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全てを理解して

 

 私はもう、全てを理解していた。


 ――聖女の力を使ったのは、ジェイド殿下だった。

 デイジーは殿下に利用されただけ。聖女の力はその名の通り、女性にしか使えない。

 恐らくデイジーは……ジェイド殿下が力を使う「媒体」にされたんだ。


 そこから何があったのかは分からない。

 ただ、予想することは出来る。


 デイジーは、ただではやられなかった。

 自らの体を依り代のように与えられた聖女の力と、ジェイド殿下の望みに抗ったのだ。

 その結果が、小説をなぞったような、あの不可解な断罪……。


 あれは、自由を失ったデイジーに出来る、最大限の私へのSOSだった!



 まさか都合よく操ろうとした人物によって、さらに自らが操られてしまうことになるなんて、ジェイド殿下にとっては大きな誤算だったはず。


 デイジーの抵抗は、ジェイド殿下の作り上げた偽物の現実を包み込むように別の歪んだ事実を上書きした。

 あの恋愛小説を模したような現実になったのは、偶然だったのかもしれない。


 そして、今、デイジーの力の影響どころか、ジェイド殿下の望みごと全ての力を私が消し去ってしまったこともまた、殿下にとっては許せない状況だろう。


 殿下は小さな子供を諭すように、眉を下げて困ったように笑った。



「愛するエリー……全て、思い出してしまったんだね」


「私をその名で呼ばないで」


 ジェイド殿下は傷ついたように顔を歪めた。

 どうして?どうしてあなたにそんな顔ができるの?


 始めから全てが間違っていた。

 私の婚約者は、愛する人は、ジェイド殿下ではなかった!



『愛していると言ったくせに、どうして忘れられるの!』

 そうだ。記憶の奥底に沈められた、全てを覚えている自分はずっと叫んでいた。


 作られた聖女の力で記憶を()()()()()()()()()()()とはいえ、どうして忘れてしまえたのか。


 私の本当の婚約者。私の愛する唯一の人。

 子供ながらに美しいと感じた、あの輝く金色の、瞳。



 テオドール様!!




「なぜ……なぜ兄上でなくてはダメなんだ」


 そう呟いたジェイド殿下の瞳には光が灯っていなかった。


 その場に残った私とジェイド殿下以外は、凍り付いてしまったかのように硬直して動けない。恐らく皆はまだ、聖女の力の影響の残りと本当の現実の境が分からず混乱しているのだろう。


 そして……消え去ったはずの大魔女の魔力の残滓をジェイド殿下から感じる。

 いや、これは、間違いなくジェイド殿下の魔力。ジェイド殿下が……邪に、落ちかけているのだ。


 動けない皆は、その魔力にあてられて体の自由を奪われているのかもしれない。



 度々抱いた違和感と胸騒ぎ。

 あれは記憶を入れ替えられたことに対する拒否反応のようなものだったんだ。

 テオドール様との思い出を、愛情を、ジェイド殿下とのものだと思い込まされていた――……。


 そして、不自然な程記憶がない部分があったこと。

 恐らく、単純に思い出の入れ替えが出来ない部分は記憶を抜き取るかの様になかったことにされていたのではないだろうか。


 例えば……あの、王宮での1人足りなかった夢。


 全てを理解したからか、次々と記憶がよみがえり始めている。


 あの時、一緒に遊んでいた子達の中にはテオドール様もジェイド殿下もいたのだ。

 思い出の中のテオドール様がジェイド殿下に置き換わることによって、本来の思い出の中のジェイド殿下が()()()()()()()()()()()


 なんて愚かで、悲しいことだろうか。


 そうして、この人は聖女の力で私からテオドール様を奪ったのだ。

 色々な人を犠牲にすることも厭わずに。

 こんなこと……許せるわけがない。


 大魔女と対峙した時とも、デイジーの力を取り払った時とも比べ物にならないほど強く、私の中の青い炎は狂ったように暴れていた。あの時はどちらも、大魔女やデイジーも救われればいいと願っていた。今は、ひたすら怒りで……燃え上がる。


