃ、じゃ……その私もっ」
そうして、今夜。
新たな予定が決まったのだった。
★★
「は、花火って久しぶりですよねっ」
花火職人の直営店から10本ほどを買い込み二人で川辺に向かう途中。私は舞い上がる心を何とか抑えながら、ぼそっとそう呟いた。
急な問いにびっくりしたのか、呆気に取られているアイン様。そんな顔も可愛くて、私はクスッと笑った。
「……ふふっ」
「あ、あぁ……そう、だね?」
様子を見るように答える彼はあまり王子様って感じがしなかった。どこにでもいるような高等学校に通う男子学生だった。
それに、最初は一目惚れだったのに。今日と言う一日だけで、余計にその気持ちは強まった気がする。不意に見せる笑顔も、でもどこか悲しそうな顔もすごく綺麗で、美しくて……私にはすごく勿体ない気がした。
普通に生きていきたい少年の顔と言うか……別に、私が年下の子が好きで童顔食いってわけでもないのにちょっとだけ心に響く。
「だねってなんですかっ……? 別に同情は求めてませんよ?」
「あ、そ、そうだねっ! ごめんごめんっ、ちょっと静かにしてたら僕も焦っちゃって……」
「いやいやっ、アイン様はそんなこと気にしないでください! 少し揶揄ってみただけですっ」
「僕、揶揄われてたのか……」
「はい、可愛かったですよ?」
「か、かわいい!? あ、あんまり―—言われたことないね……」
ぼそりと呟いた彼の頬はほんのり朱色に染まっていた。
「アイン様、今の顔もすっごく可愛いですっ」
「て、照れるって……頼むからっ」
「私は、本気で思ってますよ?」
「……っ、か、敵わないなぁ」
うぅ―—と唸りながらそっぽを向き、目を合わせないようにしている。今すぐにでも、できるものなら顔をキュッと寄せて頬っぺたにキスしたいけれど、背が高くて届かないや。
「……も、もうすぐだねっ。一応、準備しておこう」
「そ、そうですねっ」
こくりと頷いた私はさりげなくアイン様の袖を掴み、公園の中へ入っていった。ぎゅっと握るとビクッと一瞬だけ動いたが、彼はすぐに私の手を握って何も言わず隣を歩いた。
☆☆
バチバチバチ。
七色に輝く手持ち花火が何もない公園の真ん中で音を立てていた。
いつぶりだろうか。
きっと、10歳とか9歳とか……もしかしたらもっと前だった気がする。でも不思議と、持ち方とかも覚えていて、その火花散らす幻想的な形を私とアイン様はじーっと見つめていた。
すぅ……すぅ……。
花火の音の先に、息遣いまで聞こえてくる。なんか、すごく嬉しい。
変態なのかな、私。
「なんか、すっごくエモい……ね」
「——エモい?」
反射的に聞いてしまったが、言われてみればそうかもしれない。小さい頃はただただ綺麗で、面白くて、遊びの一環でやっていたけれど、もう大人になる私たちからはそんな陳家なものには見えない。
バチバチと光る蜜柑色がアイン様の顔を照らし、ゆらゆらと影を揺らす。
少し潤んだ彼の瞳がふと見えて、視線を逸らす私。
なんて、愛おしいんだろうか。
この人は。
「そ、そうかもしれないですねっ」
「ははっ、僕も初めて使ってみたけど——使い方間違ってなかったかな」
「多分、大丈夫かと?」
「なら、いいんだけど……一国の王子が言葉すら操れなかったらどうするんだーーってね」
「別におかしくはないと思いますよ?」
「そ、そうかな……」
「はい、むしろかわいいですっ!」
「かわいい……のは、ロベリア様の方だと思うよ?」
「え——いやいやいや、そんなこと‼‼」
不意な一言に思わず声が裏返った。
かわいいなんて……言われた。いつも両親にしか言われたことなくて、さすがに破壊力が凄い。
というか、私は可愛くないし。
「いや、僕から見たらすっごくかわいいし、素敵な女性だと思うよ。先客がいなければ——いただきたいくらいだねっ」
「え……アイン様って、もう相手とかいるんですか……?」
「まさかっ、僕はいないよ! いやぁ、まあ欲しいんだけど、もう無理そうだし……」
「わ、私でよ、良かったらな、なります‼‼ なりたいです‼‼」
「え——」
線香花火が地べたに落っこちていくと同時に私はアイン様と目を合わせる。
ゆらゆらと煌く碧眼と、色白で綺麗な肌。
見つめ合ってからしばらくたって、お互いに視線を逸らす。
私、言っちゃった。
言っちゃったよね、今。
絶対、言った。空耳じゃない。確実に言った。
理解した瞬間、ボっと音を立てるほど顔が熱くなった。
「——今、なんて」
「や、えっと……わ、私が何言ってんだろ! ご、ごめんなさい‼‼」
「いや……なんて」
「別に気にしないでください‼‼」
「————気にするよ、だからなんて言ったの?」
「え……ぁ、その……お、おこがましいですけど……アイン様の事、す、す……好きで……」
「僕のことが?」
「はいっ……」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとです……」
数秒間の沈黙。
言ってしまった後悔で頭がいっぱいになっていく中、目の前の彼は地面に手をついて、こう言った。
「——ねぇ、ロベリア」
「っ⁉」
「僕の事、アインって呼んでくれないかな?」
「な、なななな、何を‼‼」
「いいから、ほら」
「あ、あいぃん?」
「アインだよ、あいーんじゃない」
「あ……いん……」
「うん……ありがとう」
すると、同時に彼の持っていた線香花火が闇夜に消えて、私は押し倒された。
そして、私の体は見えない彼の大きな体に包み込まれた。後ろに回された腕はちょっと硬くて、逞しい……でも少しだけ震えていて、私もちょっと安心した。
「僕もね、ロベリアのことが好きだ。好きになった。もう……死にたく、無くなっちゃった」
「ぁ……」
抱きしめられて、声が出ない。
とくん、とくん……。
ただ彼の鼓動が肌を伝って、胸を高鳴らせる。
何を言ったらいいのか、どうしたらいいのか―—初めての事ばかりで私は動けなくなっていた。
「いいよ……大丈夫」
「……ん」
「今度、こっちにも来てくれない? お父さんに紹介したい」
「た、他国の……娘ですよっ」
「大丈夫、ロベリアのお父さんとは面識があると思うし……いろいろと面倒なところは二人が何とかしてくれる。それに、僕も尽力するからさ、どうかな?」
そんなの答えは一つに決まっている。
頑張ってくれるなんて―—聞いてしまったら、私の答えは最初から一つだけ。
ふぅ―—吐息を吐き、私は内から零れ出る涙と共にこう呟いた。
「……っよ、よろこん―—でっ……」
そう、これは——私の物語だ。
悲劇が過ぎ去って、幸福が待っている。
これからはもう、めげないで、諦めないで……一生懸命生きてけばもしかたら何かがあるかもしれない。
頑張って、よかった。
FIN
良ければ評価、感想どしどしお願いします‼‼
気分が乗ったらまた書いてみます‼‼