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月の見えない夜を越えて



月が見えない。新月があけた後である上に上空には厚い雲が立ち篭めているようだ。

自分よりも大きい窓ガラスに手を当てながら、美都はそんな夜空を眺めていた。

家に戻ってきて、もう何時間も経つ。状況を把握するには十分な時間だった。

ずっと探していた所有者が判明した。それが自分だった。それも、自分の中にあったのは破壊の力を持つ《闇の鍵》だったのだ。

(闇の鍵──……)

まさか自分が所有者だなんて思いもしなかった。更に驚いたのは《闇の鍵》であったこと。それを聞かされてからずっと頭の中で考えている。なぜ鍵が自分を所有者だと選んだのかを。責任感、という理由だけでは無いはずだ。

しかし、鍵が自分の中にあると知っても本当に人体に影響は無いのだなと改めて感じた。実際自分にはわからなかった。自分の心のカケラを見ることも出来ていない。だから不思議なのかもしれない。自分のことであるはずなのに、なぜかまだ他人事のように感じる。それでも事実と向き合わなければならない。自分が所有者だと判明したのなら、敵はこれから狙いを自分に定めるのだろう。

「──……」

敵という単語を脳内で考えた瞬間、不意に衣奈の顔が浮かんだ。これまで守護者の務めを邪魔してきたキツネ面を被った少女、初音の正体。それが衣奈だった。スポット内で見た、彼女の微笑みが忘れられない。思い出すと背筋がゾッとするほどだ。彼女がこれまで、何人もの同級生を襲っていたなんて。考えたくもなかった。

なぜ、衣奈がそうなってしまったのかはわからない。しかし初音の時に「失う物はない」と言っていたことがある。もしかするとその言葉と何か関係しているのだろうか。

『私を傷つけるの?』

彼女の声が頭の中で再生される。美都はグッと手を握りしめた。

(……──戦えなかった)

一度は初音と戦うと決意していたのに。彼女の正体が衣奈だと判った瞬間に、身体が硬直してしまった。彼女に剣を向けることを拒否したのだ。自分の弱さに辟易とする。

情けない。美都はその状況を思い出し顔を歪ませた。圧倒的に覚悟が足りなかった。

(覚悟……?)

何の覚悟なのか。自分で考えたことにハッとする。戦う決意はしていた。それでも”初音”に剣を向ける覚悟があったかと問われればそれこそ否だ。以前、彼女と対峙した時に剣の柄を振っただけでも手が震えた。そんな自分がそもそも彼女に剣を向けることなど出来なかったのだ。であればすべきことは何だったのかと。

(────そうだ)

前から言われていたではないか。戦う術は、自分を信じること。あの時は恐怖が上回った。だから指輪の力が発動しなかったのだ。

美都は服の上から首に掛けている指輪に触れる。鍵がなぜ自分を所有者として選んだのかは解らない。しかしこの指輪は自分に守護者として守る力が必要だと判断したのだ。

「守る力──……」

ポツリと呟く。何を、誰を。自分が望んで得た力のはずだ。目を伏せて考える。あの時──守護者の力を得た時、自分は一体何と答えたのか。

「──!」

瞬間強い力で腕を引かれた。その力に抗うことなく身体を捻ると焦った顔の四季が目に入った。

「? どうしたの、四季」

急な所作に驚いたのは自分だったのに、それ以上に驚いている彼を見て逆に冷静になる。彼はちょうど風呂から出たところのようだ。自分は彼の前に既に入浴を済ませてある。しかし、寝付けそうにもなかったのでこうして窓から外を眺めていたのだ。

四季はしばらくそのまま美都の顔を見つめた。そして目を細めた後、掴んでいた腕を強く引く。美都の身体は引き寄せられるような形で彼に近付いた。

「……──泣いてるのかと、思った」

そのまま腕を回して美都の身体を覆うと、独り言ちるように呟いた。彼の言葉に目を見開く。彼がそう思ったのは恐らく伏し目がちで考えていたせいだろう。随分背中が丸まっていたに違いない。彼がそう勘違いする程には。