「どうして……どうしてこうなったんだ、上手くいっていた、エリアナは僕の物になるはずだった、どこから間違っていた?……そうだ、デイジー・ナエラス、あの女のせいで失敗した、せっかく()()に選んでやったのに……なんで、なんで、なんでエリアナは僕の物にならないの?あの女が大人しく悪しき魔に喰われていればよかったんだ……そうすればまだなんとかなった、きっと上手くいった、全部手に入った、エリアナは手に入った、」


 表情を失くし能面のようになったジェイド殿下は微動だにしないまま、まるで、壊れた人形のようにずっとブツブツと何かを呟き続けている。


 私も馬鹿ではない。もう分かっていた。ジェイド殿下は、私を手に入れたくて、そのためだけに作られた聖女の力を使ったのだ。どこまで知っていてその選択ができたの?ジェイド殿下はデイジーを「生贄」と言った。


 少なくとも知っていた。大魔女が、聖女の力を使った者を喰らいに来ることまで。


 恐ろしい事実に行き当たった。

 大魔女と対峙した時、2人はお互いを庇いあっていたのではない。ジェイド殿下は、デイジーを庇ったのではない。デイジーの力の影響で上手くいかずにそう見えただけだ。大魔女は最初からジェイド殿下を狙っていた。あの瞬間、ジェイド殿下はデイジーを、自分の代わりに差し出そうとしていた……。


 悍ましさに、涙が込み上げてくる。



「ジェイド殿下……私はあなたを軽蔑します」



 それまで全く動かなかった殿下は、びくりと肩を揺らした。

 その目がみるみるうちに信じられないほど血走っていく。


「どうしてそんなこと言うの?僕はエリアナが欲しかっただけなのに……エリアナに嫌われたら生きていけない、生きていけない、生きていけない……ああ、そうか、分かった」


 殿下は泣きそうな顔で子供が駄々をこねるかのように言葉を連ねたかと思うと、突然血走った目のままにっこりと笑った。


「僕の物にならないなら、いっそエリアナを殺しちゃえばいいんだ!……そうすれば誰の物にもならない」


 そんな恐ろしい言葉を無邪気に言い放ったかと思うと、殿下は目にもとまらぬ速さで私に向けて強大な風魔法を放ってきた!


 周りからは引きつった悲鳴が聞こえるが、誰もその場から動けない。

 私は咄嗟に自分の魔法を放ち、殿下の魔法を弾き飛ばす。


 しかし、魔法を弾いた瞬間、ひらけた視界に飛び込んできたのはどこからか取り出した鋭利なナイフを握る殿下の姿。――本能で悟る。あのナイフは普通ではない。大魔女から感じたものと同じ、禍々しい魔力を帯びている。呪いがかけられている?とにかくあれに貫かれたらきっと……助からない。


 魔法を弾いたままの体勢で反応が遅れてしまった。デイジーの力を払った疲労で、体に力も入らない。ああ、あのナイフを躱すには、間に合わない――……。




「エリアナ!!!!!」



 そう思った瞬間、聞こえてきた声と共に目の前に広がったのは信じられない光景だった。


 艶やかな黒髪が美しい、いつまでも恋焦がれた後ろ姿。

 金色の瞳は、今は見えない。


 テオドール様が、私を庇うように、ジェイド殿下を受け止めていた。



「そんな、兄上、どうして、また邪魔をする」


 うわ言の様に呟き続けながら、ふらふらと後ずさっていくジェイド殿下。

 その手に、ナイフが、ない。


 テオドール様の体がその場に倒れこんでいくのがスローモーションのようにゆっくりと感じられた。




「――テオドール様!!!!」



 ナイフはテオドール様の胸に、深く深く沈みこんでいた。





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