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王家の至宝2

 

「!!本当か?」


 テオドール殿下が驚きの声を上げる。

 それでも私はエメラルドのネックレスから目を逸らすことが出来ずにいた。

 抗えない魅力に取り憑かれたような気持ちだ。


「恐らく、これで間違いないと思います。ただ……今はこのネックレスから、特別な力は何も感じられません」


 そう、力自体は何も感じられない。

 それでもこれ以外には考えられなかった。

 ゆらゆら、ゆらゆら。私の中の青い炎が静かに揺らめいている気がする。




「カイゼル、どう思う?」


 殿下がカイゼルにも意見を問うと、彼は顎に手をやり、少し難しい顔をしていた。


「これは……殿下が直接デイジー・ナエラスに贈ったのかどうか判断が付きません。彼女は殿下にもらったものはいつも嬉しそうに僕らに自慢していた。何度も何度も見せられていたので、どれが殿下の贈り物かは覚えているつもりです。でも、このネックレスはその中にはない。これ以外にも数点、確かに彼女が身に着けていたけど、殿下の贈り物かは分からないものがあります」


 それが何を意味するのか。ただ単純にデイジーがその気にならずに自慢せずにいただけかもしれない。


「ひょっとすると、彼女自身がここに入り、勝手に宝物を持ち出していた可能性もあるのかもしれないな……」


 テオドール殿下がぽつりと呟く。

 デイジーは神殿も、王宮の人たちも味方につけていた。

 彼女なら何食わぬ顔でここに向かっても、誰も見とがめなかった可能性もある。


「それでも、王宮の宝物庫から持ち出したものならジェイド殿下にもらったと言い張りそうな気もするけどな」


 扉の側に控えたままのお兄様がそう言う。

 それも確かにと思う。よく分からない。


「とにかく、そのエメラルドのネックレスが例の至宝だと思っていいんだな?」


 もう1度殿下に問われ、私は強く頷いた。

 既にこのネックレスから力を感じないのは……その力を、1度目の時点でデイジーが全て自分の物にしたということだろうか。だからこそ2度目の今回、1度目とは違い最初から光魔法適性を覚醒していたのだろうか?


 私がそう疑問を口にすると、殿下もカイゼルもそうかもしれないと言った。


 1度目に力をデイジーが手にしたままだとして、至宝にまだ力があるなら先に回収し、どうにか力を封じるなり、デイジーが手にしている分も含めて取り戻すなり、何か対策が取れないかと思っていた。


 けれど、それはもはやできそうにない。



「そろそろここから出て1度戻ろう。少し時間が経ち過ぎている」


 お兄様が扉の外を窺いながらそう促す。

 その声に従い、急いで宝物庫から出る。

 テオドール殿下がいくつもの鍵を手早く掛けなおしていき、私たちは足早にその場を後にした。







 テオドール殿下の執務室に戻ろうと歩いている時だった。

 突然、ぶわりと鳥肌が立つのを感じた。

 思わず足を止める。


「エリアナ?」


 急に歩くのを止め、呆然と立ち尽くす私にお兄様が声を掛ける。

 でも、私はそれどころじゃなかった。


「何を見ているんだ?」


 カイゼルもテオドール殿下も私を心配そうに見る。

 私の視線の先にはただただ木が生い茂り、その向こうはここからでは何も見えない。

 私達がいるのは1階の、外に面した渡り廊下だった。


 宝物庫へ向かっている時には何も感じなかった。

 けれど、その茂みの向こうに引き付けられて止まない。


 廊下から逸れ、茂みに近づく。


「エリアナ?」



「少し……待ってください」


 お兄様の声にも、そう返すだけで精いっぱいだった。


 茂みをゆっくりかき分け、その向こうへ足を踏み入れる。

 ここは……ここを、私は知っている。





 茂みの奥には、とても見覚えのある池があった。




『どうしたの?泣いてるの?』


 今にもその場に小さな私が現れるような気がしてくる。


『うっううぅ……うわぁあーーーーーーーん!!』





 耳の奥の方で、子供特有の甲高い泣き声がこだまする。

 ここは……何度も夢に出てきたあの場所だ。


「王宮の敷地内だったのね……」


 そうなると、あの子供は誰だったのだろう?

 この場所に辿り着いても、不自然なほどあの子のことが思い出せない。



「どうしたの?エリアナ」


 後ろからついてきたカイゼルがそう声を掛けてくる。


「いいえ……ごめんなさい、なんでもないわ」




 あれは、小さな頃王宮に招かれていた子供たちの中の誰かだったのだろうか?



 こうして、不自然なまでにぽっかりと部分的に記憶がなくなっていることが多々ある。

 そして、私の力が強くなる度に、そんな不自然さがどんどん浮き彫りになっていくような感覚になるのだ。同時に、今までも感じていた脈絡のない違和感や胸騒ぎも強くなっていた。


 きっと……これも何かの鍵なのだ。

 私やカイゼル、テオドール殿下が『忘れている大事な何か』。恐らく思い出せない記憶達と、この『大事な何か』には関連があるはず。




 その場を離れ、渡り廊下に戻っていく。

 これ以上ここで考えていても、恐らく何も思い出せないだろう。

 思い出すには、その『大事な何か』を取り戻すしかないのだと感じていた。



 上の階にあるテオドール殿下の執務室に戻る途中で、廊下の大きな窓から王妃様のバラ園が見えた。

 相変わらずいつ見ても美しいバラが綺麗に整えられている素敵な場所。


 そこに、もはやデジャヴのようによく見る人影がいた。


 デイジーと、彼女に寄り添うジェイド殿下。


 2人は距離のあるここから見ても分かる程幸せそうに微笑みあい、身を寄せて何かを囁きあっている。

 否が応でも1度目と、そして巻き戻って最初に見た夢を思い出す。


『お前のことなどもう愛してなどいない。いや、愛していたと思っていたことさえ気の迷いだったようだ』


 今の殿下が私に向ける目は、夢で見た冷たい目にそっくりだ。

 歩きながら遠目で見つめる私に気付くわけがないのに、不意に顔を上げたジェイド殿下と目が合ったような気がした。これは私の願望なのだろうか。


 私はそのまま2人から目を逸らし、ちょうど辿り着いたテオドール殿下の執務室に入る。


 デイジーは、ジェイド殿下を手に入れたくて作られた聖女の力を使っているのだろうか?

 その先に待っているのは、きっと破滅の運命だということは知らないのだろうか?



「聖女の力が込められていた至宝が分かっても、今はもう力を失っているのではそこから対策することはできないな。ただ……これで例の令嬢がその力を手にしているのは確定したと思っていいだろう」


 テオドール殿下がそう言いながら溜息を吐く。

 揃い始めたパズルのピースが指し示す答えは私達の予想を覆してはくれなかった。




 最近すっかり強くなった寒さからか、それとも恐怖からか、体がぶるりと震える。


 冬も、すぐに過ぎていく。




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