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その夢が示すもの



暗闇が眼前に広がる。いつもより身体が軽い。自分が空気にでもなったみたいに。辺りを見渡しても見えるのは圧倒的な闇だ。自分がちゃんと地に足がついているのかも判断が出来ない。だからこそわかった。

(知ってる──これは夢だ)

前にもこんなことがあった。暗闇に一人だけ。それが心地よく感じる空間。微睡みにも似た浮遊感に目を細めた。

夢なのに、夢じゃない気がするのは何故だろう。夢だと、意識しているからだろうか。夢を見ているのなら脳は休んでいない。起きた時ちゃんと疲れが取れているのか不安だなとぼんやり考えた。

『──また、来てしまったのかい?』

「……!」

どこからともなく響く声に目を見開いた。そうだ、前もそうだった。一人だと思っていた空間に、声が聞こえてきたのだ。

不思議だなと思うのは、自分が作り出した空間なのに何故見ず知らずの男性の声がするのか。そしてその姿が見えないのは何故か。また、というくらいなのだから前回と同じ空間であることに間違いはない。ならばこの男性は何者なのだろうか。

「あなたは誰──?」

以前と同じ質問を繰り返す。だがやはり答えはない。記憶を遡っても、この声に心当たりがなかった。それでも不思議と嫌な雰囲気では無い。むしろ心地良ささえ感じるのだ。だから知りたかった。なぜ再び問いかけてきたのかと。

『何か不安なことがあるのかな』

「! どうして……」

天を仰いでその声に反応する。まるで心の中を見透かされたようだ。目を見開いて呟くと再びどこからともなく声が響いてきた。

『それは君が、闇を求めているから』

耳に届いた回答に息を呑んだ。

闇を求めている? わたしが?

指摘されたことに応じられず呆然と立ち尽くす。だから自分の中に《闇の鍵》があったのか。無自覚に闇を求めていたから。

『違うよ』

まただ。何も発していないのに否定文が空間にこだまする。やはり考えていることがわかるようだ。

『それは関係無い。君が《闇の鍵》に選ばれたのは──さだめのようなものだから』

「さだめ……?」

自分が闇の鍵の所有者になるのは予め決められていたとでも言うのだろうか。そしてその声の言葉でやはりと納得する。自分の中にあるのは《闇の鍵》なのだと。

だが意味を計りきれない。鍵に選ばれることがさだめとは一体どう言うことなのか。そもそも鍵が所有者を選ぶ基準は何なのか。それがわからないのだ。だから惑う。自分が所有者として相応しいのか。

今度はしばらく声が聞こえなくなった。考えていることがわかっているのなら答えてくれても良いのに、と少しだけ不服に感じてしまう。

(なんて──)

ムシが良すぎる。夢の中でこうして会話できることさえ不思議な現象なのに。見ず知らずの声に答えを望むなんて図々しい。

ふと先程の思考に戻る。闇を求めていると言われたこと。以前同じ夢を見たとき、現実の自分は何を考えていたのか記憶を遡った。

(あの時は確か……)

夢に誘われる直前、誕生日のことを思い出し急に不安になったのだ。それまで忘れていた感情に心を乱された。今思えばあんな前から気にすることでもなかったのにな、と感じる。結局何も変わらなかったのだから。

「何も、変わらなかった……」

ただ一人の空間でポツリと呟く。何も変わらなかった。何も変えられなかった。

美都はグッと手を握り唇を噛みしめる。

その事に対してじゃない。今の呟きは昨日の自分に対してだ。止めたいと思っていた少女を止めることが出来なかった。自分の弱さのせいで。

人間に剣を向けることが怖い。あの時、初音の正体が仮に衣奈じゃなかったとしても剣を振りかざすことは出来なかっただろう。

『剣は──力を具現化したものに過ぎないよ』

そんなことは知っている。問題は与えられた力を如何使うかだ。何に使うか、如何に使うか。

『そう。きみならわかるはずだ』

「でもわたしは──間違いを正すことが、出来なかった」

初めてこの空間で目を覚ましたとき。この声の主から警告されていた。「気をつけて」と。そして同時に「君なら間違いを正せるはずだ」とも。自分にはそれが出来なかったのだ。不甲斐なさに眉間にしわを寄せた。

