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リタフールの神殿1

 

 翌朝、メイのご両親の作った朝食をいただき、お礼に家の隣の畑の朝の収穫を3人で手伝った後、村の人たちに挨拶をして馬車に乗った。


 ユウナの姿は見なかったけれど、ルッツは他の村人より少し離れた場所からじっとメイを見ていた。けれど彼女は気づかなかったようでそのまま。

 恐らく彼はメイのことが好きだったんじゃないかなと思う。



 メイに聞いていた通り馬車に乗り数十分、道が舗装され、見える景色が変わって来たなと思っているうちにあっという間にリタフールに入った。



 そのまま完全に街中に入る前に、あらかじめ決めていた合流ポイントに到着する。そこにはすでにお兄様たちが乗っていた馬車の姿があった。

 お兄様たちは私達とは別日程でタダナでの公務をこなし、そこからリタフールへ入ったのだ。



「殿下、兄さま、カイゼルも。ごきげんよう。ご公務お疲れ様です」


「ああ、ありがとう。君たちはいい休暇を過ごせたかい?」


 殿下達はわざわざ馬車から降り、私達を迎えてくれた。


「ええ、おかげさまで。皆様が公務でお忙しくされているのを思うと、少し申し訳ない思いでしたが」


「エリアナはいつも頑張りすぎなんだからたまには全て忘れて休むのも仕事だよ!なあ、テオドール?」


 お兄様や殿下とそんな会話をしながら、私たちは殿下達が乗っていた馬車に乗り換える。

 そこからは、公務の話を聞いたり、クルサナ村での話をしたりしながらリタフールの神殿へ向かった。







 リタフールの神殿はとても小さく、手入れは行き届いている。ただ、古神殿と言うには新しく感じる佇まいだった。メイがにこにこと神殿を見上げる。


「懐かしいです。村にいた頃は毎月両親と一緒にお祈りに来てました」



 しかし、神殿の中に私達が会いたいと思っていた人物はいなかった。






「え……?それは本当ですか?」


「はい、あの方も随分ご高齢でしたから……」


 神殿に1人だけの年若い神官様が不安そうにこちらの顔色を窺う。

 ミシェル様に神殿の教えを授け、メイとも顔見知りだったリタフールの神官様。

 ギレス様というその方はご高齢のため体調を崩し、つい2週間ほど前に故郷の親戚を頼りこの地を去っていったばかりだと聞かされた。ここにいた最後の数日のうちに一気に容態は悪化し、親しかった人の顔や名前も分からなくなっていたらしい。

 この年若い神官様は、急遽入れ替わりでこの神殿に赴任したのだ。


「まいったな……」


 殿下が考え込むように口ごもる。

 神殿を訪問すること自体は手紙も先触れも出し伝えていた。しかしまさか直前にギレス神官が引退することになるとは思わず、訪問の目的や彼の方に話を聞きたいと言うことは伏せていたのだ。


