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共に過ごす夜



「ぃっ、た──!」

「当たり前だ! ったく怪我しすぎだろ!」

ソファーで美都が負傷した箇所を手当てしながら、そう呆れるように四季がぼやく。ぼやくと言うより最早怒鳴っている。それでも手早く彼女の傷を手当てしていく様はさすがと言えるだろう。

しかし美都にとってはやはり不本意だったのかむぅ、と眉を下げながら唇を噛み締めている。

「不可抗力だもん」

「いいや抵抗は出来ただろ。不可抗力じゃあない」

やれやれ、と肩を落として即座に彼女の呟きを四季が拾い反論した。不可抗力ではない、と言われれば確かにそうなのだが。だがあの状況では例え剣を手にしていたとしても避けることは難しかっただろうと考えられる。だからやはり不可抗力だ。しかし再び口に出すとまた正論で返されそうなので、なんとか自分の内に留めた。

「とは言え俺も不注意だった。悪かった」

「ううん。わたしがお願いしたんだし。約束守ってくれてありがと」

「あんなの二度とごめんだからな」

四季は予め美都から「衣奈と話がしたいから手出し無用」と言う要望が出ていたため、静観するだけに留めていた。その状況にやきもきとしていたが結局彼は最後まで約束を果たしてくれたのだ。我儘を聞いてもらえて感謝しかない。

言いながら美都の制服の袖をたくし上げて擦り傷が出来た腕に絆創膏を貼っていく。それが終わると四季は一旦息を吐いた。

「良し。他には?」

「えっと……後は大丈夫!」

ありがとう、と処置を終えた四季に伝える。しかし若干口籠もったのを彼は見逃さなかった。薄眼で見つめた後眉間にしわを寄せながら、その手を美都の肩に伸ばす。

「っ痛た……!」

あくまでも四季は制服越しに軽く手を当てただけだ。しかし布が皮膚と擦れたことで傷を負った箇所に響き、不意に声が出てしまった。しまった、と慌てて目を逸らす。

対して四季ははぁー、といつもよりも長い息を吐いて頭を抱えていた。以前自分が怪我をした時はそれは執拗に干渉してきたくせに己のこととなるとどうしてこう隠したがるんだと口の中で一気に呟く。近くで見ていた感じだと恐らく気砲を真正面から食らっている。だとすると負傷箇所は鎖骨から肩、そして転倒した際に負った擦り傷か、と。負傷箇所を把握して彼女がそう言うのも理解出来なくも無いとは感じた。だからこうして頭を悩ませている。どうするべきかと額に手を当てながらじっと美都を見つめた。

「だ──大丈夫だよ……?」

当の本人はそのことを誤魔化すように両手を前に掲げ困った笑みを浮かべている。何が大丈夫なんだと口に出すことはしなかったが表情は嘘をつけなかった。

「……脱がすか?」

ついポロリと言葉が出る。その呟きが聞こえたのか美都は目を見開いて一気に赤面した。どうせいつかは、とも言えるし夏の間は薄着でいる姿も見ている。この恥じらいが可愛くもあるが背に腹はかえられない。

「や、えっと、あの……」

「インナー着てるだろ」

「着てる、けど」

「二択。自分で脱ぐか、脱がされるか」

「……っ!」

脱がずに処置しないという選択肢は与えない。ここで引かれて悪化されても困る。自分もあの気砲を食らったことがあるため、先程は威力的に弱かったとしてもどれほどの怪我を負うかは身を以て実証済みだ。恥じらおうが何だろうが強引にでも手当てしなければ、というもはや使命感のようなものがあった。

美都は二者択一のどちらを選んでも同じことになることを理解したようでしばらく赤い顔のまま口籠もっていた。だが四季の眼圧に勝てなかったようだ。

「……自分で脱ぎます」

「良し」

葛藤しながらも渋々答えを出し、くるりと四季に背を向けた。

この初々しさをいつまでも忘れないで欲しいものだな、とぼんやり考えながら美都がたどたどしく制服を脱いでいく様を見つめる。キャミソール姿になり全体的に肩辺りが見やすくなったところで再びおずおずと体勢を変えて四季の方へ向き直った。するとやはり肌が炎症を起こしているかのように赤みがかっている。

