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二度目の戦い



突如発せられる強い光にはやはり目が慣れない。反射的に瞑った目を開くと、そこは色が反転された世界だった。案の定スポットに誘導されたようだ。

ザッと砂を踏む音が聞こえ体勢を立て直す。四季が自分を庇うようにして背を向けていた。そして彼の視線の先にはやはり。

「──!」

ニタリと恍惚な笑みを浮かべて佇んでいるそれは、あの時と同様全身碧い姿をしている。人外だという象徴だ。それでも人型を取っているところが更に不気味に感じる。息を呑んで交戦の姿勢を取ろうとしたところ、自分の前で身体を張ってくれている四季が小さく呟いた。

「──巴になれるか」

「!」

目眩(めくらま)しになるかも知れない」

意味無い可能性の方が高いけど、と付け加える。四季の考えにコクリと頷いた。既にこの状態で宿り魔と対峙してしまっている。姿を見られている以上、目眩しとはいかないかも知れない。それでもまだ巴の姿になった方が動きやすいことは確かだった。いつもあの格好で剣を振るっているだけあって、力も入る。美都は半歩下がり、首にかけている指輪を取り出した。

「──粛々、紗衣加!」

普段ならスポットに向かう途中で口にする言葉だ。美都としての気配を消し、巴として守護者の衣を纏う。やはりこちらの姿の方がスポット内ではしっくりと来る感じがした。

背後の美都が守護者姿になった気配を感じ取り、同じように四季も言葉を結ぶ。しかし当たり前だが宿り魔はそうそう待ってはくれない。彼の言葉と同時にこちらへ向かって攻撃を仕掛けてきた。

「──っ!」

ギィンと鈍い音が響く。鉛と剣がぶつかりあう音だ。巴は襲いかかってきた複数の鎖を剣で跳ね返した。

この宿り魔の攻撃方法は知っている。この鎖に絡め取られたことがあるから。一度縛られれば身動きをとる事が難しくなる。太くて頑丈な鎖は、当たっただけでも相応のダメージを負うだろう。

剣を構え宿り魔を見据える。その矢先、乾いた音が耳に届き銃弾が横をすり抜けた。静が早速攻撃を始めたようだ。そしてすぐさま彼が隣に並ぶ。

やはり姿を変えたところで、というところだ。宿り魔は自分のことを離さず捉えている。この空間には二人しかいないから当たり前か。それに女子は自分だけだ。

『守護者か。面白い──!』

宿り魔の下卑た声が耳に届く。あくまでこの状況を楽しんでいるようだ。

「あまり近づきすぎるなよ」

「うん」

とは言え自分の武器は剣なので宿り魔に接近しなければ攻撃は出来ない。恐らくは静が先導して宿り魔との交戦を引き受けてくれるのだと察した。ならば彼を援護するように動く。それが自分に出来る事だ。

間髪入れず宿り魔の攻撃が繰り出される。それを今度は静が構えていた銃でいなした。続けて彼が反撃をする。宿り魔の身体を目掛け連続で発砲した。

『遅い!』

通常の宿り魔よりも鋭敏に動く碧い巨躯の化け物は、銃弾を避けると再び太い鎖をこちらに投げつけてきた。静と隣り合わせでいた位置を狙ったかのように距離を離される。

『はあぁ!』

「──っ!」

今度は複数の鎖を避けきれなかった。咄嗟に手前に構えた剣を絡め取られる。しかし何とか柄を放すことはせず強い力に耐えるようにグッと握り締めた。少しでも緩めれば引っ張られる力に負けそうだ、と唇を結んだ。

