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彼女が喜ぶ物



午前中の式が終わった後、第一中の生徒たちはそれぞれ帰路についていた。

四季と和真はそのまま駅前の商店街にあるファストフード店で昼食を摂ることにした。平日の昼間だからか席は割と空いている。せっかくだからとテーブルのある広い席を陣取った。

「最近なんかあったのか?」

「は?」

唐突にそう話し出す和真の言葉に眉間にしわを寄せる。

「合唱コンの日。話してただろ、美都と。あいつに聞いても(なん)にもねぇって言うし」

「あぁ──……まぁそれは別に」

「そん時だぜ。誕生日黙っとけって言われたの」

薄い紙で包まれたバーガーに手を伸ばしながら、彼は当時の状況を語った。確かに合唱コンクールの後、突如現れた宿り魔の気配の件で美都と話をしている。だがその事と誕生日とは全く結びつかない。そのまま口元に手を当てて難しい顔を覗かせる。

「俺は怒られるぞってちゃんと言ったからな」

「怒る……ってか、なんか────」

その後の言葉を呑み込む。美都は気を遣わせたくなかったと言っていた。それはわからなくもない。しかしやはり自分に言ってもらえなかったのだけは少し寂しく感じるものだ。

「……お前さ、美都のことどこまで知ってんの?」

「どこまで、って……」

「あいつのパーソナルな部分。マウント取るわけじゃねぇけど、あいつがお前に言わなかった理由はなんとなくわかるからさ」

歯切れが悪くなるのは、自分が知っている美都の情報が圧倒的に少ないからだ。パーソナルな部分はほとんど知らない。誕生日さえも知らなかったのだ。血液型も家族構成も、そう言えば訊いたことがなかった。その事実を目の当たりにして口籠るほか無い。完全にリサーチ不足だ。打ちのめされたように深く息を吐く。

「ま、あいつが言わないのは癖みたいなもんだからそんな落ち込むなよ」

助け舟のように和真が口を挟むが、その癖すら気付けていないことに更に気落ちしてしまいそうだった。自分がどれほど美都の上辺しか見ていないのかが良くわかる。和真は彼女の幼馴染みだ。だがそれを抜きにしても彼はやはり美都のことをしっかり見ていると思う。前に妹のような存在だと言っていたことがあった。恐らく彼女のパーソナルな部分を把握しているはずだ。探るような先程の言葉にも、親しき中にもという(ことわざ)通り彼女への配慮が見られる。

「落ち込むなって。あいつに渡すもの買いに行くんだろー?」

「……行く、けど──まじで何を買ったらいいか分からない」

「んなもん俺もわかんねぇよ。まぁそこでだ」

そもそも同年代の女子に贈り物をしたことが無い。だから美都の、というよりは異性の好みがわからないのだ。苦い顔でそう呟いたところ、肯定した後何かを提案するような口振りで和真が目線をスマートフォンに遣った。

「助っ人呼んどいたぞ。超強力な」

バーガーとセットになったジュースの容器を持ち、ニヤリと彼が笑む。この笑い方には心当たりがある。何か悪巧みしている時の顔だ。それになんとなく誰のことだか予想はつく。

四季が顔を引きつらせているとどうやらその助っ人が到着したようで、和真の目が不意に背後に動いた。しかし何やら彼は目を瞬かせている。どうやら人違いだったのか、と思った瞬間春香の声が突如後ろから響いてきた。

「お昼代くらい出してくれるんでしょ?」

やはりそうだろうと思い、声に応じようと身体を傾ける。すると視界に入ってきた人影に今度は四季が目を丸くした。

「────は?」

思わず間抜けた声が口から零れる。仕方がないだろう。春香だけだと思っていたのだから。その人物はむすっとしながら彼女の背後に隠れるように身を潜めていた。

「どう? 超強力な助っ人よ?」

「いやまぁそうだけど……よく連れて来られたな。凛もよく来ようと思ったな。天敵だろ?」

と、目の前の四季を指差しながら和真が言うのは、もちろん春香の背後にいる凛に対してだ。唇を噛み締めてジトッと二人が座る方を見ている。相変わらず警戒心が強い。

「……変な物を美都にあげられちゃ困るもの」

「つまり、ようは見張りってわけ」

ポツリと呟く凛の言葉を訳すように、春香がそう述べる。まるで借りてきた猫だ。春香から用件を聞き、一度は断ったらしいのだが結局彼女の口車に乗せられたらしい。

「──美都と一緒じゃなかったのか?」

てっきり今日は共に帰るものだと考えていた。そのため不思議に思い、四季がその疑問を口にする。

「羽鳥先生と話して帰るから先に帰って、って……」

口を尖らせながら凛がそう答えた。彼女は待っているつもりだったようだがちょうどその際に春香から打診があったようだ。

そう言えば帰りがけ、羽鳥に声をかけられている美都の姿を目撃していた。元より午後は別行動の予定だったため干渉はしなかったが、やはり内容は進路のことだろうかと気になってしまう。結局彼女の進路については聞き出せていないからだ。これに関しては早めに聞いておきたい。今後の自分にも関わってくるからだ。凛はどうするのか聞いていないが恐らく彼女こそ美都の意見に沿うのだろうと思う。