美都は彼の腕の中でゆっくりと息を吐く。四季の温もりを、鼓動を感じる。この人はなんて優しいんだろう。彼も動揺しているはずだろうに。

目を閉じてこてんと彼の胸に頭を預けた。

「四季……」

いつものように「大丈夫だよ」と言えたら良かった。しかしさすがに今日だけは難しい。まだ噛み砕ききれていない感情が自分の中にたくさんある。それを隠したところで余計に心配させてしまうだろう。そう考えた時、ふと口からある言葉が零れた。

「今日──一緒に寝ちゃだめ……かな?」

「…………え?」

バッと肩を抱いて身体を引き剥がす。反応に時間が掛かったのは、聞いた言葉を落とし込んでいたからだろうか。確かに突然何を言い出すのかと驚くのも無理は無い。美都は困ったようにふっと笑むとそのまま視線を落とした。

「……不安で」

素直に今の気持ちを述べる。困らせるかもしれない、と思いながらも少しだけ甘えたかったというのが本音だ。

まだ上手く現実を飲み込めていない。今日は眠れなさそうだなと感じていた。その際に彼が傍にいてくれれば少しでも心が休まるのでは無いかと考えてしまった。案の定四季は口籠もっている。口に手を当てて反芻しているようだった。

「いいよ」

「!」

承諾の言葉を耳にしてふと顔を上げた。

「俺の部屋でいいか?」

「うん……! じゃあ、枕だけ持ってくるね」

そう伝えて彼の身体から離れると、美都は自分の部屋へ向かった。

一方四季は再び長い息を吐く。風呂から上がったとき、窓際で顔を伏せる彼女の姿を見て居ても立っても居られなくなった。あんなことがあれば当たり前だ。だから泣いているのかもしれないと。

しかし彼女の目に涙は浮かんでおらず、いつもと同じ曇りなき眼差しできょとんと首を傾げていた。その姿に驚いたのだ。彼女は一体、どうしてこんなに強いのか。鍵の所有者だと告げた時もそうだった。しばし放心状態であったが決して泣くことはなかった。普通ならば受け入れ難い真実だろう。それなのに彼女は泣き言も言わず、ただその事実を反芻しているように見えたのだ。

(──……まだ15歳になったばかりだってのに……)

だから先程の申し出を聞いたとき、動揺もしたが安心もしたのだ。否、安心するというのもおかしい。彼女の素直な気持ちを聞いて、やはり不安だったのだと。ならば自分が出来ることはその不安を取り除いてやることだけだ。彼女の気持ちがそれで休まるのなら。自分に出来ることはなんだってしてやりたい。そう思った。ただしやはり葛藤もあるのも事実だ。心を落ち着けるように深い呼吸を繰り返す。

一方部屋に戻った美都はすぐに枕を手に取った。

冗談で言ったつもりはなかったがまさか快諾してもらえるとも思っていなかったので少し驚いた。しかしそれが嬉しくもある。一晩、一人じゃ無いというだけで一気に心が軽くなった。

ベッドの上に放置したままだったスマートフォンを一瞬だけ確認する。ただしそのまま手にすることはしなかった。

自室を後にすると四季は律儀にも壁に寄っ掛かるようにして、彼の部屋の前で待っていてくれた。人を入れるのだから当たり前か。パタパタとスリッパの音を響かせ彼の傍まで歩く。

自分で申し出たのに、なんだか変な感じだなと四季を見上げた。同じ家で暮らし始めて5ヶ月が過ぎたがこんなことはもちろん初めてだ。恋人同士と言えど互いの領域には干渉しないで来た。だから新鮮なのだ。こうして他人の領域に足を踏み入れることが。

「どうぞ」

「……失礼します」

壁から背を離し、そのまま自室の扉に手を掛け入室を促す。少しだけ落ち着かない心持ちでそろりと四季の部屋へ入った。

初めて見る光景にきょろきょろと目を動かす。殺風景とまではいかないがシンプルで物が少ない。これが男の子の部屋なんだなと感じ息を吐いた。

(──四季の匂いがする)

