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真実に惑う



もう何度この現象に巻き込まれたことだろう。少なくともここ数日は頻繁だ。

美都は強めに瞑った目を開く。

「──っ……!」

スポットだと理解するのに時間は掛からなかった。疑いようもなく、目の前には反転された景色が広がっていたからだ。

強い光に目が眩んだせいで、頭が混乱している。なぜまたスポットにいるのかと。だが瞬時にスポットに引き込まれる前の出来事を思い出した。そうだ、確か──。

直後、クスクスと笑う少女の声が背後から聞こえる。ハッと目を見開いてゆっくりと振り返った。少女の姿を、確認したくなくて。

「え、な──ちゃん……!」

嘘だ、と。何かの冗談だと、そう思いたかった。しかし目の前に佇む少女の姿が容赦なく現実だと突き付けてくる。自分の瞳に映るのは、間違いなく衣奈だった。心臓が大きく音を立てる。先程彼女がした行動と、ここにいる意味を考えれば明白だった。

衣奈は瞳に影を落とし、いつもより不敵に笑んだ。その初めて見る彼女の表情に、背筋に悪寒が走る。

「まだその名前で呼んでくれるのね」

そう言うと彼女は、右腕を前に掲げ手のひらを上へ向けた。広げた手にゆっくりと光の粒子が集まり一つの物体が現れる。

「……!」

その物体を確認して目を見張った。衣奈はそれを手にしてクスクスと微笑む。それは、いつも初音が着けているキツネ面そのものだった。息が詰まる。混乱する頭で必死に事実を結び付けた。決して考えたくはないことを。

「衣奈ちゃんが、初音──なの……⁉︎」

「そうよ」

応じながら眼鏡をゆっくりと外した。声色と口調が、一気に初音のものに変化する。否、急激に変化したわけではない。重なったのだ。衣奈と初音の姿が。少しずつ、少しずつそれぞれの違和感がなくなっていく。その感覚こそ不思議だった。衣奈と初音は似ても似つかない。喋り方も雰囲気も完全に別人だ。それなのに、目の前の少女が同一人物だと言わざるを得ない。そんなことあるはずがないと言う気持ちを打ち砕く程に。

「そんな……っ、だって衣奈ちゃんも宿り魔に──……!」

そこまで口にしてハッと言葉を飲み込んだ。衣奈は以前、宿り魔に襲われたことがある。だから初音の正体を突き詰めようとしたとき対象から除外したのだ。対象者になった者はそうであるはずない、と言う思い込みのもと。あの時はただその事実だけで話を進めた。しかし当時の状況を思い返すと通常とは違うことがあったのだ。

「思い出した?」

初音が(なじ)るように声を発する。そうだ、あの時。衣奈が襲われた時、心のカケラの出現前に退魔したのだ。あれが唯一、事が起こる前に防ぐことが出来た事象だった。

「あの時私は、わざと自分を襲わせたのよ。あなたたちの目を欺くためにね」

いつの間にか彼女が結んでいた三つ編みは解けていた。鎖骨あたりまである髪の毛がふわりと揺れる。髪の間から見える首筋には宿り魔と同じ刻印が覗いていた。つまりあの時衣奈は己を標的にすることで初音である可能性を払拭していたのだ。自分たちはまんまとその作戦に嵌ったということか。

「わたしが守護者だって知ってたの……?」

少なくともどこかの段階では気付いていたはずだ。そうでなければ先月の合唱コンクールであんなことはしない。問題はいつから知っていたのか。知った上でどこまで事態を翻弄していたのかだ。

投げかけられた質問に少女は不敵に微笑む。

「知ったのは偶々(たまたま)よ。川瀬さんを襲ったとき──あなたその姿のままスポットに入ったでしょう?」

「──!」

「ただの人間がスポットに入れるわけない。不思議だったのよね。だからあなたの動向を探ることにした──そしたら守護者になっちゃうんだもの」

それは初めて宿り魔と遭遇した時のことだ。標的となった春香に遅れること数分後に、指輪の導きによりスポットに巻き込まれた。スポットは対象者と守護者しか入れないと知ったのはその後だ。まさかその時見られていただなんて。