「相当我慢してただろ」

「だって衣奈ちゃんの前では言えないし……」

「だからって家に帰ってからも隠すことはないだろうが」

「心配させたくなかったんだもん」

恐縮気味に眉を下げて口をすぼめる姿はいじらしくもあるが、逆に心配にもなる要因の一つでもある。衣奈のことを考えて痛みを口に出さなかったのはわかるがまさか自分にも遠慮しているとは。本当に他人のことばかりだな、と少し呆れる。

「頼むからもう少し自分を大切にしてくれ」

このお転婆娘は、と苦い顔で手に取った薬を彼女の肌へ塗っていく。触れられた箇所に痛みを覚えたのか瞬間顔を歪ませた。

「ごめん、痛い……よな」

「平気だよ。ちょっとびっくりしただけ」

傷に薬を塗るという名目で、普段見えることのない彼女の柔肌に触れているとやはり少しだけ背徳感を感じざるを得ない。美都はその動作を目で追っている。距離が近いせいか目のやり場に困っているということもあるのだろう。

「なんか懐かしいね。あの時は逆だったのに」

美都がそう言うのは、初めて衣奈がキツネ面姿で守護者(じぶんたち)の前に現れた時のことだ。その際に四季は美都を庇って深傷を負った。痛みをやせ我慢しているところを美都に指摘されたのだ。

「なんだかんだ、お前の方がよく怪我するよな」

「そんなこと──」

「ないって言い切れるか?」

最後まで言われる前に言葉を奪われ、且つそれが正論だったせいか言い返すことも出来ず美都はぐぬ、と口籠もった。圧倒的に美都の方が怪我を負っている。自分と逢う前までどのように過ごしていたのか不思議に思う程だ。

「でもあの時の四季の傷は酷かったじゃない。わたしのなんて茶飯事だよ」

「茶飯事でこんな傷作られても困るんだけどな……」

本当に危機管理能力が圧倒的に足りていない、と美都の返しに肩を落とす。

「今回のはちょっとイレギュラーっていうか──」

「はいはい、わかったわかった」

彼女の言い訳をいなすようにしながら鎖骨あたりまで手を伸ばす。意外と負傷範囲が広い。塗り薬の中身を確認すると残りが少なくなってきていた。一方美都は四季が動かす手に慣れることもなくくすぐったそうにしている。

「傷の手当てもスポーツ整形に関係あるの?」

「擦り傷は関係してない。これが捻挫とか骨折ならまだしも。誰かさんのおかげでどんどん手当てが上手くなってるだけ」

「お……恐れ入ります」

四季の言うことに美都は気まずそうに目を逸らし苦笑いを浮かべた。固有名詞を出さずとも自分のことだと瞬時に理解したようだ。否、そうでなくては困る。ただでさえ危なっかしいのだ。それに反することなく彼女は無茶をする。そして怪我をする。自覚してもらわなければこちらの身が持たない。心労が溜まる一方だ。それでも目を離すと言う選択肢は無い。だからこそと言うべきか。このあどけない少女の無邪気さに救われているのも事実なのだから。

「お前、高校どうするんだ?」

流れで思い出したことを訊ねる。彼女が先ほど口にしたのは自分の進路を知っているからだろう。しかし逆に、美都の進路については把握していなかった。すると彼女は困ったような表情を浮かべ目を伏せた。

「……決まってないの」

「興味あるところとかも無いのか?」

「うん……でも、公立のどこか」

歯切れ悪く美都が呟く。公立というからには何か事情があるのだろう。それを詮索するのは気が引ける。だが公立であるならばこちらとしてもさして問題はない。

「後でどんなところがあるか調べるか。行きやすさとか学力とか加味しながら」

二学期に入りそろそろ進路を明確にしなければいけない時期だ。志望校を決めておけばどれくらいの学力があれば良いかの指標にもなる。焦るのは良くないが後々のことを考えると適度に候補は出しておいたほうが良い。そう考え口にすると、美都はその提案に目を瞬かせた。

「待って、四季は決まってるんじゃないの?」

「決まってない。お前と同じとこに行くから」

瞬間、ぎょっと目を見開いて慌てて彼女が口を開いた。

「だっ、ダメだよ──……ぃった!」

「こらいきなり動くな。傷に響くだろ」

美都が前のめりに動いたため処置を施している手がずれて少しだけ圧が加わる。それを制するように口頭で注意を促した。

「何がダメ?」

「だって四季頭いいのに、わたしと合わせたらもったいないよ」

「言っただろ、勉強はどこでも出来るって。俺の方がこだわりないんだよ」

「だけど……!」

案の定の反応だった。同じ志望校にしようとしていることに対して、美都が自分のことを気にしている。真面目な彼女のことだけある。人に合わせて進路を決めるのは良くないと言いたいのだろう。