当たり前だが、自分の部屋とは違う匂いにくすぐったさを覚えた。思わず持っていた枕をぎゅっと抱き締める。

「適当に座って」

「あ、……うん」

とは言え座る場所はベッドか勉強机にある椅子くらいしかない。枕を持ったままだったこともあり、近くにあるベッドへちょこんと座った。

四季はそれを確認すると一旦部屋の奥にある勉強机まで歩く。出したままの教材を片付けているようだ。

「勉強、途中だった?」

だとしたら申し訳ないことをしたなと思い、肩を竦めながら問いかける。

「とりあえず広げてただけだ。どのみち今日は集中できそうになかったしお前が気にすることじゃない」

「……そっか」

皆まで言わずとも言葉のニュアンスを察知してか四季からフォローが入る。気を遣ってくれたのだろう。だとしたら今日は彼の優しさに甘えよう。そう考えながら抱えていた枕を側に置いた。

そうだ、と思って首に掛けたままの指輪に手を伸ばす。先程部屋に戻った時に外して来るのを忘れていた。いつもは寝る前に外すようにしているのですっかり抜け落ちていたのだ。ひとまず首から外して近くに置いておこうとした時、四季が無言で手を差し出した。

「ありがとう」

「ここに置いとくぞ」

そう言って先程片した勉強机の上に指輪をそっと置いた。同じように四季もポケットから取り出し、金色に輝く対となるそれを合わせるようにして置く。それぞれ金銀で光る指輪は互いの武器を示したような色だ。

やはり他人の領域は落ち着かないなと感じる。四季の動きに合わせて美都の瞳が追いかけた。そのまま横に座りいつものように頭を優しく撫でる。ふわりと包み込んでくれるような手の温もりに美都は不意に目を逸らした。

「──ごめんね」

ふと口から零れ出た謝罪の言葉に、結局言ってしまったなと瞬時に反省した。四季は何に対する謝罪なのかわからず小さく首を傾げている。

「甘えちゃった」

眉を下げて力なく微笑む。本当なら自分でなんとかしなければならないところだ。彼の優しさに寄りかかってしまった。自分でもこんなことを頼めるなんて、と不思議だった。

「役得だろ」

あくまで美都が負い目を感じることのないように、四季は受け答えをする。彼にとっては本心なのだろう。しかし美都にとってはやはり少しだけ不甲斐なさを感じるところだった。円佳にさえ小学生以来頼んだことは無い。そう言えば、あの時も同じようなことがあったのだったと不意に思い出した。成長していないなと目を細めたとき横から四季が覗き込むようにして美都に問いかける。

「身体は……大丈夫なのか?」

「うん。別にどこも痛くないし、それに──」

彼の問いに平然と答える。身体は至って健康だ。口籠ったのは、”心”に関することだった。自分の胸元に視線を置く。不思議だな、と思う。先程も思っていたことだ。一拍置いて再び言葉を紡ぐ。

「──本当に、自分の中に鍵があるってわからないものなんだね」

驚くくらいどこも変化は無い。自分の中に鍵があるとわかっていても、信じることが出来ない。元々心のカケラは知覚出来ないものだと言われていたため当たり前ではあるのだが。

渋面を浮かべる四季を視界の端で捉える。あっ、と悪気無く今度は彼に問いかけた。

「四季は見たんだっけ?」

「……あぁ」

「そっか。えっと──どんなのだったか訊いてもいい……?」

美都に関しては鍵はおろか心のカケラすら確認していない。鍵の存在を確認したのはその場にいた四季と弥生、そして衣奈の3人だけだったと言う。

思いがけない問いに四季は苦い顔を浮かべる。どう答えようか考えているのか一度視線を逸らした。

「……小さくて、心許無い物質だった」

その存在を思い出すように呟く彼の言葉から、形を想像する。小さくて心許無い物質。心のカケラの中にあるのだから、確かに小さいのだろう。まさか世界の命運を左右する鍵がそんなに小さい物だなんて、と考えた時ふと違和感に気付いた。

「ねぇ、なんでそれが《闇の鍵》の方だって分かったの?」

素朴な疑問を口にする。四季も弥生も実物を見るのは初めてだったはずだ。衣奈にしてもそうだろう。鍵には2種類ある。光と闇。対となるものだ。ただし自分たちはその特徴を知り得ない。