心臓が大きく音を打つ。喉の奥が乾いていく感じがした。

「あやのや凛を狙ったのは──……」

自分の動向を探るために? そのために彼女たちは苦しい思いをしなければならなかったのか。他でもない自分のせいで。

「あなたには期待してたのよ? あなたの周りには何かに長けている人物が多く集まるから。でも予想が外れちゃったわね」

「っ……だから、わたしと話してくれるようになったの──?」

心音が鳴り止まない。そんなこと考えたくなかった。否定して欲しかった。だって衣奈とは友人だ。少なくとも自分はそう思っている。しかし初音はその問いには肯定も否定もせず先程のように言葉を続けた。

「ちゃんと忠告はしたでしょう。守護者なんて面倒なことやめた方がいいって。それなのに美都ちゃん(・・・・・)ってば聞いてくれないんだもん」

衣奈の口調で、彼女が弄ぶように自分の名をなぞった。どちらが本当の彼女なのか混乱する。苦い顔で佇んでいると初音が一歩自分に近付いた。

「──ねぇ、月代さん」

今度は初音の口調でよそよそしく名を呼ぶ。先程スポットに巻き込まれる前に考えていた既視感は、衣奈と最初に会話した際のことだったのだとようやく気付いた。動揺で顔が引きつる。

「あなたに興味があったのは本当よ。とりわけ目立つわけでも特技があるわけでもないのに自然と目を惹く不思議な子。だから話していてもっと不思議に感じたの。どうしてこんな普通の子が守護者なのかって」

また一歩、彼女が自分へと距離を詰めた。息を呑んでその様を見つめる。後退りしたくとも身体が硬直して動かない。

「素直で真っ直ぐで、守護者の使命さえなければただの女の子。でも──あなた以上に責任感がある子は確かにそうそういない。だから気づかなかったのよ。それも立派な才能だってことに」

その言葉に目を見開いた。俄かに聞き覚えのあるその言葉は、同じような評価を四季にも言われていたことそのものだった。戸惑いで声を発することが出来ない。その間にも彼女との距離は徐々に縮まっていく。冷や汗が額に滲むようだった。

「だからね──」

なぜ自分がスポットの中にいるのか。そのスポットに引き込んだのは誰なのか。スポットに引き込む前に彼女が言っていた言葉は何だったか。彼女の刺すような瞳が、自分を捕らえて離さない。心音が一層早くなる。

そして目の前で立ち止まった初音は、ふっと笑みを零した。

「確認させて欲しいの。あなたの心のカケラを」

「……! ──っ」

彼女の行動の意味を把握し息を呑んだ。直後彼女の背後に宿り魔の気配を感じて目線を移す。そしてその宿り魔の姿に絶句することとなった。淡いピンクの肌をした(からだ)。その色に見覚えがある。彼女がスポットに巻き込む際に憑代にしたもの。

──四季からもらった、ブレスレットだ。

反射的に右手に剣を呼び出した。ようやく身体が動く。否、強制的に動けと命じたのだ。このままではまずいと、自分の身体に必死に信号を送った結果だ。しかし構えようとした瞬間、宿り魔の前に腕が伸びる。制服を纏った衣奈の腕が。そして図ったように彼女が微笑んだ。

「まずは私から相手してもらおうかしら。ね、美都ちゃん?」

「……っ!」

表情が一気に強張る。彼女は知っているのだ。自分の弱点を。知っているからこその行動なのだろう。

剣を持つ手が震え始めた。人間に剣を向けることは出来ない。それに衣奈は友だちだ。なおさらそんなことは出来るはずがない。それでも剣を振らなければ。彼女には宿り魔が憑いているのだ。躊躇している場合ではない。だから自分の意思を曲げて剣を構えようとした。