「俺と一緒はいや?」

「そんなことない! でももしその理由が四季が守護者でわたしが所有者だからって言うんなら申し訳ないなって……」

そう言われてはたと目を瞬かせた。成る程そういう名目にも出来たな、と。だが素直に伝える方が効果的だろうと薬を塗り終えた手を止める。

「そうじゃない。俺が美都と離れたくない。それだけ」

「っ……!」

一気に彼女の顔が紅潮する。息を呑んでその言葉を反芻しているようだ。口をまごつかせながら落ち着かない様子で目をキョロキョロとさせている。

「本当に……いいの?」

「いいも何も、俺がそうしたいんだから。一緒に考えよう」

「──うん。……ありがとう」

礼を言いながら少しだけ表情が柔らかくなる。良かった、と四季もひとまず胸を撫で下ろした。元より反対されても押し切るつもりでいたが、こうして志望校を共にするという確約が出来たことが重要だった。後は互いに志望校を決めなければならない。

「なんか……急に楽しみになってきちゃった。まだ何にも決まってないのに」

あはは、と眉を下げて控えめに笑みを作る美都を見て四季自身も嬉しくなった。彼女にとっての安心材料になれているのならそれで良いと感じる。彼女にとっての一番であることが自分にとっての幸せだ。

「手洗ってくる。そしたら飯作るから」

「うん。ありがとう」

四季の手には処置するために使った塗り薬が付いたままだ。この状態では食事を作るどころか髪に触れることも出来ない。ソファーから立ち上がり洗面所に向かう。今ので薬がほぼ尽きたので瑛久に連絡を入れて後でもらいに行くか、と考えていたときインターフォンが鳴った。パタパタと軽快な足音が聞こえたため美都が確認してくれているようだ。

「弥生ちゃんだ」

独り言のように呟く声が耳に届く。ちょうど良い、瑛久に伝言を頼もうと考えて洗面所から出ようとした瞬間。一足先に美都が通り過ぎた。先程の姿のままで。一気に血の気が引く。

「⁉︎ ちょっと待っ──!」

引き留めるよりも美都の方が早かった。「え?」ときょとんとした顔で振り返った時には既に扉を開けていた。

「こんばんは、美都ちゃん──……」

顔を覗かせた弥生が美都の姿を見て、一瞬身体を硬直させる。しまった、と四季は洗面所から半身を乗り出し頭を抱えた。

「……随分と薄着なのね?」

そう示唆する弥生の顔はあくまでも笑顔だ。美都もようやく思い出したようにハッと自分の胸元を見た。だから待てと言ったのに。完全に失念していたようだ。あんなに脱ぐまで恥ずかしがっていたのに慣れたら忘れてしまったようだ。否、考えるべきところはそうじゃない。弁解を、しなければ。

「あの、弥生さん……これには理由が──」

「ふーん? 四季くんが治療してあげてたのねー?」

「そ……うですね……」

やばい顔が見られない。言っていることは正当なはずなのだから堂々とすれば良いのかもしれないが、何故だか弥生が怒っているような気がする。そんなオーラが感じられる。

「怒ってないわよ? 大切なことだものねぇ?」

怒っていないと言う割にいつもより声の張りが刺々しく感じるのは気のせいだろうか。目を逸らしながらどうするべきか唸っていたところ美都からようやくフォローが入った。

「あのね、四季が薬塗ってくれてたところだったの。つい忘れてこの格好で出ちゃっただけで──」

「じゃあ美都ちゃんは自主的に脱いだの?」

「自主的……? うーん、でも脱がないと処置できないからって」

フォローとは一体。美都の悪気のない受け答えに更に頭を抱えた。かなり齟齬が生じる伝わり方だと思う。間違ってはいない、確かに間違ってはいないのだが。観念して恐る恐る顔を上げる。すると笑顔の弥生が目に入った。

