幸せを取り戻して
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「エリアナ様、本当にお綺麗です!ドレスもとっても似合ってらっしゃいますよ」
「ありがとう!素敵なドレスとあなたのおかげよ!」
賛辞の言葉に私がそう返すと、リッカは嬉しそうに微笑んだ。
リッカが退室した後、もう1度鏡に映った自分の姿をじっくりと確認する。
紺から裾に向けて黒にグラデーションになっている夜空のようなドレス。
裾や胸元のレースには細かい金色のラメがまるで星のようにキラキラと散っている。
私と……テオドール様の色のドレス。
煌びやかな金細工にルビーが美しい首飾りもテオドール様からの贈り物だ。それを邪魔しないように、そっと胸元に忍ばせた琥珀のネックレスを撫でる。
今日はついに私の卒業パーティー。
もうすぐテオドール殿下がエスコートのために迎えに来てくださるのだ。
つい顔が緩んでしまうのをどうしても止められなくて困ってしまう。
ふと、私の頭に色々な思い出が駆け巡った。
今日まで、色々あった。本当に、色々。
――あの日から、もう2年。
あの日、王都中に降り注いだ私の聖女の魔力を源とした光は、全ての歪んだ現実を正常に戻した。その後の記憶の在り方には個人差があるようで、デイジーやジェイド殿下とよほど近しい存在だった者や、強く影響を受けていた者以外は、聖女の力の影響を受けていた部分の認識があやふやになっているようだった。
そのため、王家からの公式の発表としては事件の大部分は全て私が討伐したあの悪しき魔の影響であるとして片づけられた。混乱を最小限にするためには仕方ない。
しかし例外がある。2人に近しい人物や影響を強く受けていた人物、逆に影響を受けていなかった人たちについては全ての記憶が残った。
学園でジェイド殿下に近かった者、主にリューファス様やエドウィン様を筆頭とした高位貴族の子息令嬢と、両陛下並びに王宮の重要役職についている大臣達など、その人数も少なくはない。
しかし、そもそもの元凶が第二王子。これは国としての大きな醜聞だ。故にきつい箝口令が敷かれた。口を閉ざすように言われた貴族たちは、つまり例外なく操られた者たちでもある。プライドの高い高位貴族達は決して事実を漏らさないだろう。
そしてさすがにお咎め一切なしとは行かないレベルの関係者たちは、内々にひっそりとその後の処遇が決まった。
まずエドウィン様。
彼は元々卒業後すぐに王宮に勤めることになっていたが、最低1年は地方の役所勤めをこなさなければそれは叶わないことになった。適性魔力もない彼はどうやってもジェイド殿下の力やデイジーの力には抗えなかっただろうし、誰も傷つけてはいない。婚約者もいなかったため、デイジーの力の影響として誰かの幸せに影を落とすようなこともなかった。その後王都に戻れるかどうかはその1年の働きぶりによるらしい。こんなものかなと思う。
リューファス様は、サマンサ様との婚約を解消することになった。
コリンヌ様の行動がジェイド殿下の引き起こしたことのきっかけの1つだったことは重く受け止められた。特に彼女はどうやら王妃陛下に害をなした疑惑があると聞いた。本人はすでに故人のため、クライバー子爵家が責任を取る形だ。彼は辺境の、環境の特に過酷な地の衛兵となるらしい。本人の希望だとか。私の知っている以上の何かが彼の中にはあるのかもしれない。合わせて騎士団長だった彼の父親、クライバー子爵も職を辞した。爵位の返上も申し出ているらしいが、今のところは陛下が止めている。いろいろ事情があるのだろう。
婚約解消について、サマンサ様は気丈に振る舞っていた。きっと辛かったと思う。2人はちゃんと想いあっていた。サマンサ様は許すと言った。それでも、リューファス様が譲らなかった。力の影響下での言動は、本心ではなくとも本質が出るのだという話を聞いた。リューファス様の抱える何かが彼にサマンサ様を必要以上に罵倒させたのだろうか。自分を許せないと、苦しそうにしていたのを私も何度か見た。
「君を愛しているからこそ、君とともに在るのが辛い」
そう言われてしまったらしい。自分の想いを押し通して彼の負担になるのは望まないと寂しそうに笑っていた。そこには確かに、形を変えた愛があった。
デイジーはそのまま国にはいられなくなった。彼女は被害者であり、ジェイド殿下の引き起こしたことを止めた1番の功労者でもある。彼女は褒美を与えられこそすれ、処罰を受けるなんておかしいと思ったけれど、事情を知らない人の目にはそうはうつらない。かわりにスヴァン王国へ留学した。