『それはまだ、間に合うよ』

「間に合う……?」

『そう。きみがきみ自身の信念を貫きさえすれば』

「わたし自身の、信念?」

そう言われてふと思い返す。自分の信念が何だったか。自分の信念は、大切な人を守りたいという想いだ。しかし今はそこで疑問が生まれてしまう。

なぜなら自分が守護者になったのは、対象者となった子を守るという想いからなのだ。だがもう対象者はいない。所有者が自分だと判明したから。ならばこの信念は揺らいでしまうのでは無いだろうか。

『本当にそう?』

「え……?」

今度はきょとんと目を瞬かせた。なぜそう問うのか。意味が計りきれなかった。

『きみが守りたいと思うのは、本当にそれだけだった? 大切な人って誰のこと?』

この、問いは。声を詰まらせて目を見開いた。

──『あなたが言う大切な人は誰?』

同じ質問を初音にもされた。あの時はまともに答えることが出来なかったことを覚えている。

そうだ。守りたいのは対象者だけに限った話ではなかった。どうして忘れていたのだろう。彼女にも言われていたでは無いか。

──『全部助けられるなんて幻想よ』

初音の声が脳内に響く。

「……違う」

守るんだ。そのための力がわたしにはある。大切な人を、守る力が。誰も傷つけない、犠牲にしない。

グッと喉を引き絞り前を向く。

『そう。周りからの想いを感じてごらん』

その声に従うように、周りにいる大切な人を思い浮かべた。

わたしは、温もりを知っている。大切な人が自分に向けてくれる想いを。

「──っ!」

急に胸が暖かくなり目を見開いた。不思議だ。

(自分の中に光が宿っているみたい)

暖かい。そう思って今度はゆっくりと目を瞑る。この暖かさはどこから来るのだろう。愛しささえ感じる、この温もり。そうだ、知っている。

(わたし──大丈夫だ)

この温もりが傍にあるのだから。一心に自分に向けてくれる想いがあることに気付いた。当たり前じゃない大切な想いに。

ほぅ、と小さく息を吐く。心は決まった。あとは。

『──あとは、自分を信じることだ』

天から響くその声を背に、目の先にある光を目指してゆっくりと一歩を踏み出す。

自分を信じること。この強い想いを、絶対に届けてるのだ。



「ん──……」

小さく唸りながら、美都は瞼をゆっくりと開いた。直後いつもと違う光景にハッと目を見開く。

そうだった。今日は四季が一緒に寝てくれたのだった、と彼の寝顔を見て思い出した。

(……あったかい)

眠る前に繋いだ手はそのままだ。加えて少しだけ彼との距離が縮まっている。

この時期に温かさを感じるのも不思議な話だと思うが、現実その温もりが安心感をもたらしてくれた。ずっと繋いでくれていたのかと思うと自然と顔が綻ぶ。

(ありがとう──)

あの冷たい暗闇で感じた温もりは、きっと四季のことだったのだ。彼のおかげで迷わずに済んだ。もう大丈夫だ。起きたら改めて礼を伝えなければ。

夢のせいですっかり目が覚めてしまったが今は何時なのだろう、と四季を起こさないようにゆっくりと上半身を起こした。カーテンの向こう側が白み始めている。まもなく日が昇る合図だ。

握ってくれている手をそっと離した。四季の寝顔を見てふっと微笑む。男の子に、しかも一つ歳上の彼に抱く感想でも無いとは思うが、こうしていると少し幼く見えて可愛いなと感じる。こんなに近くにいられることが奇跡だなとさえ思う。

床に足をつけてベッドに腰掛けた。四季の身体が冷えないように布団をかけ直し、立ち上がる。彼の勉強机にあった時計が目に入った。やはり時刻はまもなく6時を回ろうとしているところだった。

「──……」

その勉強机に置いてある自分の指輪を手に取る。金環に赤い溝。守護者の証としての指輪だ。それを手に乗せてグッと握り締めた。

守護者になるとき、なぜ力が欲しいのかと問われた。その答えは今でも変わっていない。

大切な人を守る。ただそれだけだ。

顔を上げていつものように指輪を首にかけた。そして再び確かめるようにしてそれに触れる。

自分でも不思議だと感じる。昨日の今日でこんなに平気になるなんて。心が決まればそれに向かうだけだ。

(大丈夫……)

