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悪魔のピアノ



「ねぇこれは?」

「うーん……ちょっと違う、気がする」

目の前で女子同士の会話が繰り広げられているのをただ静観する。

駅前からすぐの位置にある商業施設。ここならば何かあるのでは無いかとの提案だった。いくつかの雑貨屋を巡り、今はアクセサリーショップに辿り着いている。

付き合ってくれると名乗りを上げていた和真は早々に飽きたのか、助っ人二人と自分だけを残し「その辺うろついてくる」と言って既に別行動だ。あまり期待はしていなかったがこうも早く放っておかれるとは思っていなかった。店と似つかわしく無い自分の存在にら四季は顔を顰める。

真剣に探してくれている手前、溜め息を吐くのは筋違いだ。だがやはり馴染んでいない自分がこそばゆく感じる。当の二人は気にする事なく彼女へのプレゼントについて意見を交わし合っている。

ただでさえ店内はそんなに広くないので、他の客の邪魔になってはいけないと一旦通路に出たところ、横から聞き慣れた声が届いてきた。

「おーっす。あれ、和真は?」

秀多とあやのがこちらに向かって歩いてきた。彼の問いに四季は息を吐いて答える。

「その辺にいるって言ってどっか行った」

「まあ予想は出来てたけどやっぱそうなったか」

そのうち戻ってくるだろ、と和真が肩を叩くと続いて隣にいるあやのが今日の本題について触れる。

「決まったの? 美都へのプレゼント」

「いや、まだ……」

決まっていないことへの焦りと後ろめたさで口籠る。背後ではまだ春香と凛が品定めをしているところだった。あやのは四季の回答を受け取った後、彼女たちへ合流するため向かっていった。するとすぐに同姓同士和気藹々と話している声が耳に届く。

「すげーな女子は」

その秀多の言葉に同意するよう頷く。会話の内容が一部聞こえていたため流れを要約すると、凛とあやのはあまり面識が無くいつも通り凛が人見知りの体制に入っていたところ、春香の仲介であっという間に壁がなくなり現在に至る、ということだ。あやのもあれでやはりクラス委員を務めているだけある。他人への接し方は熟知しているらしい。彼女もまた立ち回りが上手いなと感心する。

「で、何を決めあぐねてるわけ?」

「決めあぐねてる、ってか……ピンと来るものがない」

「そんなに難しいかぁ?」

他人事だと思って、と眉間にしわを寄せるが確かに他人事なので詰め寄ることも出来ない。難しいだろう。何せ初めてのプレゼントなのだから。美都のことだから何をあげても喜ぶだろうが使ってもらえなければ意味がないのだ。頭を抱えて唸っていると、思い出したように秀多が声をあげた。

「そういや、さっき月代に会ったぜ」

「は? どこで」

美都の名前が出てきょとっと目を瞬かせる。今日は彼女だけ別行動だ。誕生日なのに一人にさせて申し訳ないという気持ちがある上で、秀多の言葉に首を傾げた。

「三丁目の公園のあたり?」

「一人でか?」

「おー。なんか声かける前までボーッと突っ立ってたぞ」

三丁目の公園、というと菫がいる教会に程近い位置か。ボーッとの真意が読めず顔を顰める。一人で菫の教会に行き何か話を聞いたのだろうか、と勘ぐってしまう。以前にもそういったことがあった。彼女一人だけで話を聞いて内容だけ共有してもらったのだ。一気に心配になってくる。なぜなら美都は他人からの話を真っ向に受け取るからだ。そのせいで彼女自身の心に負担がいかないかと気が気でない。帰ったら真っ先に聞かなければ、と思った矢先。

「まぁ俺んちも三丁目だしな」

突如会話に加わる声が聞こえて顔を向けると飄々としながら和真が側まで歩いてきていた。そのまま合流した彼は秀多と軽い挨拶を交わす。

「あーそういやそんなこと言ってたわ。お前いなくていいの?」

「俺じゃなくて母親に用事だから別になー」

「なる。理解した」

テンポの良い二人の会話は、互いに和真と美都の関係性を知っているからという理由が含まれている。幼馴染みである彼らは家族ぐるみの仲らしい。つまり三丁目、ということは実家方面に向かっていたということかとひとまず安堵の息を漏らした。

「あ。そうだ、悪魔のピアノ」

「は? なに?」

おもむろに秀多が口に出した単語に四季は眉間にしわを寄せた。突然何を言い出すのだろうと不思議に思っているとそのまま彼が続ける。

「知らねーの? あの辺りたまにピアノの音が聞こえるって話」

「ピアノ──?」

言われて記憶を遡る。そもそもあちらの方面へ行く用事など、菫の教会を訪れる以外にはほとんどない。だから一瞬何のことだかわからなかったが5月の長期連休の際、退魔を終えて美都と歩いているときにそう言えば彼女が何か反応していたな、とふと思い出した。だがなぜそれが悪魔なのかまでは理解出来ない。疑問を口にする前に和真が口を挟んだ。