「巴!」

剣を縛っている鎖目掛けて、静が発砲した銃弾が撃ち込まれる。さすがの命中率だ。だが鎖はなかなか切れずその頑丈さに目を見張った。

横槍が入ったことで宿り魔の神経を逆撫でしたらしい。宿り魔はそれまでこちらに投げていた視線を、キッと弾が飛んできた方へ動かした。

『邪魔を──するな‼︎』

宿り魔が静を見定め、同じように連なる鎖を投げつけた。まずい、と瞬時に息を呑んだ。

彼の武器は遠距離からの攻撃に優れていて決して自らを守る事が出来ないものだ。

「やめて……!」

苦い顔を浮かべながら宿り魔の攻撃を避けている静の姿を見て、何処と無く叫んだ。自分の声が空間に響く。

『貴様がおとなしく捕まれば良い。もっとも、男の方は邪魔だから始末するがな』

「……っ!」

宿り魔の放った言葉に渋面を浮かべる。その間も剣は鎖に絡め取られたままだ。ギリッと奥歯を噛み締める。

自分のせいで、彼に怪我を負わせることだけはしたくない。しかしそもそも宿り魔のその条件を飲めるはずがなかった。

『さぁどうする』

「聞くな、巴!」

『黙れ!』

あくまで狙いは自分であり、静は邪魔な存在なようだ。口を挟むことさえ宿り魔を苛立たせることになった。その苛立ちを再び彼に向ける。間髪入れず繰り返される攻撃に、静も銃で応戦するが避けることで精一杯に見えた。

「……──!」

なぜ、自分は怖気付いているのだろう。なぜ、こんなに何も出来ないのか。悔しい。こんなことで揺れ動くなんて。これはただの弱さだ。

自分が弱いから大切な人を守れない。そんなの絶対に嫌だ。

「わたしは──……!」

グッと剣の柄を握り締める。それに呼応するように赤い宝珠が輝きを増した。覚えている。この現象を。これは指輪が自分に力を貸してくれる合図だ。

────わたしの信念は。

巴はキッと宿り魔を見据えた。

「やぁっ!」

掛け声とともに剣を引くと、太く頑丈な鎖が断ち切れる。さすがに想定外だったのか宿り魔は狼狽えているようだった。

大切な人を守る。それが自分の信念だ。静を、傷つけさせない。絶対に。

切れた鎖を振り払い、動揺したままの宿り魔へ一直線へ掛けた。この瞬間だけは不思議と怖くない。それが自分の役割だと心の何処かで考えているからだろうか。

「天浄清礼!」

切っ先が宿り魔に触れる。勢いよく振り翳した剣を、身体の横へと戻した。

まもなく宿り魔から耳を裂くような咆哮が上がる。乱れた息で呼吸を繰り返しながらその様子を見守った。

苦しそうに呻き声を上げる宿り魔。これがまだ人外のものだから剣を向ける事が出来る。だがもし、とそう考えた瞬間宿り魔が断末魔を上げ完全に消滅した。

巴は割れた胚を見つめながら考えを巡らせた。

もし同じように初音に退魔の言を結べば? 彼女は一体どうなってしまうのだろう、と。

「──!」

自分の考えにハッとして辺りを見渡す。じっと目を凝らしてみるが初音の姿を確認することは出来なかった。

(また……肩慣らし、なの?)

昨日彼女はそう言っていた。今日決着が付かないのならばまだしばらくは膠着状態が続くということか。現実、この状況は神経をすり減らす。彼女の狙いはもしかしたらそこなのかも知れない。

浅くしていた呼吸を整えるように、目を瞑り一度大きく息を吐く。まもなくスポットも砕けるはずだ。気付けば静が側まで来てくれており、労うように肩に手を乗せた。彼の顔を見て再び安堵の息を漏らす。

互いに頷きあった後、スポットが砕ける音を聞きながらそれぞれ元の姿へと戻った。





赤い夕陽がちょうど沈んでいくところだった。空の色がグラデーションのように入り交じっている。元いた公園から覗く夕暮れの景色だった。

「……っ!」

現実の世界に戻ったのに、まだ心臓が大きな音を立てて鳴っている。やはり慣れるものではないのだなと自分の胸を押さえて苦い顔を浮かべた。隣では心配そうに四季が顔を覗き込んでいる。

「初音……現れなかったね」

ポツリと呟いた所感に、同意するように彼が頷く。なぜ初音は現れなかったのか。この間去り際に言っていた「次の機会に」とは、今日のことではなかったのか。

(あの子の目的は……わたしじゃないの?)