 デイジーの力の影響がどこまで広がっているか分からず、念のためということでの行動だったが裏目に出てしまった。



「――あの!」


 突然の大声に振り向くと、神殿の入り口に1人の少女が立っていた。


「彼女は?」


「あ……彼女はあの神官様の身の回りのお世話をさせていただいていた者です。不躾に申し訳ありません、後で彼女には言い聞かせますから、ご無礼をお許しください」


 神官様が慌てて腰を折る。


「いや、気にするな」


「え、あ、あの!」


 青い顔をした神官様の制止も気にせず、殿下は声を上げた少女に近づいていった。


「私たちに、何か言いたいことがあるんだね?」


 そう問いかけられた少女は、殿下の目を真っ直ぐに見つめ、強く頷いた。




 ******



「こちらです」


「ここが……」


 私達はギレス神官のお世話をしていた少女、ドロシーの案内で、リタフールの神殿からまた少し離れた場所へ来ていた。


 そこは、街の外れ、森へ少し入ったところにあった。

 ……今の神殿が建てられる前に神殿だった場所。どうりで古神殿というには建物が新しいと思った。神殿は移設されていたのだ。


 すでに使われなくなってかなり長い年月の経った、神殿だった場所に足を踏み入れる。

 中は外観の割に綺麗に整い、森の新鮮な空気も相まってとても神秘的に感じられた。


「神官様は、私に言いました。自分を訪ねてくる人が居れば……その人の魔力が『教えた通り』なら、ここに案内するようにって」


 ドロシーは、私を見つめながらそう言った。


 そうか、この少女もミシェル様のようにギレス神官に教えを授けていただいたんだわ……。


 恐らく過去に起こった過ちの全てを知っていたギレス神官は、こんな時が来ることを予感し、恐れていたのだろう。だから、ミシェル様やドロシーのように、正しき心と資質を持つ者に未来の希望を授けていたんだ。もしも、自分がいなくなった後に問題が起こっても、きっと対処し、解決できるように。


『教えた通り』に、聖女の力をなんとなくでも予感できるような資質を持った彼女たちに道標を託したのだ。



 通された部屋にはいくつかの文献や本が置かれていた。

 私達はそれぞれ思い思いにそれらを手に取り開いてみる。


 私が手にしたのは絵本だった。

 聖女の力についての物語のようだ。


 描かれているのは悪しき魔との闘いだろうか?


 最後の方のページには、化け物のような絵で描かれた悪しき魔の心臓を、聖女の力が打ち抜く描写があった。


「あの、皆様はどうやってここのことをお知りになったんですか?」


 そう言いながら、ドロシーが私の隣に並ぶ。


「今はスヴァン王国にいらっしゃる、ミシェル様と言う方に聞いたんです。あなたと同じように神官様に色々な教えを授けていただいた方よ」


「ミシェル様……その方のお話は神官様に聞いたことがあります」


 隣国のミシェル様には、ギレス神官の今の状況は伝わっていないだろう。王都に戻り次第すぐに手紙でお知らせしなければ。


「私、まだ神官様に色々なことを教えていただいている途中だったんです……多分、そのミシェル様以上のことは何も分からないと思います。お役に立てずすみません」


 ドロシーは辛そうに顔を歪めて頭を下げた。

 その肩に慌てて手を添える。


「顔を上げてください。ここに案内してくださっただけで充分ですから。本当にありがとう」


「はい、……はい」


 顔を上げたドロシーの目は、涙で潤んでいた。

 神官様もいなくなり、教えも途中。ミシェル様のように真実を伝えるに値すると選ばれた子ならばきっと聡明で、詳しくは知らずとも何か異常が起こっていることは察していたのではないだろうか。だからこそすぐに私達を迎えてくれたのだ。


 きっと、心細かっただろう。


「あの!これ、あの恋愛小説です!」


 私の側で1冊の本を手にしていたサマンサ様が驚いたように声を上げた。

 その本が置かれていた場所には同じ物がもう1冊あった。急いでそれを手に取る。


「本当だわ……」


 しかし、表紙が違う。思いついて本の最後のページをめくった。


 ……やっぱり。

「売られているものと、結末が違うわ」


「見せてくれ」


 私の呟きを拾ったテオドール殿下が覗き込む。結末は、今王都の本屋で並んでいる物とは違う。ミシェル夫人に聞いていたように、あの小説にはこうして続きがあったのだ。


「その本はミシェル様が1冊はご自分用に、1冊は神殿書庫に置く用にと作られたものだと聞いています。神殿に止められて廃棄されそうになり、元となった原稿と共に神官様に預けられたのだそうです」


 小説を手に難しい顔をする私達に、ドロシーが説明してくれる。

 テオドール殿下はすぐに彼女に言った。


「その原稿を見せてもらえるか?」


「はい。確かこの辺にあると聞いています……」


 ドロシーは本が置かれていた机の側の棚に手を伸ばし、並べられた文献や本、書類のような束の中を選り分けていく。


 しかし。



「あれ……ない!原稿がありません!なくなっています!」




 そこにあったはずの原稿は、姿を消していた。




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