作戦会議
食堂での1件からあっという間に数週間が経ってしまった。
今日は約束した通り、メイとサマンサ様がリンスタード邸に来てくれる日だ。
ただ、今日は単純に遊びに来てもらうわけではない。
「あら、カイゼル早かったのね。あなたが一番乗りよ」
「そうなの?テオドール殿下もまだなのか?」
「お兄様が迎えに行っているから、もうすぐ来ると思うけれど」
そんな話をしながら、カイゼルを客間に通す。
今日は、カイゼルやテオドール殿下、お兄様も交えて今後の話をするのだ。本当はメイやサマンサ様を最初に招く時は、心置きなくもてなし楽しんでほしかったのだけれど。
ジェイド殿下は食堂での1件以来、私を一切無視するようになった。
手紙を送っても、声を掛けても、なんのリアクションもない。
そして、私が接触しようとすると不安定な様子を見せるのだ。
いつだって落ち着いて穏やかだった殿下が、私が近づくとあからさまに不機嫌な様子になったり、周りに対してイライラと声を上げる姿を見せるようになった。
1度目を彷彿とさせる態度に……私より先にカイゼルの心が折れた。
正直私はジェイド殿下に酷い態度を取られても、1度目とは違い側にメイやサマンサ様がいるので同じような心理状態にはならずに受け流すことができている。
けれどカイゼルは客観的にその光景を目にする度に、あの卒業パーティーでの謂れなき断罪や、牢で虚ろな目をしていた私の姿がフラッシュバックしてしまうらしかった。
結局、ジェイド殿下を刺激しないためにと、カイゼルの心に負担をかけないためにも、最近の私はあまりジェイド殿下に近づかないようにしている。
そういう現状と、進まない聖女の力の調査に不意に猛烈な不安に襲われる瞬間があるのだけど、そういう時は決まってメイやサマンサ様、邸宅ではお兄様が側にいてくれる。
お兄様やテオドール殿下が私の友人である2人に1度目のことまで含めた全てを話すことを止めなかったのは、私の精神的な支えになってくれていることを考慮してくださったのだとさすがに気づいていた。
「エリアナお嬢様、御友人がいらっしゃいました」
「ありがとう、リッカ。今行くわ」
メイとサマンサ様は共にやってきた。
遊びに来たわけではないとはいえ、友人をこうして招くのは初めてのことで、どうしても浮足立ってしまう。
2人を迎えるためにカイゼルを客間に残して急ぎホールに向かう。
「メイ!サマンサ様!」
思わず大きな声を上げてしまう。あとでリッカに叱られるかしら?
ちらりとリッカの様子を窺うと、微笑まし気に顔を緩めていた。
「エリアナ様!今日はお招きいただきありがとうございます」
「あっ、ありがとうございますっ」
いつものように落ち着いたサマンサ様と、貴族の屋敷に足を踏み入れたからか、相変わらず緊張している様子のメイが微笑ましい。
2人のこともカイゼルと同じように客間に案内し、リッカにお茶の用意をしてもらう。
実は2人とカイゼルがこうして時間を作って顔を合わせるのは初めてのことだった。
「ドーゼス嬢……リューファスのこと、側にいて止められなくてすまない」
「私のことはどうぞサマンサと。リューファス様のことは誰のせいでもありませんわ」
寂しそうな表情で微笑むサマンサ様に、カイゼルはそれ以上何も言えないようだった。
カイゼルは今、デイジーの力の影響下にはないにも関わらず、彼女や彼女を取り巻くジェイド殿下や他の子息の様子を見ていてもらうために、1度目と変わらずその側にいてもらっている。思えば、日常的に1番負担が大きいのは彼なのだ。カイゼルは優しく、自分を責めてしまうから。
2人を通してすぐに、お兄様に伴われてテオドール殿下も到着した。
客間に私を含めた6人が顔を合わせる。
全員分のお茶とお菓子の準備が済み、リッカや他の侍女、殿下の護衛の方々には席を外してもらう。これでここには今、事情を全て共有している人間だけになった。
