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夏休みが終わって

 

 ついに夏休みが終わった。今日からまた学園の授業が再開される。



「エリアナ様、サマンサ様!お久しぶりです!」


 久しぶりに登校した教室で早々に元気に声を掛けてくれたメイや、そんなメイを少し落ち着くようにと諫めるサマンサ様の姿にほっと安心を覚える。


 そんな自分の気持ちに、ここが自分の居場所になったのだと嬉しさも覚えた。



「ふふ、いつか、サマンサ様と一緒にメイの故郷に遊びに行ってみたいわ」


「!!もちろんです!あっ……何もない村なんですけど……でも、是非っ!」


「あら、メイの故郷ももちろんですけど、私の領地にも是非お2人に遊びに来ていただきたいですわ!それから、エリアナ様のお屋敷にもいつかお伺いしたいですし」


 サマンサ様が少し恥ずかしそうに私の方を窺う。


「リンスタード侯爵領は今叔父夫婦が治めているの。素敵なところですからいつか招待したいわ。今年は行けませんでしたが、そちらは避暑地に別荘もあるので気兼ねなく泊まっていただけますし!王都のお屋敷であればなんなら今日でもいいくらいです」


 私がそう言うとサマンサ様は喜び、メイは驚いた顔をした。


「あの私……平民の私でも、遊びに行ってもいいんですか……?」


 私とサマンサ様は思わず顔を見合わせた。


「当たり前じゃない!私たちはお友達でしょう?」

「お友達を家に招くのなんて普通のことですわよね?」


「うぅっ!エリアナ様、サマンサ様~!」


 今更何を言っているのかと言わんばかりのサマンサ様にメイは余計感激していた。

 それにしても……。



「ところで……あの、サマンサ様、何かありました?」


「あ……」


 さっきまで笑っていたサマンサ様はさっと顔色を変え、フリーズしてしまった。

 いつものサマンサ様と言った風に笑っていたけれど、どうにも空元気なように見えて仕方なかったのだ。この反応を見るに、やはり無理をして普段通りに振る舞っていたらしい。


 サマンサ様の様子がおかしい理由はすぐに分かった。




「……いつからですか?」


「……夏休みに入ってすぐ、何か様子がおかしいとは思っていたんです。週に1度は会う機会を作ってくださっていたのもなくなり、それでも忙しいのだと自分に言い聞かせていたのですが……私との約束を反故にした日が、街で彼女と一緒にいるところを見かけた最初でした」


「サマンサ様……」


 メイが心配そうにサマンサ様の腕をとる。

 私達の視線の先には、リューファス様とデイジーがいた。

 その側にはジェイド殿下もいる。2人ともデイジーとの距離がやたらと近く、彼女に侍っているようにしか見えない。


 サマーパーティーの時、エドウィン様は明らかに私に敵意を向けてきていたけれど、リューファス様はそうではないようだった。サマンサ様に対してもいつも通りだったし、私を心配してくれていたようにも思う。


 1度目を体験し、心構えができていた私とは違う。隣国に滞在していたとはいえ、ジェイド殿下から休み中に1度も連絡がなかった私は覚悟していたけれど、サマンサ様は違うのだ。


 どれほどの衝撃を受けただろうか。どれほど苦しい思いをしているだろうか。


「サマンサ様、きっと何か事情があると思うのです。このことは私に任せてもらえませんか?」


「はい……エリアナ様も大変ですのに、私ばかり弱ってしまってすみません」


 瞳に涙をためてそう零すサマンサ様が痛々しくて辛い。

 本当は全て言ってしまいたい。『デイジーは特別な力を使っている。リューファス様が心変わりしてしまったわけでない』そう伝えられたらどんなにいいだろう?


 2人のことは信頼しているし、今起こっていることを知ったらきっと力になってくれるだろう。ただ、事実を伝えるということは巻き込んでしまうということ。

 今はまだ、2人に何かを話すことはできない。



 そして……


 デイジーに微笑みかけるジェイド殿下を見る。

 本当に、心変わりをしたわけではないと言えるのだろうか?デイジーが聖女の力を使っている、もしくは使おうとしていることはおそらく間違いないだろう。


 けれど、どこからどこまでが力の影響で、どこまでが彼らの本心なのか、私にももう分からない。





 ******



「あなた方は揃いも揃って、一体何をしてらっしゃるの?」


 怒りを通り越して呆れた顔をしたソフィア様にそう声を掛けられたのは、マナーの授業の一環としてダンスの実技を行う時間のことだった。淑女科のソフィア様と同じ授業になるのは、こうしたマナーの授業がほとんどである。



 彼女がぎろりと睨みつける方向には、案の定というか、デイジーの姿がある。

 そして、その傍らにはジェイド殿下をはじめ、エドウィン様やリューファス様、その他数人の高位貴族の子息がいて、誰が彼女のダンスパートナーを務めるかを争っているのだ。


 私は苦笑いするしかない。



「あなた方以上に、彼らはなにをしてらっしゃるの……」



 ジェイド殿下やリューファス様はもちろん、デイジーに迫っている男子生徒のほとんどに婚約者がいるという事実が1番の問題なのである。

 本来、授業であっても婚約者がその場にいるなら最初のダンスは婚約者をパートナーに選ぶ。練習である以上、その後は色んな相手をパートナーに踊るのだが、彼らはその最初の相手になりたくて彼女に手を差し伸べているのだ。


 基本的に男性を立て、こういう場合でも責められるべきは婚約者を諫められない女性の方、というスタンスであるソフィア様だけれど、さすがに眉根を寄せて困惑している。



「そして、どうしてこのような事態になっていながら教師は何もおっしゃらないのかしら?」



 彼女の疑問は尤もだ。けれど教師に限らず、婚約者がデイジーを取り合う輪の中にいるという女子生徒の多くが、その光景に心を痛めながらもそれに異を唱えられずにいる。サマンサ様も憔悴してはいるものの、リューファス様に直接抗議できるだけの気力が湧かないようだった。

 中には諫めようと声を掛けている者もいるが、取り付く島もないという雰囲気だ。


 1度目もそうだったから、今どんな風に声を掛けても無駄だと知っている。

 だから私は彼らを諫めることではなく、彼らの婚約者のフォローを優先することにしていた。






 ただ、怒りや疑問よりも悲しみや胸の痛みが上回っている婚約者の令嬢たちと違って、ソフィア様はそんな状況が許せないという気持ちが勝っていたらしい。特に彼女が恋焦がれる相手であるジェイド殿下や、その殿下を諫める立場であるはずのエドウィン様、リューファス様に対する憤りが大きいらしく、彼らとソフィア様が衝突している姿を度々見かけるようになっていった。



 本来、彼女は貴族としての在り方を大切にしていて、格式や矜持を重んじている。そして、気が強く不器用な部分があり分かりにくい場合もあるが、基本的に正義感が強く誠実な性格なのである。


 1度目の私に対して嫌味をぶつけ、侮蔑や嘲笑を隠しもしなかったソフィア様だが、それも王子の婚約者である私への失望が大きかったのだと思う。冷静でいられる今思い返せば、いじめや嫌がらせというよりは単純に高位貴族の令嬢としては失格だった私への、抗議の攻撃だったように感じる。



 とはいえ1度目にその憤りが男子生徒の方へ向くことはなかったと思う。なぜ彼女の行動が1度目とは違うのか疑問はあるが、彼女の性質としてその姿は違和感がなく、同時に安心感や頼もしさも感じてしまっていた。




 だから、それがまさかあんな事態に繋がるとは想像もしていなかった。

 私の考えが、甘かったのだ。




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