四季はその問いにはたと目を見開いていた。

「それは──あいつが……そう、言った──から……」

言いながら事実を反芻するようにぶつ切りになる。衣奈がそう言ったのならば、なぜ彼女は《闇の鍵》だと断定したのか。四季の眉間にしわがよった。その状況のことを思い返しているようだ。

「衣奈ちゃんは……知ってたのかな」

己が探している鍵が、《闇の鍵》だということに。しかし菫でも知り得なかったことをなぜ彼女が知っているのか。知っていたのだとしたらどういう経緯で。それは彼女が対象者を限っていたことに何か関係しているのだろうか。

だが、闇にしろ光にしろ鍵の一つは自分の中にある。そのことが判明したのだ。覆ることは無いだろう。

「──友だち、だったんだろ?」

不意に四季が気遣うように声に出した。ハッとして声を詰まらせる。彼が示唆していることは紛れもなく衣奈のことだ。守護者としては初音の方が馴染みが深い。四季にとっては恐らく後者だ。

「……友だちだよ。──今も」

目を細めてそう答えた。そして彼女の姿を思い返すように目を瞑る。衣奈は友だちだ。彼女の正体が初音であったとしても、少なからず自分はまだそう思っている。だがこの考えこそ甘いのだろう。

明日、彼女に会うのが怖い。もし見知らぬ人になっていたらと思うと。拒絶されたらと思うと。今まで接してきた衣奈は嘘だったのか。

(──そんなことない)

嘘なわけない。自分に近付いた理由が例え所有者探しの為だったとしても、彼女と交わした会話が全て嘘だったとはどうしても思えなかった。自分となんら変わらない同い年の女の子。勉強も恋愛もたくさん相談をした。時には自分のことを気遣ってくれたこともあった。あれが演技だったとでもいうのか。

衣奈は、これからどうするのだろう。彼女には特に親しい友人はいないはずだ。だとしたら自分が離れることで彼女はまた一人に戻ってしまうのではないか。そう思うのはお節介なのだろうか。

ふと頬に温もりを感じて視線を動かす。四季の手が優しく自分の頬を撫でた。

「俺は────お前に辛い思いをしてもらいたくない」

「……うん。わたしもだよ」

自分も彼と同じ思いだ。誰にも辛い思いをしてもらいたくない。

恐らく、衣奈と戦うのは避けられない。その際にどちらかが傷つくことになる。

────本当に?

本当にそれしか方法はないのだろうか。傷つけ合うことでしか、事態は収まらないのだろうか。彼女とのやり取りの中に何か見出すことが出来ないかと考えてしまう。

「わたしは──弱いね」

口にすると認めてしまうことになる。強くなると、意気込んでいたはずなのに。今日改めて感じてしまった。衣奈を止めることが出来なかった、自分の弱さに。それに──。

「ずっと考えてるの。どうしたら初音を止めることが出来たんだろうって。どうしたら──衣奈ちゃんと戦うことを避けられるのかなって」

不毛だと笑われるだろうか。ただ現実から逃げているだけだと。初音を止められなかった自分を苛み、更に衣奈と真っ向から戦うことを避けたいと考えてしまう弱い思考。

するとそれまで黙って聞いていた四季がふと口を開いた。

「俺は、お前の真っ直ぐなところが好きだし尊敬もしてる。でも同時に怖くもなる」

「……? なんで──」

「美都は──優しすぎるから」

言いながら四季が肩を抱き寄せた。そのまま上半身を覆うように、彼の両手が背中と頭に回される。

「他人の痛みを請け負いすぎだ。これ以上はお前が壊れそうで──見てられない」

「……!」

抱き締める手に力が入る。美都は四季の肩越しに目を見開いた。そしてすぐにゆっくりと息を吐き目を細める。

やはり彼は自分のことを買い被りすぎだと。他人の痛みを請け負っているつもりはない。しかし自分にとっては、自分以外の人間という存在が確かに必要だった。そうしないと美都(・・)という存在が曖昧なものになってしまうから。

