別れの時
「サマンサ様、大丈夫でしょうか……」
「そうね、心配ね……でもきっと大丈夫よ」
エリアナとメイはじっとその後ろ姿を見つめていた。
王都を囲む壁門の少し外。
姿は見えるけれど会話は聞こえない程の距離。視線の先にはサマンサと……彼女に向き合うリューファスの姿があった。
「これで、サマンサ様とリューファス様は本当にお別れなんですね……」
メイがぽつりと零す。
婚約はもう解消されている。今日はリューファスが辺境の任地に向かうと言うので最後の見送りに来ていた。どうか最後にそれだけでも許してほしいと、サマンサの希望だった。
「やっぱり、どうにもできなかったんでしょうか?そりゃ色々ありましたけど、2人ともあんなに想いあっているのに……」
そう、向き合う2人の様子は引き裂かれる恋人達の姿そのものだ。
それでも……それでもダメなものがあるのだと、エリアナはその姿に初めて知った。
******
「サマンサ……本当にすまなかった」
「いいえ、いいえリューファス様。もう謝らないでください。もう、いいんです」
サマンサは自分の手を取るリューファスのその手をぎゅっと握り返す。何度も話した。自分は気にしていない、本心ではなかったと分かっている、今でもあなたを慕っている、許されるならばこれからも一緒にいたい……。
それでも目の前の愛しい人は受け入れてはくれなかった。サマンサを、ではない。サマンサの隣に何食わぬ顔で自分が居続けることを受け入れられなかったのだ。
サマンサが気にしていない、許すと言っても、リューファスはどうしても自分を許せなかった。リューファスが自分を許せない以上、これからはサマンサの存在自体が重荷になる。それに気付いたとき、サマンサは別れを受け入れた。
(こんなに想っているのに、もう一緒にはいられないのね……)
自分を見つめる瞳には間違いなく今までと変わらない、いや、今まで以上の熱を感じるのに。
自分が強引にでもついていけば、いつかはリューファスも受け入れたかもしれない。そうも考えたけれど、結局その選択をすることはなかった。
(自分の愛を貫いて、この人を苦しめることはしたくない)
相手を思い、尊重し、愛があっても身を引く。そんな愛し方もあるのだと、サマンサは身をもって思い知った。自分はもう、リューファスに対してはそんな愛し方しか許されないのだと。
「たまには……手紙を書いてもいいですか?」
サマンサは手を握ったままそう零す。
リューファスは優しく、そして少し悲しそうに微笑んだ。
「君が……他に愛する人ができて、幸せになったときには、きっと手紙を送ってくれ」
サマンサはついに堪えきれなくなって涙を零した。それは婚約を解消したとき以上の、決定的な別れの言葉だった。もうこの人と一緒に歩む未来は、本当にひとかけらも残っていないのだと、思い知った瞬間だった。
後ろの方で、リューファスの父が待っている。彼の父もまた王都を去り、リューファスの向かう先の近くに隠居することになっている。結局様々な事情から爵位返上とはならず、クライバー子爵家は男爵に爵位を落とし、リューファス父の遠縁の息子が継ぐこととなった。
「リューファス。そろそろ行こう」
「ああ、分かった」
父に促され、最後とばかりにリューファスはサマンサの真っ黒な瞳をじっと見つめた。自分を想って涙に濡れている。なんて綺麗な瞳なんだろうか。リューファスはサマンサの黒い瞳をとても気に入っていた。この目が自分を映すのもこれで最後だと思うと、リューファスの目にもじわりと涙が込み上げてきた。
堪えきれずに、震える小さな体を掻き抱く。サマンサはついに声をあげて泣いた。
「君をずっと……君が幸せになるように、祈っている」
『ずっと愛している』とはもう言えなかった。それが彼女を縛る鎖になると分かっていたから。
最後にその額に口づけを落として、リューファスはその場を後にした。
背中を見せた後は、2度とこちらを振り向くことはなかった。
******
サマンサの元へ、メイとエリアナが駆け寄る。2人でいまだ震えるその体をぎゅっと抱きしめた。
メイがふとリューファス達の方へ視線を向けると、リューファスの父がこちらへ頭を下げた。
「――あ!」
メイは思わず声を上げる。
「あの人……あの人です!私に学園に通うように推薦してくれた、村で会った貴族の男の人――」
エリアナもはっとして顔を上げた。もう2人はこちらへ背を向け、歩き出している。
その後ろ姿を見ながら、エリアナは考えていた。
いつだったか、メイにその話を初めて聞いたときは、メイの特異体質を研究対象として目を付けたのではないか?と疑っていた。思えばあの頃は時を戻ったばかりで、1度目のあらゆる出来事に心を打ちのめされて随分疑心暗鬼になっていたように思う。名も明かさず、学園以外には匿名として入学の推薦をするなんて怪しいとも思っていた。
違ったのだ。純粋にメイを思って、心からメイの力を活かせる場所にと言う思いもあっただろう。彼女に話した言葉も全て本音だったのだ。話に聞いていたクライバー子爵はそういう人物だった。そしてそれ以上に、メイに声を掛けたのは、きっと……。
(メイに、助けてほしかったのね……)
辻褄があった。クライバー子爵はコリンヌ夫人の願いにより、ジェイド殿下の危うさを知っていた。どうにか大きなことが起こるのを阻止しようとしていたらしいという話も聞いた。クルサナ村へ立ち寄ったのは、恐らく万が一のために作られた聖女の力への対抗策を探し、リタフールの神殿へ立ち寄った時のことだったのではないだろうか?
そして、メイを見つけた。魔法の効かない、特別な少女。
作られた聖女の力に、何をもって対抗できるかが分からなかったクライバー子爵が、メイの力の可能性に縋ったと考えても違和感はない。
(あなたもきっと辛かったのでしょうね……けれど、確実にその1つは実を結んだ)
メイがいなければ、きっとエリアナが大魔女を討つことは叶わなかっただろう。
遠ざかっていく後ろ姿に心の中で感謝しながら、エリアナはより一層強く、サマンサとメイを抱きしめた。
Twitterにもちょっと書きましたが、最初はリューファスにサマンサがついていくルートも考えていました。でもリューファスの心の内やら葛藤やら性質やらを考えると、どうしても未来が見えずにナシになりました……。
次回はリューファスのその後を番外編として更新しようかな!
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