「美都って本当に人懐っこいよね。他の先生とも親しげに話してるし」

「あれは人懐っこいって言うより無意識に自分のペースにさせてんだよ。あいつに関しては初対面から敵意が全く無いってのがわかるしな。だから誰もが絆されんの」

幼馴染みらしい的確な分析に一同感嘆とする。絆されるという言い方はどうかと思うところだが実際間違ってはいない。美都に関しては情で動く人間がそれなりにいるのだと思う。「八方美人だ」と自分を卑下していたこともあったが、付き合ってみればわかる。あれは計算でできるものでは無い。その裏表がない事が伝わるから美都の周りには常に人がいるのだ。

「ま。それはそれとして。何か候補みたいなのあるの?」

自分で出した話を断ち切り、本題である美都への誕生日プレゼントについて話題を移した。候補と言われて眉間にしわを寄せて考える。

「参考までに、私はハンドクリームあげたよ。凛は?」

「ヘアピン。毎年そうだもの」

「となるとそれ以外だねー。身に着けられるものがいいんでしょ?」

こちらが何も言わずともサクサクと話を進めていく姿はさすがだなと感服せざるを得ない。間違いなく強力な助っ人だ。

「美都からは何も希望聞いてないの?」

なんとなしに飛んできたその質問に声を詰まらせる。美都からは「食事当番を代わってくれるだけで良い」と言われている。物は希望されていないのだ。だからこれは自分のエゴに過ぎない。わかってはいるがどうしても彼女の希望だけでは落ち着かないのだ。

しかし春香には素直に答えるしかなかった。

「逆にいらないって言われてる」

「あらー。確かに気遣わせたくないって言ってたしねー。じゃあそんなに重くなりすぎないようなものがいいね」

うーんと唸りながら春香がポテトフライに手を伸ばす。頭の回転が早いおかげで状況説明無しに彼女は美都の言葉の意味を理解したようだ。そしてすぐに候補の物を考え始めている。

値段的にも想い的にも重くなり過ぎない物。それでいて軽くてもいけない。その塩梅がまた難しいところだ。

「ボディミストとかは? 香水よりも手軽だし」

「消え物だろそれ。まぁボトルは残るか」

「あ、でも美都の好きな香りとか知らないや」

「別に四季の好きなのでいいんじゃねぇの? それこそあいつを自分好みに出来るだろ」

そこまで言ったところで和真が何か気づいてハッと肩を竦めた。彼が恐る恐る見た視線の先では凛が先程よりもむすっとした表情をしている。彼と会話していた春香もしまったというように目を逸らした。

「絶対に却下」

「デスヨネー。で、そういう凛はなんかねぇのかよ」

和真にそう問われて今度は凛が口を噤み眉間にしわを寄せた。天敵とはいえ贈る先は彼女の大好きな美都なのだ。それを踏まえて考えているから渋い顔になるのかもしれない。

「……あのヘアピンに合うものがいいんじゃないかしら」

「やっぱりアクセサリーだよね」

捻り出した言葉にすかさず春香がアシストする。すると凛はコクンと小さく頷いた。

アクセサリーという単語を耳にして、四季は再びどんなものが良いか考え始める。当たり前だが彼女はまだピアスホールを空けていない。となるとこの意見は無しだ。イヤリングならば有りかもしれない。だが学校には付けていけないかとぐるぐる思考を巡らせる。

「そんな難しい顔しなくても。この辺色々あるしとりあえず見て回ろうよ。私は塾の時間までだけど」

相当難しい顔をしていたのか春香が四季の顔を見ながら息を吐いた。バーガーを食べ終えておもむろに椅子から立ち上がる。それに続くようにして彼も腰を上げた。

「悪いな春香。と……凛も」

「……美都のためだもの」

春香に次いで、まだ渋い顔をしている凛にも礼を伝える。美都のためとは言え、来てくれたことは素直にありがたい。異性の意見は貴重だ。それに彼女は誰よりも美都のことをよく理解しているはずだ。だからこそ頼れる。昨日の敵は今日の友とはまさにこのことを言うのかもしれない。

「凛の成長を見た」

「私も」

さすがは旧友ということもあって、和真と春香は凛のその姿に感嘆している。これを成長というのかどうか。今までずっと美都本位だった彼女にとっては、天敵に手を貸すということがそう言われる所以なのかもしれない。凛は二人の態度に不服そうな表情を浮かべている。

「そういや秀多は?」

「寺崎と一緒だろー? 後で合流するって言ってたぜ」

同じく行動を共にする予定だった秀多の姿が見えなかったためおもむろに問うと、和真からその答えが返ってきた。あの二人もなんだかんだ上手くやっているらしい。納得の意味を込めて頷くと、前を歩く春香がくるりと振り返り一同を見渡して口を開いた。

「なーんか変な感じだね」

「? 何が──」

「あやのとナベくんが合流したらさ、いつものメンバーじゃん? でも美都じゃなくて代わりに凛がいるのがさ。なんとなく調子が狂うなって」

凛のことを悪く言っているわけじゃないから、と弁解のように付け足しながら春香が呟いた。

確かにそうだ。普段と少しだけテンポが違うのはここに美都がいないからか。そう思ったのは自分だけだと思っていたが春香もそう感じ取っていたらしい。それだけ美都の存在が大きいものだと実感ことが出来る。

本当ならば今この時にでも一緒にいたい。片時も離れたくないと思っている。我儘だ。それは分かっている。でも日に日に大きくなっていく想いに堪えきれなくなってきた。

(参ったな……)

誕生日、か。一年で一番大切な日だ。彼女の思い出に残るような日にしたい。

その為には彼女に喜んでもらえる物を探すこと。それが先決だ。






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