誰かの灯りになりたかった。しかしまた暗闇に連れ戻されてしまった。そんな気分だ。

何者でもなかった自分が守護者になって誰かを守れるのだと驕っていた。これが現実だと。不意に突きつけられた。

「四季は──守護者になったこと後悔してる?」

以前同じ問いを菫にされた。あの時はまだ、自分が所有者だなんて思いもしていなかった。それこそ対象者のことで頭がいっぱいだったのだ。どうしたら守れるのかを。

噛み合わないその問いに戸惑っているのだろうか。しかしすぐに四季は自分と目を合わせ真っ直ぐに言葉を放った。

「してない。これでお前を守る理由がちゃんと出来たから」

それは所有者として。所有者は守護者に守られるものだと、そう聞いている。四季は守護者として名実共に自分を守れると言ってくれているのだ。そんな彼の思いをくすぐったく感じるのと同時に、恐らく彼が感じているのもこういうことなのだと理解する。

「わたしもね、同じだよ」

苦笑いを浮かべて、今度は美都が四季を抱きしめた。この人に背負わせたくない。そう考えてしまう。だがあえて語ることはしなかった。自分が今何を言おうとも四季は今後自分を守るために戦うのだろう。その時に自分が出来ることは何なのか。

「あのね四季。こんなこと言ったら余計に心配させるかもしれないけど」

前置きをして素直な気持ちを彼に伝える。

「鍵の所有者が、わたしでよかったなって思うの」

「⁉︎ なんで……」

驚くのも無理はない。所有者の責任は計り知れないからだ。だが美都にとって責任よりも安堵の方が大きかった。

「わたしが所有者なら標的はわたしに絞られる。そうすればもう関係ない子を巻き込むことはなくなるでしょう? だからどちらかと言えば気持ちは軽くなったの。それに──わたしは守護者だから」

そう。自分は所有者である前に守護者なのだ。指輪が、守る力が自分に必要だと判断したのなら、それは己自身を守れるのは己のみだと。そういうことだろう。守護者の力が所有者のためにあるのならば。