「私を傷つけるの?」

その言葉に目を見張らせ動きを止める。止めざるを得なかった。剣を振れば宿り魔憑きの彼女に何が起こるかわからない。人間である自分が、同じ人間である彼女を傷つける資格などないのだ。

初音は口角を上げニコリと微笑んだ。

「そうだよね。そんなこと出来るわけないよね」

まるで衣奈のような口調で自分を見ながらそう言った。直後手首に鈍痛が走る。剣を持っていた手を彼女が振り払ったのだ。カランという音を立て、剣が地面に落ちた。即座に初音が蹴り飛ばし剣は宿り魔の足元へと滑る。

しまった、とまだ痛みが残る手首をもう一方の手で押さえながら後退りをした。唯一の武器を手放してしまった。取りに行きたくとも剣は初音を隔てた場所だ。一気に不利になった立場に奥歯を噛み締める。立ち向かう術がない今、四季の加勢を待つしかない。だがそれまで保つのかという不安があった。そして次の瞬間、その思考は一気に打ち砕かれることになる。

「ちなみに言っておくと向陽くんはここに入って来られないわよ。あの子にはちゃんと別の相手を用意しておいたから」

まるで考えを見透かされたかのようだった。初音の言葉に息を呑む。確かにあれだけ近くにいてこの時間まで彼が現れないのはおかしい。ならば彼女の言葉通り何かに阻まれているのか。頼りにしていた細い糸が途切れた感覚だった。

目の前に佇む脅威がじわじわとこちらに詰め寄ってくる。足が竦む。乾いた空気が喉に張り付くようだ。

「それじゃあ」

いつものように微笑んでこちらを見据えている、同じ制服を纏った一人の少女。その少女の瞳に濃い影が落とされる。

「──始めましょうか」

甲高く響く少女の声を合図に、彼女の後方で控えていた宿り魔が動き始めた。なんの迷いもなく、こちらに向かってくる。

後退りしながら宿り魔の動向に目を向ける。アレの狙いは自分だ。捕まるわけにはいかない、と必死に足を動かした。手元に武器がなくては退魔することが出来ない。どうにかして剣を拾わなくては、とその在処を横目で確認した。

「──っ!」

瞬間、水の塊のようなものが自分に向かって飛んできた。間一髪のところでそれを避ける。地面に落ちたそれは見る見るうちに固まっていった。アレに当たれば動きを封じられる。その事実に背筋がゾッとした。

「やっぱり、一筋縄じゃいかないわね。さすが美都ちゃん」

意識の端で聞こえるその声に顔を歪ませた。あくまでも状況を愉しんでいるような雰囲気なのだ。

「初音! やめて!」

「ふうん、今度はそっちの名前で呼ぶのね。私は衣奈よ、美都ちゃん?」

「っ!」

そんなのわかっている。それでも信じたくない。今まで友人として接してきた衣奈の正体が初音だなんて。友人である衣奈と、敵である初音。彼女たちが同一人物だなんて受け入れられるわけがなかった。

尚も宿り魔は自分への攻撃をやめない。あの謎の液状のものを避けることで精一杯で武器を取りに向かう隙が一向に出来ないでいた。

「簡単には捕まらないのはさすがね。なら、これでどうかしら?」

そう言うと初音は腕を前へ掲げる。間も無くバツンッという音が鳴り響いた。直後それまで走り回ることの出来ていた足場が何かに阻まれる。

(壁……⁉︎)

まるで見えない壁のようなものが、そこには出来ていた。そう言えばとハッと思い出す。以前四季がこの空間に囚われたのだ。スポット内を分断する透明な壁。つまりは可動域を狭められたのだ。そしてそれは次々に増えていく。身体のどこかに当たらない限りそこに壁があるとはわからないのだ。逃げられると思っていた範囲がどんどんなくなっていく。焦りで息が上がり始めた。

「足を狙って」

宿り魔に指示を出す声が届いた。反応するよりも先に宿り魔が足元に狙いを定め液状の塊を複数投げつける。その数の多さに後方へ距離を取ろうとした途端、踵があの壁にぶつかった。