「音の出処(でどころ)が幽霊屋敷だからだろ」

また突拍子もない単語が飛び出してきて四季は今日何度目かの渋い顔を浮かべた。そんな非科学的な話がこの時代に出てくるとは到底思わないだろう。

「あ、疑ってんな四季」

「この時代に幽霊屋敷なんてあるわけないだろ」

呆れて息を吐いていたところを秀多に突っ込まれ、冷静に考えていたことを口にした。

「幽霊屋敷じゃなくてただの廃屋(はいおく)らしいけどな。あるらしいぞ雑木の中に」

「見たことあるやつがいるのか?」

「いないから幽霊屋敷なんだって」

まるで言葉遊びのようにその建物の存在の有無が和真から語られる。確かに菫がいる教会の横には雑木で覆われた区域がある。その中にその建物があるということか。だが誰も見たことが無いらしい。頭が痛くなる話だ。

「で。そこから聴こえるのが悪魔のピアノなのか? 幽霊じゃなくて」

このネーミングセンスにも疑問を呈したいところだ。とは言え悪魔も幽霊も見たことはないが、似たような得体の知れない化け物ならば度々遭遇している。あれも確かに非科学的では無いかと変に納得してしまった。

「幽霊じゃ弾けないからって悪魔にしたんじゃねーの? あとそのピアノが妙に上手いらしい。悪魔の響き、的なやつ?」

幽霊屋敷とは名ばかりで実際に人が住んでいるとは考えないのだろうか。最後までその説明を聞いても俄かには信じがたい。否、信じてはダメな気がする。ただのよくある噂話だ。こういう話はどこの地域にもあるのだなと感じる。

「まったくもってファンタジーだな」

実際に聞こえるピアノの音は人が住んでいるからだ。雑木の中にあると言われている廃屋はただ取り壊されていないだけ。幽霊が存在するのならばあの教会の意味が無くなる。教会を神域とするならばすぐ近くにあるはずのその屋敷にも効果があって当然だろう。この見解の元、彼らの話を一蹴することにした。

ちょうど話が一段落した時、不満げな声が端から響いてきた。

「ちょっと四季ー。ちゃんと選んでるの?」

春香からの揶揄するような言葉に思わず声を詰まらせる。実のところ目ぼしいものは決まっていない。加えて秀多が合流してからは3人でずっと会話していたため、その間は品定めすらしていないのだ。

「悪い……」

「もう、そんなんじゃ凛が怒るよ?」

現に凛は四季のその態度にむすっとした表情を浮かべている。既に怒っているではないかと言いたくもなるが悪いのは自分だ。言い訳すら無い。口元を手で押さえながら目を逸らすと、目線の先に何か光るものを捉えた。

「──?」

その光に引き寄せられるように、群集から離れ一人足を動かす。今いた店と並んでいるものは似通っている。少しだけ大人びているかも知れない。四季は目に留まったものをそのまま手にする。

控えめなのにしっかりと輝きを放つそれは、まるで彼女みたいだなと思った。特別目立つわけでも無いのに目を惹くのは才能であり個性だ。いつ彼女はそれに納得するのだろう。否、自分ではなかなか受け入れ難いものなのかも知れない。だが彼女にはそう言った不思議な雰囲気が確実にある。あの屈託のない笑顔が、周りの視線を引き寄せるのだ。

「──いいんじゃない? 凛、どう?」

考えごとをしている間にいつのまにか隣に来ていた春香が、自分が手にしているものを見て賛同するように頷いた。ついで一番美都のことについて把握しているアドバイザーに話を振る。春香の声に、凛はそっと顔を覗かせた。

「……えぇ。美都に似合うと思うわ」

価格的にも想い的にも重すぎない。何より凛からの許可が出た。四季は再びそれを見つめる。

これを身につけている美都を想像する。我ながら彼女に似合うものを選んだものだと自負したくなった。

美都のパーソナルな面を知らず打ちのめされたが、彼女が見せる表情からこうして似つかわしいものを選ぶことは出来るのだ。

後はこれをどのタイミングで渡すか。それがまた重要だと四季は品物を手にして会計場へ向かった。





いつもなら、この暗闇がちょうど良い。

誰にも邪魔されず、干渉されず、ただここで一人自分の時間を過ごすのだ。

だが今日は違う。部屋で佇んでいる状況は何ら変わらない。違うのは、己の心持ちだ。どうしてこんなにも心が揺らぐのか、自分でも不思議だった。いつも通り、ただここで遠隔で操れば良いとそう考えていたのに。そうすれば普段とは変わらないはずなのに。あろうことか自分に出された指令が『待機』だった。

『ひとまずは見ているだけで良いわ。指示は追って出すから』

と。あの少女がそう自分に告げた。協力を要請した割に、この扱いは一体どういうことなのかと思わず眉間にしわを寄せたのだ。

だが安心もした。自分が直接手を下さないという事実に。そう考えた直後、その思考を振り払うように頭を横に振った。

これまでずっと、何も考えず、何も感じずに命令を遂行してきたはずだ。それが今になってこんなに揺らぐなど。有りはしない。あってはならないのに。

「──……っ」

脳裏に浮かんでくるのは。近づき過ぎた証拠だ。自業自得という他ない。己の甘さが招いた結果なのだ。

胸がズキンと痛む。不意に訪れたその痛みに顔を歪めた。息を吐いて呼吸を整える。まだ自分にも人の心が残っていたのかという事実にも驚かされる。

今日さえ。今日さえ終わればそれで良いのだ。だから残り数時間、見て見ぬ振りをするだけだ。そう言った指示が出ている以上、自分が干渉することはない。

心臓が早鐘を打つ。刻一刻と迫り来るその時に、男はただ一人薄暗い部屋で瞳を閉じた。




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