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心の内【テオドール視点】

 

 エリアナ嬢を初めて見たのはいつだっただろうか。


 もう覚えていない初対面。どんなに考えても不思議と全く思い出せない。

 それでも蜂蜜色の髪がキラキラと日の光を浴びて、なんだか甘そうで、美味しそうだなと馬鹿みたいなことを思ったことだけはなぜだか鮮明に思い出せる。



 よく覚えているのは、彼女が学園に入学してすぐ、母上の管理するバラ園でのこと。

 後ろから凛として、それでいて甘やかな声が聞こえてきた。


「テオドール第一王子殿下……?」


 振り向いて目が合う。よく分からない不思議な感覚だった。

 あの時私は、まるで麻薬みたいな声だなと、また馬鹿みたいなことを思っていた。






 リタフールの神殿から王宮へ戻った日、私は頭を抱えた。


「なんだ、この書類の山は……」


 数日執務を放って出ていたとはいえ、ありえない数。

 ジェイドが、自分の役目も放棄してデイジー・ナエラスに全ての時間を捧げた結果だった。

 力の影響とやらがあるのだろう。同情もする。どうにか助けてやりたいと心から思っているが、今だけはため息を止める方法が分からない。




 書類を捌く傍ら、ふと目をやった窓の外に、まさにエリアナ嬢と顔を合わせたバラ園が見える。


 彼女は元気だろうか。無理をしていないだろうか。

 ランスロットから、封印地の捜索については毎日進捗を聞いている。

 思っていた以上に結果は芳しくない。そろそろ目ぼしい場所は調べ尽くし、あとは虱潰しに足を使って探していくしかない。


 彼女は聖女としての自覚を持ち始めてから、殊更自分を追い詰めがちになったように思う。本人にその自覚があるかどうかは分からない。決して頼ってくれないわけではない。側にはランスロットもいるし、信頼のおける友人もついてくれている。


 それでも、心配でたまらない。

 こうして執務に追われ、共に動けないのがもどかしかった。


 今、私の視界には美しいバラ園。

 見下ろしたその先に、ジェイドとナエラス嬢がいた。



 認めよう。

 仕方ない、と、思えなくなっている自分が確かにいる。

 沸々と、言いようのない感情が湧き上がる。


 それをなんとか見ないふりをしてやり過ごすのだ。








「テオドール、手が止まっている。とにかく今は働け」


「ランスロット……」


 思わず嘆息する。

 相変わらず不敬な態度だなと思う。まるで自国の王子に対するものではない。

 ただ、だからこそ気の置けない友人でいられているのも確かだった。


 仕方ないので大人しく書類に向き直る。


 今日は学園で入学式準備が行われている日だ。

 ただし、エリアナ嬢やその友人には引き続き封印地の捜索に当たってもらっていた。

 確かに、今はしっかり働き、とっととこの書類の山を片付けて私も捜索に加わらねば。

 もう時間がない。本能的にそう感じていた。

 エリアナ嬢が目に見えて焦っているのもその理由の1つだろう。

 彼女はきっと無意識にタイムリミットを感じている。


「なあ、もしも……もしもジェイドがただ操られてああなっているだけじゃなかったらどうする?」


 さっきまで私が眺めていた窓の外を見ながら、ランスロットがそんなことを問いかけてくる。


「どういう意味で聞いている?」


「別に。ただ、全て解決した時に、はい元通り、なんてできるのかなと思ってさ」


 ランスロットは窓の向こうのジェイドから視線を外し、こちらに向き直る。


「ジェイドのあの態度や言葉は、操られているからというだけだと思うか?私は……それを加味したとしてもジェイドがよく分からなくなる時がある」


 ランスロットは、あの言動が操られた結果であり本心ではなくても、そこにあいつの本質があるのではないかと心配しているのだ。


 私達の卒業パーティーを思い出す。

 あの時の、ジェイドの光の灯らない暗い瞳。



「滅多なことを言うな。あれで私のかわいい弟だ。それに……」


 ――もしも。もしもってなんだろうな?

 そんな馬鹿なことを考えて、つい乾いた笑いが零れる。



「それに、あいつにはエリアナ嬢がついている。今はあんな風になってしまっているが、彼女が側にいればきっと心配はいらないよ。お前が1番よく分かっているだろう?」


 ランスロットは、まあそうだなと納得したように頷いて、それきりジェイドの話は終わった。







 急に外が騒がしくなったのは、それから少し経ってからだった。


「なんだ?ちょっと様子を見てくる」


 ランスロットはそう言い、何が起こったのか調べるために執務室を出ていく。

 だが、答えを待つまでもなく、ドアを開けた先で慌ただしく走り去る騎士や大臣達の声が響いていた。



「――おい!どうなっている!」

「急げ!早くしろ!」

「魔物が大量に押し寄せている!」

「第2番隊はどこだ!?」

「第1番隊は――」

「すぐに向かえ!」


「全ての魔物は学園に向かっているものと思われる!その中に莫大な魔力を持った存在を感知!――おそらく、悪しき魔だ!!!」



 私は弾かれたようにその場から駆け出した。

 後ろで、騎士たちの声が響き続けていた。




「学園には生徒達が集まっているぞ!」

「騎士団の到着はいつになる!?」

「それが、最近の魔物の大量発生で出払っていて……」

「それまで持ち堪えられるのか――」

「神殿にも連絡を――」

「どうして」

「悪しき魔が――」





今日は日曜日。夜も更新します。

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