お兄様と目が合うと、にこりと頷き私を促してくれる。
これまではテオドール殿下に主体となってもらい動いてくることが多かったが、少なくとも今日のホストは私だ。
「テオドール殿下並びに皆様、今日は時間を作っていただきありがとうございます。皆様にはこれからも……私を助けてほしい」
皆の顔を見ながらそう言うと、全員が微笑み、頷き返してくれる。
飾った言葉はいらない。ここには今、私の心から信用している人達しかいないから。
今日は改めて情報の共有をし、これからどう動いていくかの方針を決める。
「私の方で調べていた聖女の力の込められた王家の至宝だが、今王家が管理しているもので行方が分からなくなっている物はなかった。カイゼル、1度目の時にジェイドがナエラス嬢に何か王家の至宝を贈っていなかったか分からないか?」
「それが……正直、当時はかなりの数の金品を何人もの子息が彼女に贈っていて、その中に至宝があったのかどうか……僕には判断が付きません」
それはそうだと思う。彼女は見る度に違うアクセサリーを身に着け、特にパーティーの時は全身殿下の贈り物だったように思う。あの中に至宝がいくつ紛れていたのか……。
「あの、殿下。どうにか機会を作って私やカイゼルが直接至宝を確認することは叶いませんか?」
「そうだな……彼女がジェイドに近づいたのは私やランスロットが卒業した後だから、私が見てもどれが彼女に贈られたものだったか判断はつかない。すぐには無理だが、そのうち機会を作る」
私やカイゼルが直接確認することで分かることもあるかもしれない。
どちらにせよ、本来王族以外が保管している状態でお目にかかれるものではない。恐らくテオドール殿下でも大変な思いをして行方が分からなくなっているものはないか、不審なものはないかを確認したのではないだろうか。機会を作ると言ってくれたものの、そのチャンスができるまでには時間はかかるだろう。
それまでにもう少し至宝についてヒントが得られればよりいいのだけど。
「大魔女の封印地については魔物の発生状況などを踏まえてドミニクに調べてもらっていますが、これもまだなんとも……」
ドミニクは本当によく動いてくれている。事情を詮索することもなく、本当にありがたいことだ。いつかまとめてその働きに報いるだけのお礼が出来たらと思う。
「やはりまずはミシェル夫人が言っていた辺境の古神殿へ行ってみないことには全てにおいて手掛かりが少なすぎるな。とはいえ馬車で数日の距離だ。スヴァンに赴いたとき同様、学園が長期休暇に入るタイミングでないと難しいと思う」
お兄様がそう言いながら殿下と目を見合わせる。
私達は全員が学生だ。広く事情を公表することができない以上、学園を優先するほかない。
それに……この戦いが終わった後も、私たちの未来は続くのだ。そのことを思えば、あまり日常をおろそかにすることも難しい。
「あの、私やメイもその辺境には同行させてもらえるのでしょうか?」
サマンサ様は私とお兄様を見ながら問う。答えたのはお兄様だ。
「エリアナのためにも、そうしてもらえると助かるが……危険がないとは言えない」
「私もカイゼル様には劣りますが、2属性持ちとして魔法を磨いていますし、メイは反魔法適性者です。足を引っ張ることはないとお約束します」
サマンサ様の言葉を聞きながら、カイゼルがメイを見る。反魔法適性者は少ないので魔法の天才としては気になるのだ。当のメイは一言も喋らず様子を窺っている。まだ緊張しているのだろう。
「私も2人を守ります。私達は魔法授業で戦闘の連携も訓練していますし、むしろ私1人よりも安全になるかと。古神殿の場所はタダナ地方でしたか?」
その時、今までずっと黙っていたメイが勢いよく身を乗り出した。
「タダナ地方ですか!?私、タダナの出身なんです!」
余談ですがサブタイトル考えるのが苦手です……(´-ω-`)
今日は2話更新予定です。




