リタフールの神殿2
あるはずの原稿がないことに、ドロシーは顔を真っ青にしてうろたえた。
「落ち着いてください。いつからないのか見当は付きますか?」
「いえ……ここの物には基本的に私は触らないようにしていましたから……本当にすみません」
ドロシーは泣きそうになりながら答えた。
原稿がない……出版社に匿名で原稿を送ったという誰かがここを訪れ、持ち出したのだろうか?
「ここには誰も来ないはずなのに、どうして、どうして……――あっ!」
頭を抱えて唸っていたドロシーは、何かを思い出したように突然顔を上げた。
「そういえば……数年前、神官様を訪ねてきた方がいて……もしかすると神官様はその方をここに連れてきたかもしれません。随分前のことで、関係あるかどうかわかりませんが」
「それが誰だかわかるか?」
テオドール殿下が慌てて詰め寄る。
「私、当時はまだ神官様の元に来たばかりで……ごめんなさい、でも、貴族のご夫婦のようでした。立派な馬車に乗って、綺麗な服を着て、奥様の方が神官様とお知り合いのようでした。私はまだ幼くて、紹介していただいていないので名前は分かりませんが、確か『コリー』とか『リリー』とか、神官様にそんな風に呼ばれていたと思います」
リリー!
私の中で細い糸がつながった。ドロシーは半信半疑のようだが、恐らく原稿を持ち出したのはそのリリーと言う女性だ。きっと、出版社に持ち込んだのも。
テオドール殿下も同じように感じたらしい。目が合い、こちらに向けて頷いた。
「奥様の方を見かけたのはそれきりです。でも、旦那様の方はそれからも何度かリタフールに来ていると思います。ここではなく、新しい神殿の方にですけど」
「ドロシー、ありがとう。とても大事な情報だわ……」
その後は全員で部屋中の文献や本を検めた。
聖女の力の話、アネロ様の伝説のように、王都の大神殿の神殿書庫にもあるような文献もあった。
私が手に取った文献には、悪しき魔と聖女について書かれていた。
それによると、聖女は悪しき魔が世界を脅かす時に現れるとされるだけあって、その力を感じ取れるらしい。聖女の力をその身に宿した者は実はいつの時代にも1人は存在している。しかしその資質や能力の強さは個人により差があり、覚醒のタイミングも一律ではない。作られた聖女の時代は本来聖女の力を宿した者自体の力があまり強くなく、体が対応できずに覚醒に至らなかったのかもしれない。
ミシェル様との話でもあったように、悪しき魔は元人間であり、始めから人々を脅かすほどの力を持つわけではない。大抵が力の成長の前に自然に淘汰されるか自滅するのだ。
そのため、生まれたての悪しき魔を感知することはさすがの聖女の力でも出来ない。
ほとんどの場合で聖女は悪しき魔の力が成長してしまい、脅かす存在となった時にそれを本能的に感知し、その影響で感情が大きく揺さぶられ力を覚醒するのだ。
私のように、実際に自分の身に起こった出来事をきっかけに力を覚醒するのは恐らく稀なのではないだろうか。
「エリアナ嬢、これを見てくれ」
テオドール殿下がその中の1つを手に取り私を呼ぶ。
「これは……日記ですか?」
いつかの、作られた聖女の日記を思い出しながらぱらぱらとページをめくる。
「これは……」
「おそらくこれは例の『リリー』という女性のものだろうな」
ミシェル様は、リリーとはお互い正体を隠し、偽名で交流していたと言っていた。この日記はリリーとして書かれている。
これを読めば、その正体が分かるだろうか?
「かなりの量だ。すぐに全てを読むのは難しい。持ち帰り、私が読んでみる」
その他にも、いくつか文献や本を持ち出すことにした。
ドロシーは反対しなかった。
「神官様も、きっとそれをお望みになると思います」
私達はそれらを持ち、急ぎ王都へ戻ることにした。
******
「もう、あの優しい神官様には会えないのですね……」
メイは馬車の中で涙を流し、そのまま隣に座るサマンサ様にもたれかかるように泣き疲れて眠った。寄り添うようにサマンサ様も眠っている。彼女も疲れたのだろう。
2人を見ながらリタフールのあの若い神官様に聞いた話を思い返す。おそらく、ギレス神官はもう長くはないだろう。一刻も早くデイジーとのことに決着をつけ、ギレス神官が存命の内に会いに行けたら……そんな風に思う。
「カイゼル、エリアナ嬢、これを見てくれ」
公務で随分忙しく、ろくに眠れてなかったらしいお兄様もメイ達に続いて眠ってしまった頃、テオドール殿下が1枚の紙を広げた。
「これは……?」
地図のようだ。王宮を中心に、学園や授業で魔物討伐を行う森やその他の拠点などが確認できる。その中で、いくつか印をつけられているポイントがあった。
「これ自体に説明などは何も書かれていないから予想でしかないが……これは、ギレス神官が大魔女の封印地を予測しようとしていたのではないかと思う」
殿下によると、この地図の近くに置かれていた文献や紙などは、全て大魔女について記されていたものだったらしい。
「至宝が力を失っているのが確認できた今、あまり時間がない。王都に戻り次第、まずはこの地図を手掛かりに手分けして封印地の特定を急ごう」
私達は顔を見合わせて頷きあった。
戻り次第、私はメイ、サマンサ様と。カイゼルはお兄様かテオドール殿下と交代で組み封印地を探すことに決まった。
何が起こるか分からない。不測の事態に備えて、封印地探しは1人では決して行わないと約束する。
古神殿で手にした文献通りに私の聖女の力が悪しき魔を感知するのならば、大魔女の封印はまだ解かれてはいないと思っていいだろう。ただそれも時間の問題のはず。急いで封印地を見つけ、できれば封印が解かれる前に対処したい。封印された状態であれば、それこそ感知できない程力が弱いわけで、今の私の力でも十分対抗できるはずだ。
理想は封印ごと無理にでもその存在を消滅させてしまうこと。
解かれてしまった後では……それができるか分からない。




