魔力測定2
放心状態から完全には抜け出せないまま私の魔力測定は終わり水晶のもとを離れる。
手の中には監督教師に渡された紙。測定結果だ。
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エリアナ・リンスタード
魔法適性:有
適性属性:火魔法
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「火魔法……」
怒りと悲しみで自分の中に火が揺らめくのを感じるようになった、と思ったら、本当に火の適性が芽生えていたわ……。
バリン!!!
その時、突然近くで大きな音が聞こえ、思わず振り向く。
そこにはますます顔を蒼白にした、あの赤茶色の髪をおさげにした女子生徒と、粉々に砕けた水晶があった。
「ご、ごめんなさいぃいい!!!」
ぶるぶると震えながら、ぶわっと涙が湧き上がり、大きな青い瞳からはらはらと零れる。
そんな彼女をフォローすることもなく、監督教師はその場を慌てたように離れ、別の教師を連れて戻ってきた。
「新人の先生なのかしら……」
かわいそうに、あの子に一言でもかけてあげればいいのに。
連れて来られた別の教師となにやら話していた新人教師(きっとそうだと思う)は、やがてとてもびっくりした顔をして、泣いている彼女に何事かを言うと測定結果用紙を渡し測定を終えた。
やり直しもしないのかしら?水晶が割れる前に測定結果が出ていたの?
すでに次の生徒のために別の水晶を用意している。
女子生徒のあまりにも悲壮な顔に、デイジーのことを一旦無理やり頭の隅に追いやり、彼女に近づく。まだ足に力があまり入らないくらいには動揺は収まらないが、だからこそ他のことに意識を向けたいという気持ちもあった。
幸い水晶が割れたことに関して彼女にお咎めはないようだし、そもそもまだデイジーの件でざわめきが収まりきっておらず、同じ列の順番が近かった数人以外には気づかれてすらないようだった。
そのまま1人で列から離れ、競技場の隅の方、柱の側で俯いている彼女に近づく。
少し息を整えて声をかけた。
「血が出ているわ。手を見せて」
「へっ??」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で振り向いた彼女の、水晶に触れていた手からほんの少し血が出ていた。水晶が割れた際に破片で切ってしまったのだろう。
「教師の皆様も、治癒魔法くらいその場でかけてくださればいいのにね。痛いでしょう?」
彼女の手を取りながら言った。
「あ、いえ、そんな、ごめんなさいぃっ……」
思わず手を引き抜こうとした彼女の様子に、握った手に優しく力を込め引き留める。触れた手は私以上に冷え切り、まだ震えていた。ただでさえものすごく緊張していたようだったのに、不測の事態に驚き、自分が大事な水晶を壊してしまったと怯えているのだろう。
フォローもなければ治癒もしなかった教師にモヤモヤする。
少しでも安心させようと、視線を合わせにっこり微笑みかけた。
「大丈夫よ。あなた、それだけ気持ちが乱れてしまっていたら自分で治癒をかけるのも難しいでしょう?私に任せてちょうだい」
「いえ、とんでもないです!そんな、恐れ多いですし、それにっ」
私が貴族だと察して恐縮しているのだろうか?
「本当に気にしないで。この学園の生徒になったからには私とあなたは平等でしょう?それに私、魔法適性は……まああったけど、もし生活魔法しか使えなくてもこれくらいの傷を癒すことは私にもできるわ。ね?」
思わず魔法適性はないけれど、と言いそうになった。もう私は火魔法の適性者なのだ。
簡単な治癒ならば、魔法適性がなくても直接魔力を注ぐことで施すことができる。生活魔法と同じ要領だ。もちろん、大きな傷になると光魔法でなければ無理だけれど。
「そうではなく、実は私……」
ずっと断り続ける彼女に、もしかして余計なお世話だったかしらと不安になってくるが、今更引き下がることもできない。やはり私も動揺しているようだ。押しつけがましい真似をしてしまったかもしれない。
「あなた、お名前は?」
「あっ……メイと言います……」
「メイさんね。私はエリアナ。諦めて治癒させてちょうだい」
今度は返事を待たずにメイさんの手を両手で包み込む。そのまま彼女の傷が治る様に祈りを込めて魔力を注ぐ。
……なかなか治らない。おかしいわね。この程度の傷なら魔法適性のない頃の私でもすぐに癒せたはずなのに。
不思議に思いながら、もう少し強く魔力を注いだ。
すると、ようやく傷口に光がともり、やがて傷は綺麗に消えた。
「よかった。綺麗に治ったみたいね」
これだけしつこくしておいて、結局治せませんでしたなんて申し訳なさすぎるもの。
少し安心しながら笑いかけると、メイさんは目を見開き、ぴしりと硬直していた。
「なんで……」
癒えたばかりの手をじっと凝視している。
どうしたのかしら?
まさか……治癒を受けたことがなかったの?
「もしかして、治癒魔法を受けるのは初めてなの?それなら光魔法適性者の治癒魔法なんてとってもすごくてきっとびっくりしちゃうわよ」
わざと明るく言ってみるも、メイさんは何も反応しない。
何か問題があったのか……そう心配になってきた時、
「どうして、治せるんですか……私には、治癒魔法は効かないはずなのに」
「え?」
「治癒魔法だけじゃない。どんな魔法も効かないはずなのに……」
そう言いながら、彼女は自分の測定結果をこちらに向けて見せてきた。
「私、ずっと自分は特異体質だと思ってました。でも違った。さっき分かったんです。この適性のせいだったんです。だからなおさら……魔法なんて効くはずないんです」
彼女の手は先ほどよりよほど震えていたけれど、その顔は呆然とするばかりで怯えも緊張も消え去っていた。
……どういうこと?
混乱しながらも、彼女と彼女の測定結果を見比べる。
その測定結果には、私が初めて聞く適性属性が書かれていた。
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メイ
魔法適性:有
適性属性:反魔法
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「私の属性は、アンチ魔法だそうです。今まで1度も……治癒も、攻撃も、魔法は一切効いたことがありません」
……今日も色々なことが起きすぎて、完全にキャパオーバーだわ。