彼が心配していた、他人の痛みを請け負うこと。それが無くなる。それだけで十分だった。

「お前一人に背負わせはしない……!」

「……もう。そんなんじゃ四季が潰れちゃうよ──?」

自分よりも遥かに苦しそうに嘆く四季の声を耳にして、再び顔を合わせる。声に表れていた通り表情もそうだった。彼の頬に手を当てて困ったような笑みを浮かべる。

「本当はね、まだ信じられない。でもこれって守護者になった時もそうだったの。怖くて、ただ戸惑うしかなくて、不安だった。それでも──」

不安な気持ちがずっと自分の中にあった。まるであの時に戻ったみたいだ。それでもあの時とは違うことがある。

「今は──四季が傍にいてくれるから」

四季の赤茶色の瞳を見つめ、口角を上げた。

温もりが近くにある。それだけで不安な気持ちも薄れていく。全てを消し去ることはできなくても、これほど心強いことはない。

彼も同じように美都を見つめ返すと、空になっていた手を再び彼女の後頭部へと回した。

「お前は強いよ」

「まだまだ。強くならなきゃね。これから」

ふふ、と更に笑みを零し彼の言葉に返した。そしてすぐに目を逸らして考え始める。

強くならなければ。そうしないと何も守れない。守るには力が必要だ。やはりあの力を確実に扱えるようにしなければならない。

『あなたにはあなたなりの形で、その力を使うことが出来るはずです』

以前菫がそう言っていた。恐らくそれがヒントなのだ。衣奈を傷つけずに済む方法が、きっとあるはずだ。

自らの前で手を握り締める。すると四季が驚いて目を見開いた。

「? どうしたの?」

「いや。やっぱりお前はすごいなと思って」

ひたすらに真っ直ぐで。不安だと言いながら、彼女の姿勢は既に前を向いている。動揺していたのは自分の方だったと思い知る。

「そりゃわたしは向こう見ずですから」

おどけるように美都がそう呟くのは、しきりに自分が彼女に評価として伝えていた単語だった。

虚を衝かれた四季は目を丸くした後、ふっと笑みを浮かべる。今までは決して容認していなかった言葉をまさかここで口にするとは。本当に彼女には恐れ入る。

「本当にな」

向こう見ずで危なっかしい。それは純粋さゆえか。こうしてこの時間に傍にいることも本来ならあり得ない。それだけ自分に心を許してくれているということだろうが。

先程美都は、この申し出に恐縮するように謝罪した。だがそんな言葉いるはずもなかった。なぜなら自分の方がそうだからだ。甘えている。彼女の存在に。

「四季?」

突然黙った自分を不思議に思ったのか美都は小首を傾げて覗き込んできた。この愛らしい少女をどうすれば守れるだろう。自分よりも遥かに小さくてあどけないこの少女を。

目を細めて美都を見つめる。彼女が何よりも大切だと思う。愛しいと感じる。

「──!」

触れていた頭を支えながら、美都の身体をベッドに添わせる。彼女が持ってきた枕に頭を乗せた。突然の挙動に驚いてきょとんと目を瞬かせている姿が窺える。その様がまたなんとも幼く可愛いなと思う。

美都の柔らかい髪に触れながら笑みを零す。言うなれば今日は添い寝する立場だ。彼女の不安を和らげるための。だから余計な感情は抱いてはいけない、と考えていた。しかし。

(──難しいな)

目の前にいる少女を見ていると、何をせずとも愛しさが増す。普段自分が使用している寝具に身を落ち着けている様すら。

髪に触れている手を輪郭へ移動させ、半ば無意識に美都の顔に近付く。そのまま優しく唇を重ねた。

「ん……」

小さく美都から声が漏れる。久しぶりに彼女に触れる気がする。ちゃんと感じられる温もりに安心できる。

ゆっくりと唇を離した。その際に互いの吐息が触れ合う。美都は大きな瞳で自分を見上げながら、肩を竦ませていた。頬が微かに赤くなっている。

「眠れそう?」

「……わかんない。でも明日も学校あるしちゃんと寝なきゃね」

彼女は眠る意思はあるようだがどちらかと言えば自分の方が眠れそうになかった。まだ心音が治まらない。だが美都の言うように明日もいつも通り学校がある。ひとまずは自分も横になるか、と彼女の頭を撫でた後立ち上がった。

美都がいる反対から回り込み、ベッドに足をかける。さすがに一人用なのでいつもよりは狭いと感じるところだが彼女が小さいおかげか然程気にならない。この時期なので掛け布団があれば十分だろう、と既に横になっている美都に布団を掛けた。ついで自分も彼女の横に寝転がる。

「! それ──」

同じ目線になった時に、不意に美都の手首に光るものを見つけた。自分が贈ったブレスレットだ。そしてそれは、つい数刻前に憑代に使われた。思わず苦い顔を浮かべる。

「……無理してつけなくてもいいんだぞ」

「ううん。物に罪はないよ。それに──」

布団の中で向き合いながら美都がそれに触れる。

「四季が初めてくれたプレゼントだもん。大切にしたいの」

目を細めた後、ブレスレットを着けている手首を己の顔に近づけた。言葉通り、大事そうにもう一方の手で包んでいる。例えそれが自分を襲った憑代だとしても、彼女にはそんなこと関係ないのだ。きっとこの先他の物を贈ったとしても、彼女は何でも大切にしてくれるだろう。しかし何物も「初めて」には代え難い。だからこの複雑な感情は、いずれ昇華させなければならない。

美都へと手を伸ばす。こんなに近くで眠るのは初めてだ。彼女の手を取ってちょうど二人の真ん中あたりに置いた。心音が寝具を通して聞こえそうな程、美都が傍にいる。握った手がだんだんと熱を帯び始めた。

「ちゃんと美都が眠るまで見てるから」

「ふふ、ありがとう」

あどけなく微笑んで四季の手を握り返す。この贅沢な温もりを、今日だけは感じていたくて。

「おやすみなさい」

「──おやすみ」

心地良い声が耳に届く。目を瞑るとすぐに微睡みに誘われた。

大丈夫だ。明日になればちゃんと、またいつも通り過ごすから。



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