メイの故郷
王都から、馬車で2日。
「――エリアナ様、サマンサ様……ようこそ、クルサナ村へ!!」
少し前から馬車の外をじっと眺めていたメイが、不意に両手を広げて振り向き、満面の笑顔で私達を歓迎した。
ここはタダナ地方クルサナ村。私達の大好きな友人、メイの故郷だ。
この2日間、馬車の旅はこんなに楽しいものだったかしらと思うほど、心から楽しかった。
公務の関係もあり、馬車の旅は何度も経験していたけれど、それはやはり少し窮屈でどうしても疲れてしまうものだったのに。他愛のない話が尽きず、あっという間に時間が経っていた。
友達とは偉大だ。小さな頃から家同士の繋がりなどで交流する令嬢方はいれども、こうして心を許せる対等な友人など恥ずかしながらいたことがなかった私。
1度目から巻き戻り、やり直す中で1番感謝しているのがこの、2人の大事な人と親しくなれたことだった。
「本当に、田舎の何もない村で今更なんだか申し訳ないくらいの気持ちなんですけど……」
そう言って気まずそうに苦笑するメイ。
確かにここはタダナ地方の中でも特に田舎なのだろう。
広い土地に1番多く広がっているのは畑で、そんな中にところどころ牛やヤギがいるのが見える。静かで穏やか、空気が綺麗で、どこか見えないところで子供が笑っている声が響いている。
少し前から舗装された道は見られなくなり、馬車も通らず、時折通る大きな荷物を載せた荷車を引いているのも牛のようだ。
私達の乗る馬車も、途中から御者がゆっくりと馬を歩かせていた。
「確かに田舎かもしれないけれど、穏やかで空気が綺麗でとてもいいところだわ。ねえ、サマンサ様?」
「はい!最近はピリピリすることも多かったですし、とても癒される思いですわ」
その言葉通り、サマンサ様はとてもリラックスした様子でにこにこ微笑んでいる。もちろん、私も同じ思いだ。
「そう言っていただけると、とても嬉しいです。おもてなしもできない程何もないですけど、村の人たちもみんな優しくて……いい場所なんです!」
照れたようにそう言ったメイは、なぜか一瞬だけ顔を顰めて言葉に詰まった。
どうかしたのだろうか?
そう思った瞬間、馬車が停車した。私たちは扉を開いた御者の手を借り、馬車から降りる。
「では!改めて、ようこそクルサナ村へ!お2人を両親や村の皆に紹介させていただいてもいいですか?私の……大好きなお友達だって」
メイの両親は、とても優しく穏やかな人達だった。
侯爵令嬢の私と、伯爵令嬢のサマンサ様を友人として紹介されたことに最初は驚き恐縮していたものの、私たちの様子を見て本当に仲の良い間柄なのだと知り嬉しそうにしていた。
「娘は世間知らずでご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
メイが少し席を外した隙にそう頭を下げるご両親に、温かい気持ちになる。
こうした環境で、優しいメイは育ったのだ。
「ご迷惑をおかけしているのはこちらの方です、メイさんにはいつもその優しさと強さで助けてもらっています」
その言葉にメイのお母さまは少し目を潤ませていた。
「あらメイちゃん!お帰り!いつの間に帰ってたんだい?」
「おお!べっぴんさんの友達を連れてんなあ!何もないところですがどうぞごゆっくり!」
「王都で頑張ってるの?都会で大変な思いをしていないかい?」
「これ持っていきな!みんなで食べてちょうだい!」
村を歩くとすぐに、誰もが笑顔でメイに声を掛ける。
「ありがとうみんな!」
そして皆例にもれず、紹介された彼女の友達である私達の正体に驚き、それでも態度を変えることなく、メイにするのと同じように優しく笑顔で接してくれた。
私もサマンサ様も、すぐにそんな村の人達のことを大好きになった。
しかし、どこにでもなにやら拗らせた人間はいるものだ。
「あら、生活魔法も使えない村のごくつぶしが王都でいじめられて尻尾巻いて帰ってきたの?」
突然投げつけられた棘のある言葉に思わず振り向くと、他の村人より少しだけ綺麗な格好をした少女がこちらを睨みつけるように立っていた。その視線の先にいるメイが体を強張らせたのがすぐに分かった。
「ユウナちゃん……」
「せっかくあんたがいなくなってせいせいしていたのに!まあそうよね、あんたみたいなのが王都なんて都会に行って上手くやれるはずがなかったのよ!」
「ユウナちゃん、お客様の前だから……」
ここまでずっと温かな歓迎ばかりだったから、ここにきての急な強い感情にびっくりしてしまう。彼女はどうも、メイを目の敵にしているようだ。
「ふん!お貴族様を連れてきたからって偉そうにしないでちょうだい!」
「ユウナちゃん!」
助け舟を出しても良いか、無暗に口を出さない方が良いか、サマンサ様と目を見合わせて考えていると、また別の声が聞こえてきた。
「――ユウナ」
「!!……ルッツ」
ユウナさんとやらがくしゃりと顔を歪めて見つめる先には、厳しい表情をした少年が立っている。若く見えるが、どちらもメイや私達と同じ年頃だろうか。
「ユウナ、余計なことを言ってないでもう行け。お客様の前で失礼なことばかり言うな」
「な、なによ!言われなくてもメイなんかに構っている時間はないからもう行くわよ!」
ユウナさんは吐き捨てると、泣きそうな顔で走り去っていく。
なんだか怒涛の展開ね……。そう思っていると、ルッツと呼ばれた少年がこっちへ向き直り、おもむろに口を開いた。
「……メイ、やっと戻ってきたのか?わかったろ?お前は俺が居なきゃ何もできないんだから。王都に行ったって1人で何ができるんだよ。今だってまたユウナに言われっぱなしでさ。生活魔法も使えない、足手まといのお前はこの村にずっといればいいんだ」
なるほど。と、ただそう思った。