彼女の意図が読めず渋面を浮かべる。わからない。一体何を考えているのだろう。

しかしひとまずは何事も無くて良かった。もし宿り魔の気配に弥生が気付いていたら、こちらに向かっているかもしれないなと考えると少し申し訳なくも感じるところだ。

ふと落ちたままのキーホルダーに目を遣る。それを屈んで拾い上げた。

宿り魔は、こうした無機物に胚が宿り人の形を模すのだ。しかし宿り魔が憑くのは物だけではない。『人間に憑いた宿り魔』。菫がこう説明していた通り、宿り魔は人間に寄生する。初音がその最たる例だ。

「……──あの声」

不意に昨日の出来事を思い出す。スポットの中で彼女がなぞった自分の名前。

「声……?」

「初音が昨日、わたしの名前を呼んだでしょう? どこかで聞いたことがあるような気がして……」

それはいつ、一体どこで。美都は必死に記憶を手繰った。甲高く響くあの声。少し大人びたような、艶のある。そもそも同学年で自分のことを「月代さん」と畏まって呼ぶ人物は限られる。しかし実際どの人物も思い当たらない。ならば自分の思い過ごしなのだろうか。

「──美都ちゃん?」

四季では無い自分の名を呼ぶその声にハッと現実に引き戻される。声がした方に視線を動かすときょとんとした表情の衣奈が近くにいた。

「衣奈ちゃん!」

学校はとっくに終わっている。彼女は塾の帰りか何かだろうか。制服姿の衣奈へそのまま駆け寄った。友人との会話に気を遣ってくれたのか四季はその場を動こうとはせず佇んでいる。

あんな事があった後だ。友人と呼べる人物が現れてくれたことにホッとする。ここがちゃんと現実であるとわかるから。

「何してるの? こんなところで」

「えっと……ちょっと四季と寄り道を……散歩、みたいな」

何をしているかと問われれば、答えた文言で間違いはないだろう。さすがに宿り魔と交戦するためにこの公園に入ったとは説明出来ない。衣奈は自分の回答を聞くとクスクスと声を抑えて笑った。

「やっぱり美都ちゃんって面白いね」

「そう、かな……。衣奈ちゃんは? 塾の帰りとか?」

小さい公園だ。遊具も取り立てて多くも無く、木々が生い茂っているせいで少しだけ陰鬱とした雰囲気がある。子どもが遊ぶ場所というよりも大人の憩いの場に近い。自分も普段であれば寄り付かないような場所であった。

「ふふ、わたしもね実は寄り道」

「そうなんだ。家こっちの方なんだっけ?」

そう言えば衣奈の家がどの辺か訊いた事がなかったなとふと思い出した。特に知らなくても困らなかったので話題に出したことはなかったが、今までこの近くで会ったことはない。だから単純に不思議に思ったのだ。しかし彼女は自分の問いには答えず、少しだけ顔を伏せてクスリと笑んだ。その仕種に首を傾げる。何か可笑しなことを訊ねただろうかと。

「ねぇ、美都ちゃん」

「? どうしたの?」

不意に名を呼ばれたため目を瞬かせ何事かと応じる。夕暮れだからか少しだけ表情が見づらい。しかし何処と無くいつもの衣奈の雰囲気と違うものを感じた。杞憂であれば良いのだが、寄り道をしてまで何か考えることがあったのだろうかと心配になってしまう。すると彼女は視線をゆっくりとこちらに向けた。

「この間言ってた、勉強のお礼のことなんだけど……今お願いしてもいいかな?」

衣奈の大きな瞳が、彼女の眼鏡越しに真っ直ぐに向いている。その様子に心音が小さく鳴った。

「あ……う、うん。わたしに出来ることなら」

言葉が詰まったのは、なぜだか瞬間不安な気持ちに襲われたからだ。こんなことは初めてだ。自分にもその理由がわからなかった。

しかしこれは以前衣奈と約束をしたことなのだ。勉強を見てもらった礼をすると。しばらく彼女は考えていたようだがそれが決まったらしい。だがなぜ今なのか、という疑問もある。

