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聖女の力

 

 ******



「テオドール様!!!!」



 ゆっくりと倒れこんでいくテオドール様の元へ駆け寄り、力を失った体を支える。


 彼の胸にはナイフが深く突き立てられていた。その顔色がどんどん悪くなっていく。手先が冷え、ヒューヒューと必死で呼吸する音だけが耳に届く。


 そんな、そんな……!


 急いでナイフの柄に手をかざし魔力を注ごうとするが、手が震えてしまう。

 まずは、ナイフに纏わりつくこの禍々しい魔力を取り払わなければ……!

 このままこれを抜いても、恐らく治癒は効かない、そんな確信があった。


 ジェイド殿下は生気を失くした様子でずっとブツブツと何かを呟き続けている。

 ナイフに全ての魔力を込めたのか、辺りを制していた威圧が消え、動けるようになったカイゼルが殿下を抑え込んでいた。



 苦しそうに肩で息をするテオドール様が、薄く目を開ける。


「テオドール様っ」


「エ、リアナ……どうして君を……わすれ、られたん……だろうな」


 ああ、テオドール様も全てを思い出したんだ。胸が詰まって、涙がせりあがってくる。堪えきれずその雫が零れていった。テオドール様の血の気を失った顔を私の涙が濡らす。


 ナイフに纏わりついた呪いのような禍々しい魔力は剥がれない。

 もうすでに魔力を使いすぎていて、足りない、これでは助けられない……!


 魔力を流し続ける私をまるで止めるように、テオドール様が私の頬に手を添える。

 その手は冷え切っていて、まるで力を感じない。


 それなのに私を見つめる金の瞳は信じられないほど力強く煌めいた。


「エリアナ……エリー、わた、しの、心は、いつも……君と、い、っしょに」


 そう言った後、テオドール様の冷たい手が私から離れポトリとその場に落ちた。

 ――そんな。


 テオドール様につられるかのように、全身から血の気が引いていく。



 ――そんな。そんな!


『こんなこと、絶対に許さない!!!』



 頭が真っ白で、それなのにとめどなく思考が溢れていく。

 私はなんのために同じ時をやり直したの?これでは私の大切なものは結局奪われたまま。1度目は何もできずに奪われた。だけど、やり直すからには好きにはさせない。私はそう誓ったはず。それなのに結局散々好きにされてしまった。最初から後手に回ってばかり。ずっと操られ、目の前で今1番大切なものをまた奪われようとしている。


 ――いいえ、今度こそ理不尽な力に打ち勝ち、奪われたものを取り戻すのよ!


 私の……命に代えても。



 アネロ様!どうか、私の命を彼に!!



「テオドール様……何があっても、あなたを愛しています」

 私は全ての魔力を解放して、彼の唇にキスをした。









「――な、なんだ!?」


 次の瞬間、辺りは目も開けていられないほどの眩しい光に包まれた。

 カイゼルには見えていた。眩しい世界の中に紛れていたけれど、それでも降り注ぐように一際強く輝く光の筋があちこちに落ちていくのを。

 カイゼルが抑え込んでいたジェイドにもその筋は真っ直ぐに1つ、吸い込まれるように降り注いだ。

 1度目に、巻き戻る瞬間に感じた光より、何倍も何十倍も眩い光だった。




 メイは目を開けてはいられなかったけれど、それでも感じていた。

 この温かい魔力には覚えがあった。

 初めて会った時から、優しい人。いつだってその力は温かかった。


「エリアナ様の、魔力……」


 隣にいるサマンサは、手探りでメイの手を握った。


「温かい……」


 さっきまで広がっていた、たくさんの恐ろしい出来事を忘れていくような感覚だった。

 こうしてメイと手を繋いで温かいエリアナの魔力に包み込まれていると、3人で眠った夜を思い出す。2人の手首のラピスラズリが揺れた。




 中庭の魔法基礎の生徒達も、気付けば思い思いに周りの仲間たちの手や腕に触れていた。

 奇跡を見ている。そう思った。

 温かく、幸せで、全ての恐怖の終わりを感じていた。


「俺は、ラッキーだ」


 キースがそう呟いた。

 全員がそう思っていたけれど、返事をする余裕はなかった。

 眩しく美しい世界に夢中になっていた。





 実はこっそりと中庭に残っていたソフィアは思わず涙を零した。

 その場に残る他の生徒達にも光の筋は吸い込まれていく。

 一際強い光を浴びているのが、リューファスとエドウィン、そしていつだって恋焦がれたジェイドだった。


「世界が、正常に戻っていく」




 衛兵に囲まれて連行されていく途中だったデイジーにも光は降り注いだ。

 デイジーはずっとこれに似た魔力に包まれていた。作られた聖女の力。

 けれど、呆然と噛みしめた。

 本物の聖女の魔力は、なんて幸せで優しいのだろうか。


「助けてくれて、ありがとうございます……エリアナ様」


 彼女もまた、流れる涙を止められなかった。




 光は、王都中に降り注いでいた。

 さすがに学園のように目も開けられないほど辺り一帯が白く光に包まれることはなかったけれど、まるで昼間の流星群のようだった。


「きれえ……」


 神殿の孤児院に留まっていたマルコはそれ以外何も言えなかった。

 ひょっとしてここは天国なのかもしれない。そんな風に思ったりもした。




 王宮の中にいても、光ははっきりと見えた。まるで建物の存在がなかったことになっているようだった。あちこちに光は落ち、王宮そのものが包まれるように眩しく、温かかった。


「何が起こっているんだ……?」


「分からない……ただ、きっともう大丈夫だ。何もかも」


 茫然と呟くリンスタード侯爵に、ランスロットは静かにそう答えた。








「エリアナ、エリアナ……愛してる」



 光の中心で、小さくそんな声がしていた。

 その場で聞き取れた者は何人いただろうか。





 光が消えてなくなるまで、随分長い時間がかかった。

 やがて世界を包んだ奇跡が落ち着いたとき。

 そこにはエリアナとテオドール、涙を流して抱きしめ合う2人の姿があった。







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