「四季くん。後で詳しく聞かせてね?」

「…………はい」

明らかに怒っている。だが手は出していない。身の潔白は主張しなければ。弥生も大概美都に甘いなと感じる。否、年頃の男女が同じ家で暮らしていれば親戚でなくとも心配にはなるか。特に弥生は美都のことを妹のように可愛がっているようなので納得できる。

「それでどうしたの?」

「あ、そうだったわ。連絡をもらったからちょっと様子を見に来たのよ。お疲れ様、美都ちゃん」

「弥生ちゃん……! ありがとう」

弥生と瑛久には事が終わった後すぐに連絡をした。特に弥生は鍵を目撃した人物の一人なので動向を気にしてくれていたらしい。ひとまず安心した、との返信があったが自分の目で見るまでやきもきしていたのだろう。

上がって、という美都の言葉に弥生は「すぐ戻るから大丈夫よ」と首を横に振った。そして再び赤くなっている美都の肌を見て弥生が呟く。

「痕にならないといいんだけど……まだ痛い?」

「だいぶ痛みは引いてきたよ。薬のおかげかな」

弥生の前なので少なからず気を遣っているのだろうな、と思う。そんなに早く薬が効くはずはない。そういえば、と薬という単語を耳にして思い出した。

「弥生さんすいません。瑛久さんから薬を追加でもらいたいんですけど」

「えぇ。伝えて──……おこうかと思ったけどどうせなら四季くん来てくれる?」

いつものように快諾するかと思いきや弥生が途中で口籠もり、逆に要求に変わった。あくまでも優しい口調ではあるがもちろんそこに拒否権は与えられていない。体の良い呼び出しだ。苦い顔で頷き洗面所からトボトボと進み出る。その際に洗面所にあったパーカーを手に取り美都の肩にかけた。

「それともう一つ確認したくて」

「なあに?」

「那茅が渡した招待状あるでしょう? あんな事があったから大丈夫かなって」

そう彼女が言うのは誕生日にこの母娘からもらった週末のパーティーの事だ。ここ数日の騒ぎですっかりバタバタとしていたため、弥生が心配してくれたようだ。確かに昨日のままでは見合わせていただろうが無事に衣奈との件は収束した。そう考えて弥生の問いに答える。

「もちろん! 楽しみにしてる!」

「良かったわ。那茅も楽しみにしてるみたいだから。詳細はまた連絡するわね」

勢いのある美都の返答に安心したようににこりと微笑んだ後、「それじゃあちょっと四季くん借りていくわね」と弥生が言う。渋い顔を浮かべながら四季が彼女の後ろに続いていく様を見届け一旦扉を閉めた。

ふぅ、と息を吐く。一人になると一気に気が抜ける。せっかくだからと四季が肩にかけてくれたパーカーに袖を通し、くるりと回ってリビングへ戻るため足を進めた。

(ご飯作ろうかな)

本来の食事当番は四季だが、何やら雰囲気的にすぐには戻ってきそうにはないと悟った。となると少しでも下準備しておいた方が良いかと感じる。リビングに戻りひとまずソファに放置したままだったスマートフォンを手に取った。

(あ、そうだ……!)

今日という日が目まぐるしくて抜け落ちていた事を不意に思い出した。水唯に連絡をしてみなければ。理由までは知らないが彼は今日学校を休んでいる。新学期が始まって数日顔色が良くなかった。水唯の連絡先を呼び出しメッセージを送る。

【水唯、具合悪い? 大丈夫?】

あえて短い文章を選んだ。もし起き上がれない程具合が悪ければ、返事も億劫だろう。何事も無ければ良いのだが。

その流れでストンと腰を下ろしてしまった。するとすぐに疲労感に襲われる。ずっと気を張っていたのだから当たり前か。ようやく一つ事が終わったのだ。課題は山積しているが今日くらいは考えずとも許されるだろう。そのままこてんとソファに横になった。

(あ……)

緊張感から解放されたせいか瞬時に微睡みに誘われる。しまった、夕飯を作ろうとしていたのに、と思ったときには疲れで身体を動かすということにも至らなかった。そのままとろんと目が閉じ始める。

「四季に……怒られる……」

以前もここでうたた寝をしていて無防備だと指摘された事があった。それでももはや意識は半分現実にはない。寝言のようにポツリと呟いた後、美都は睡魔に抗わずそのままソファで眠りについた。




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