本当に良かった
翌日、サマンサ様が静養している医療室に向かった。
朝早く、オリヴァー先生が来たらしい。サマンサ様の元に戻った右腕を見て、一言「良かったですね」とだけ言っていたのだとか。
その後先生は私と学園で顔を合わせても何も言わなかった。
きっと、オリヴァー先生からの『何も問わない』という意思表示なのだろうと思う。
メイと共に医療室に入りサマンサ様の側に座る。
2人を前にして、私は緊張していた。
私が聖女であることは、2人も恐らく昨日の出来事で「もしかして」くらいには察しているのではないかと思う。どちらにせよ、デイジーのことが解決さえすれば隠す理由もなくなりいつかは分かることなのだから、それを伝えることについては実を言うとさほど問題はない。
お兄様やテオドール殿下の言葉に甘えて、私は2人に1度目のことも含めて本当に全てを伝えたいと思っていた。これについては完全に私の我がままだ。2人が知る必要は全くないし、特にサマンサ様に至っては私が時を繰り返しているせいで巻き込まれた部分が大きい。
2人がどう思うか、分からない。
「2人とも、昨日もお願いした通り、私の話を聞いてほしいの……」
そうして私は、1度目のこと、自分が聖女だということ、デイジーの力の話、作られた聖女の話、リューファス様もきっと操られていると思うこと、これからのこと、思いつく限りの全てを話した。
神殿の秘匿、作られた聖女の力についてはどうするべきか迷ったが、ここまできたら一緒だという私の勝手な判断だった。なにより2人を信じているし、そして私はこれからその力の残滓も含めて全てと戦い、この世から失くしてしまうつもりだ。
それに、一度右腕を失くしたサマンサ様に、ここまで巻き込んでしまった上で秘密を残すことは考えられなかった。
これも、私の甘えなのだとは分かっている。
「なんてことなの……」
全てを聞き終え、サマンサ様の顔が歪む。
苦しそうに、憤っているようにも見える。ああ、そうよね、怒って当然だわ……。
「サマンサ様、ごめんなさい。私がもっと早く2人に打ち明けていれば、リューファス様の態度が心からのものじゃないのだと話していれば、あなたにそんなに辛い思いをさせることも、ましてや腕を失くすなんて辛い経験をさせることもなかったのに……」
「そんなことどうだっていいのです!」
「え?」
サマンサ様はベッドの側に腰掛けた私を、体を伸ばしてぎゅっと抱きしめた。
「サ、サマンサ様?」
「エリアナ様!……辛い思いをたくさんしたのですね……ずっと頑張っていたのですね……エリアナ様をこんなに苦しめるなんて……許せません」
その言葉を聞いた瞬間、胸が詰まったように苦しくなる。一瞬で込み上げた涙を堪える術はなかった。
サマンサ様の腕に抱かれたまま涙を零す私を、その腕の上からさらにメイが抱きしめる。
メイは、私以上に泣いていた。
「エリアナ様……良かった……良かった!エリアナ様が戻ってきてくれて……私の知らないところで、知らないうちに、いなくなってしまわないで……」
「本当に!エリアナ様が私達と出会ってくれて本当に良かったです!戻ってきてくれて……ありがとう」
2人の腕の温もりと、心が温かくて堪らない。
「2人とも……ありがとう」
しばらく涙は止まらなかった。
「サマンサ様、本当に辛い思いをさせてしまってごめんなさい」
涙がやっと止まった頃、改めてそうサマンサ様に頭を下げる。
「エリアナ様!止めてください!エリアナ様が悪いわけじゃありません。それに……昨日、エリアナ様に右腕を治癒してもらった後から、妙にすっきりしているんです」
「すっきり?」
「はい。エリアナ様が言ってくださったでしょう?私はこの両手でどんな幸せでも手に入れられると。それを考えるとわくわくする自分もいて……リューファス様に婚約を破棄すると言われて、世界が終わったような気分でした。でも、そうじゃないって気付けたんです」
サマンサ様は恥ずかしそうに笑った。
「リューファス様が心を操られているとして、もしも正気に戻ったときどうなるかは分かりませんが……私は何でも自分の手で選び取れるんだと思うと不安はありません」
ああ、この人はなんて強くて優しい人だろうかと思う。
「エリアナ様……これからは私も協力します。私は2属性持ちで、魔力暴走で腕をなくすほど魔力は強い、とオリヴァー先生のお墨付きです!」
サマンサ様は冗談めかしてそう言うと笑った。
「私も!もちろん私もお手伝いさせてください!私の反魔法もきっとお役に立てると思います!」
私の左手をサマンサ様が、右手をメイが握る。
やっぱり、2人に話してよかった。そう思った。
2人と出会えて……友達になれて、本当に良かった。
******
夜、お兄様に2人と話したことを報告する。
「そう……良かったね、エリアナ。お前がいい友達に恵まれて私も嬉しい」
「お兄様も、いつも味方でいてくれてありがとう」
お兄様はいつだって私の絶対的な味方でいてくれる。お兄様の妹で、私は幸せだ。
「昨日も言ったけど、テオドールも随分心配していたから、次に会った時にエリアナからも話してあげて」
「そうね……」
テオドール殿下は今何やら忙しいらしく、そうでなければリンスタード邸まで来てくれようとしていたらしい。私の友人であるサマンサ様が大変な目にあったということは耳に入っていたらしく、彼女と、そして私の心を心配してくださっていたのだ。
1度目は、誰かに助けを求めることも、誰かと一緒に戦うことも、考えることすらなかった。
思えば、お兄様にすら何も話せていなかった私は、誰のことも信用できなくなっていたのだと思う。
全て知った上で誰かが味方でいてくれることが、どれだけ心強いか。
心から信用し、心を預け合える相手がいることが、どれだけ温かいか。
時間が巻き戻ってやり直す中で、何度思ったことだろう。
私は本当に幸せ者だ。
だからこれからは絶対に、私が大事な皆を守ってみせる。
私は……聖女なのだから。