「もう王族に夢を見るのはこりごりなので、向こうでそこそこの爵位のいい男を捕まえて結婚して移住します!」
そう言った彼女の明るく朗らかな笑顔にすこし拍子抜けした。なんて強い女性だろうか。この朗らかで明るく、憎めない姿こそが本来の彼女だった。きっと彼女は幸せになれる。彼女には感謝してもしきれない。
余談だけど、魔法基礎クラスは特別クラスと名を変えて、2年次、3年次もずっとみんなで一緒に学んだ。今後特別クラス出身者はどこにいても職には困らないだろう。王宮勤めを希望する者は恐らく皆夢をかなえることができるはずだ。皆の努力が認められた結果となり本当に嬉しい。
ジェイド第二王子殿下は……生涯幽閉が決まった。
事実を曖昧に隠したため、表立った処罰は出来ず、公式には病気のため療養ということになっている。処刑などとならなかったのは、恐らく彼の動機である私の心を慮ってテオドール様が尽力してくださったのもあるのではないかと思う。それに……私の魔力で全ての影響が取り払われた後、彼はまるで幼い子供のようになってしまった。心が、強く邪に落ちかけてしまっていた。そのため、それが取り払われる反動が大きかったのではないだろうか。
胸が苦しくないと言えば……嘘になる。
一時期は、私だけが幸せになっていいのか、このままテオドール様の隣にいる資格があるのか、眠れない夜を過ごす日々を送った。
けれど、そんな私を叱ってくれたのは……誰よりも辛い思いをしたはずのデイジーだった。
「どこの誰が、エリアナ様が不幸になるのを望んでいるんですか?あなたが幸せにならなければ、結局ジェイド殿下の思うつぼです!奪われて終わるのは悔しいと思いませんか?」
彼女には、本当に頭が上がらない。
そうして、全てを取り戻した私たちは――……。
「エリアナ……卒業おめでとう」
迎えに来てくださったテオドール様は真っ赤なバラの花束をくださった。
ふふふ、やっぱりこの方がくださる花束はいつも1色で揃えられているのだ。
「ありがとうございます、テオ様」
テオドール様はすぐにこちらに近づくと、私の額にキスを落とした。
「ドレスも似合っている……君は今日も本当に綺麗だ。このまま誰にも見せずに王宮に攫ってしまいたい」
「まあ、それは困ります」
クスクス笑って答えると、テオドール様は私の腰をぐいと引き寄せた。
鼻が触れそうな距離に顔が近づく。その瞳には甘い熱がこもっている。
「愛するエリー、今日まで長かった、卒業したらやっと君と結婚できる」
「はい……」
言いたいことはたくさんあるのに、胸が詰まって言葉にならない。
返事をするので、精いっぱい。
「私はもう、本当に君が居なければ生きていけない。……君とのことを忘れさせられている時だって、いつもエリアナのことで頭がいっぱいだった。何度出会いなおしてもきっと私は、エリアナを愛するのを止められないんだろうな」
涙が、込み上げてくる。もう、せっかくリッカに綺麗に化粧してもらったのに……。
思えば、いつだってテオドール様は私を気遣い、誰よりも私の味方でいてくれた。
こんなに温かい人が、愛する人が、愛してくれる幸せは、ものすごい奇跡なんだともう知っている。
「エリアナ、ずっと私の側にいて……君を愛しているよ」
「私も――……」
私も愛しています。
そう言葉を紡ごうとした唇を甘いキスにふさがれて、その先は言わせてもらえなかった。
すみません、あとエピローグで終わりの予定でしたが1話増えます……。
明日エピローグまで2話更新して完結予定です。
補足として…
ジェイドは人として大切なものが欠けた天才なので(いわゆるサイコパス。ソシオパスじゃないとこがポイントです。)、正気のままなら毒杯一択だったと思います。王宮や神殿の人間はほぼ全員が影響下にあったので、表立った処罰は無しです。ただ影響下での行動があまりにひどかった場合は恐らく地味に降格や異動、減給はあったと思います。両陛下も同じ立場なのであまり大事にはできません。メイン人物だけ書いてありますが他の関係者に全く何もなかったわけではありません。
リューファスの抱えていた葛藤やリューファス父の物語中の行動、入れきれなかった魔法基礎の面々を馬鹿にした生徒への意趣返しなども完結後に番外編として書きたいな~と思ってます^^