「──!」

『はぁ!』

一瞬の隙だった。宿り魔が投げた液状の物体が片足に当たる。それは途端に固形物へと変わり足を固定した。その場から一歩も動くことを許されなくなる。その現状に息を呑んだのも束の間、ハッと顔を上げると宿り魔が目前へ迫っていた。しかし抵抗の余地なく、空いていた両腕を見えない壁にドンと押し付けられる。

「っあ!」

ちょうど肘のあたりだ。足を固定しているものと同じ塊が宿り魔の手から発出され瞬間に固まる。固まったそれはまるで水晶のように、どれだけ力を入れてもビクともしなかった。完全に、身体の自由を奪われてしまったのだ。

「大変良く頑張りました」

「……!」

初音がきゃらきゃらと笑う。ハッと顔を上げると宿り魔越しにその姿が確認出来た。

「衣奈ちゃん……!」

名前を呼んでは見たが、彼女の姿はいつも学校で目にするものとは全く違う。解けた三つ編みが作り出す軽やかな巻き髪に妖艶に微笑む目の前の少女。自分が今まで接してきた彼女とは似ても似つかない。その姿に畏怖さえ感じる。

「どうしてこんな……!」

「美都ちゃんってば本当に可愛いのね」

クスクスと顎に手を当てて笑う様はこれまで交戦してきた初音の仕種だった。現実だと突きつけられるようで胸が詰まる。

「言ったでしょう? 私には鍵が必要なの。そしてそれが今日手に入るかもしれない──ようやくね」

心臓が一つ大きく鳴る。思わず耳を疑った。

「何を……言ってるの──……?」

鍵が、手に入る? 今日? 彼女が言っていることが理解出来ない。なぜなら彼女の言い方はまるで──。

彼女を凝視するとその問いに対する答えが返ってきた。

「あなた以外に考えられないのよ。鍵を所有するのに、相応しい子が」

「……、そ──んな……」

そんなはずはない。彼女の見解は間違っている。そう考えて首を小刻みに横に振った。

自分が所有者であるはずなんてない。守護者が所有者を兼ねるなんてあり得ないと弥生も言っていた。だから自分にはそんな資格は無いのだ。

「ちが……違うよ……! だってわたしは──!」

「守護者だから?」

「──!」

主張しようとした言葉をそのまま彼女に返される。そうだ。彼女も理解している。それなのになぜ、と混乱し押し黙った。するとすぐにまた少女が言葉を紡いだ。

「そうね。確かにあなたの言うこともわかるわ。所有者は守護者に守られる存在だものね。でも──例外があった方が面白いじゃない?」

極めて愉しそうな声だった。そう言うとそれまで大人しく佇んでいた宿り魔がゆっくりと自分の前に近づいてきた。

「っ……!」

背筋に悪寒が走る。心音がどんどんと早くなっていくのがわかった。怖い。目の前に立つ異形が。その恐怖に唇が震える。手足を拘束され、もはや抗う術がなかった。

「大丈夫──ちょっと苦しいだけよ。もし鍵が見つからなかったらちゃんと返してあげる。そうしたらまた友だちに戻りましょうね」

「っ! 衣奈ちゃん!」

一縷の望みの元、彼女の名を呼ぶ。しかしその声は虚しくも空を切っただけになった。

目の前に立つ宿り魔が、自身の首の下──人間で言う鎖骨付近──にある刻印に手を当てる。その刻印がぽぅ、と赤紫色に光り始めた。

それと同じ刻印が首筋にある少女はただ、鋭い目つきで口元に笑みを浮かべる。

「──その娘から心のカケラを取り出しなさい」

衣奈が宿り魔に端的に命じる。

直後宿り魔の刻印が浮かび上がった。そして瞬く間にそれは美都の胸元へ食らいつく。

「あっ……! ぅあああ──!」

その強襲に耐え切れず、顔を背ける。

スポット内にはただ、美都の悲鳴だけが響き渡った──。



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