「もちろん、美都ちゃんにしか出来ないことだよ」

衣奈はそのままニコリと微笑んで半歩自分に近づいた。おかしい。何がこんなに不安にさせるのか。表情が読みづらいからか、雰囲気が違うからか。自分しか出来ないこととは何なのか。思わず彼女に合わせて半歩下がろうとしてしまった。しかしなんとかそれを堪え衣奈の動向を見守る。

「大丈夫。難しいことじゃないから。──あのね」

「っ!」

いつもより素早い動きで、衣奈が自分の左手首を掴んだ。その動きにまず驚き目を見開く。そして更に驚いたのは掴んでいる彼女の手の力が予想以上に強かったことだ。振り解くことも出来ない程強い力に思えた。動揺して肩を竦ませ、小さく声が漏れる。

その声に反応するかのように、さすがにそれまで傍観者でいた四季も様子がおかしいと感じたのか身を乗り出す。しかし圧倒的に彼女の所作の方が早かった。

掴まれた手を見ることで精一杯だった。だから衣奈がもう一方の手で持っていたものに気付かなかったのだ。圧倒的に小さい、そのモノ(・・)に。

自分の目を見据えながら、彼女はその口元に笑みをこぼす。そしてポツリと小さく懇願するかのように呟いた。

「美都ちゃんの心のカケラ──見せてくれる?」

「え……? っ──……⁉︎」

掴まれている左手首の制服の袖から覗くブレスレット。衣奈はそれに、自身の持っているモノを埋めこんだ。瞬間それは強い光を放つ。目を瞑ってしまうほどの光を。

光に包まれる前、衣奈の笑みがあの少女と重なったのだ。

しかしその時にはもう、何もかもが遅かった。



「──っ!」

しまった、と彼女が消えた場所を見つめた。だが信じられない。あの少女は美都と友人だったはずだ。それにリストに名前は挙がっていなかった。完全に虚を衝かれた。

しかしこんなところで考えている場合では無い。一刻も早くまた美都を助けに行かなければ、と四季は奥歯を噛み締め指輪を取り出した。

直後背後に不穏な気配を感じて振り返る。何者かがこちらを見ている。そんな気がしたのだ。そしてその予感は的中した。男だ。それも自分と同じ制服を身に付けている。加えてその顔にはキツネ面が被さっていた。

「お前は──……」

「────俺が相手する」

ほぼ同時に言葉を発した。四季の呟きは瞬く間に掻き消される。キツネ面をつけた男は短くそう言うと右腕を真横に掲げた。

「──⁉︎」

瞬間、景色が反転する。これは紛れもなくスポットだ。目の前の男が宿り魔を出現させずにスポットを作り出したと言うことか。

四季は慌ててその手に銃を呼び出した。そのまま男に向かって発砲する。

(こんなところで──!)

足留めを食らっている時間は無い。早く美都の元へ行かなければならないのに。しかし自分が放った弾丸は一向に男には当たらない。結界が男を守っているようだ。

「くそっ──!」

だんだんと苛立ちを隠せなくなってきた。焦燥感で顔を歪ませる。手応えが全く感じられない。

「──その程度で」

男が低い声でそう呟く。再び腕を掲げると今度は手のひらを前に押し出した。そして間髪入れず攻撃が仕掛けられる。大量の水の塊が四季に襲いかかってきた。

ハッとしてそれを避ける。水を使役する攻撃。つまりこの男があの影の正体なのだと瞬時に悟った。

「行かせはしない」

「──……っ!」

どう足掻いてもこの男は自分の行く道を阻むようだった。ギリっと奥歯を噛みしめる。この男を倒すしか、ここから出る方法はないのかと。

(頼む──美都……!)

自分が駆け付けるまで無事でいてくれ。心からそう願いながら四季は再び攻撃を始めた。





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