落とし込むように頷くと、スリッパを履いて美都は四季の部屋をそっと後にした。





いつもより寝つきが遅かったせいか、少しだけまだ眠気が残っている。しかし体内時計とは不思議なもので、四季はふっと目を覚ました。そろそろ起きなければならない時間のはずなのに目覚まし時計が鳴らないのはなぜだろうと。ぼんやりとその理由を考える。

(そういや美都が一緒にいたから──……)

彼女に気を遣ってアラームをセットしなかったのだ。そこまで考えてハッとする。

「……──!」

隣で寝ていたはずの美都がいない。やばい、と思って慌てて上半身を起こした。彼女がいた場所はシーツが既に冷たくなっている。起きてからそれなりに経っている証拠だ。気付かなかった事に頭を抱える。

ふと扉の外で気配を感じた。リビングにいるのか、と内心ほっとする。一人でどこかへ行ってしまった訳ではなかった。昨日の彼女を見ていたら、少し不安になったのだ。無茶する気では無いかと。だから注意して見ておかなければならないと思っていたところだった。しかし。

(眠れるわけない……)

はぁ、と息を吐いた。早々に眠りについていた美都と違い、いつものようにすぐに眠れるはずがなかった。好きな子が至近距離で無防備に寝ているのだ。それだけでも脈打つ速度が速くなっていたのに。心を落ち着ける事で精一杯だった。夜更けにようやく眠りにつけたのだ。しかし度々目を覚ましては彼女の姿を確認した。だから少しだけ寝不足だ。

時計の針は7時に程近くなっている。ひとまず身体を起こしてベッドから降りる。勉強机に置いた指輪を手にとって扉へ向かった。

「あ、おはよう」

部屋から出ると既に身支度を整えた美都がエプロンをつけてキッチンに立っていた。このパターンも珍しい。普段なら先に起きているのは自分のはずだから。

「もう少ししたら起こそうと思ってたんだよ。待ってね、あとちょっとで出来るから」

言いながら忙しなく手を動かす。食事当番の仕事を全うしているようだ。足を動かして彼女がいる方へ向かう。ちゃんと彼女の顔を確認したくて。調理中の手を止めるべきではないと理解はしているのだが、やはり確認せずにはいられなかった。

「コーヒーでいい?」

「……あぁ」

そう問いかける美都の顔は晴れやかだった。ちゃんと自分の中に落とし込めたのだろう。一晩で驚くほど成長するなと感心させられる。作業途中の彼女の頭に手を乗せて優しく撫でた。

「……眠れた?」

「うん。ありがとう四季。手、握っててくれて」

「ん」

どちらかというと眠れなかったのは自分の方なのだがそれは口にすることではない。美都の笑顔を見られただけで満足だった。

大丈夫そうだ、と安心したため洗面所へ向かおうと身体を捻ったところ不意に美都が自分を呼び止めた。

「朝ごはん食べ終わったら、ちょっと聞いてもらいたい話があるの。いい?」

「──わかった」

そう言う美都の声は少しだけ固かった。何かを決めたのだろう。ならば自分が聞かないという選択肢はない。申し出に承諾すると、彼女は再び表情を和らげた。その表情に一瞬驚いて目を丸くする。

「? どうしたの?」

「あ、いや──なんでもない。顔洗ってくる」

四季の驚いた顔に、今度は美都がきょとんと小首を傾げた。彼は誤魔化すように口を覆うと再び洗面所へ踵を返す。

驚いた。昨日まであんなに不安そうに笑っていたのに、先程の笑顔がすごく大人びて見えて。女子の成長は早いと耳にするがこれ程とは思わず動揺してしまった。

冷たい水で顔を洗いながら考える。自分が彼女に出来ることは何だろうか。守ること。それは絶対だ。この力を彼女のために使う。

グッと手を握りしめて顔を上げる。ここ数日の出来事に疲弊している場合ではない。当事者である彼女自身が既に前を向いているのだから。

そう考えて指輪を首にかけると、四季は再び美都がいるキッチンへと戻った。




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