小説の作者の話1
「そもそも、私は神殿が過去の過ちを人々に伝えないことも間違っていると思っていたんです」
ミシェル夫人は、自分の知っていることが今起こっている何かの助けに少しでもなるならと話してくれた。
「私はマクガーランド王国の辺境近くにある小さな男爵家出身なのですけど、領地の近くの村に古い神殿があったのです」
夫人は昔を懐かしむような顔で続ける。
「その神殿を司る神官様は昔大神殿の最高神官だった方で、小さなころから神殿に通う私に色々な話を聞かせてくれました。……実は私、光魔法適性で神官の資質有りとされていて、若い頃は大神官候補と言われていたんですよ」
穏やかに笑いながら言う夫人の言葉に少し驚く。が、同時に納得だ。それで神殿の秘密に触れることができたのだろう。不意に、その視線が私に向く。
「これでもかなり優秀だったんですよ。だから、分かることもある。エリアナ様……あなた様は聖女の力をお持ちではありませんか?」
テオドール殿下がはっと息を呑みこちらを見つめるのを感じた。
ただ、私の気持ちは穏やかだ。ミシェル夫人はきっと、本当に優秀な大神官候補だったのだろう。それを知る人物と接点があったとはいえ、聖女の証について知っている次代の大神官候補ミハエルでも知らない内容を深く知っている。
そして恐らく、私が聖女であると気付いているからこそ、こうして秘匿であるはずの話をしようとしてくれている。
「はい、私は確かに聖女の力を持っていると思います」
殿下は一瞬何か言いたげな顔をしたけれど、大丈夫だと目で伝えるとすぐに頷いてくれた。
テオドール殿下は、私を信じてくれているのだ。
「では、これはきっとアネロ様のお導きなのでしょう。私の知る限りの話をお伝えします」
ミシェル夫人はにこりと笑った。
「先ほども言ったようにこの小説は神殿も関与した過去の過ちについて伝えるために書いた物なのです。そして、見たところおそらくそれをお知りになりたくていらしたのでしょう?結末が変わっているとはいえ、これはそういう者を導く役目も持っていました。まず最初に確認させてください。あなた方は何をどこまでご存じでいらっしゃいますか?」
私を聖女だとすぐに見抜くだけあって、ミシェル夫人は私達がこうして隣国の辺境まで会いに来たことに対して多少は事情を察しているらしい。
「作られた聖女がいたこと、そしてその3代目の頃に何か良くないことが起こったらしいということだけ。どのようにしてその力を得たのか、その先に何があったのかまでは知りません」
「なるほど。ではまず、当時の神殿と王族が作り出した聖女の力についてお話しします。とは言え、私が知るのも概要だけですが。2度と同じことができないよう、その力を人為的に作り出す詳しい手順は受け継がれることはありませんでした」
その言葉に少し安心する。最後に破滅が待っているかもしれない危険な力を、今でもどこかの誰かが生み出せるとしたらそれは恐ろしいことだ。
「そもそも、人は自分の持っている魔力より、何倍も何十倍も強い力を誰かに授けることはできません。聖女の力は正しく特別です。その力に近いものを生み出すとき、何の力を頼ったか想像できますか?」
確かに、それは疑問だった。特別である聖女の力を、どうやって人為的に作り出すことができたのか?
「飛びぬけて優秀な神官や魔法士の力を集めた……とか?」
テオドール殿下が答えるが、そんなことで聖女の力が作れるものではないということも分かっているのだろう。
ミシェル夫人も静かに首を横に振る。
聖女の力に近い力を生み出す……聖女自身ならともかく、その聖女が現れないという問題を解決するために生み出された方法なのだ。
聖女ではないが、せめてそれに次ぐだけの力。聖女には敵わなくとも、聖女以外では敵わないほどの力……。
まさか……?
「悪しき魔の力……?」
思わず漏らした言葉に、ミシェル夫人はゆっくりと頷く。
隣に座るテオドール殿下の緊張が伝わる。
「そうです。人は聖女の力をもって倒すべき悪しき魔の力を借りて、聖女の力を作り出したのです」
確かに、聖女の力でしか倒せない程の力を秘めた悪しき魔ならば、それに準ずる力を生み出すこともできるのかもしれない。この場合、人と取引が出来るだけの知性のある大魔女か魔王が相手になるのだろうか?
ただ。
「しかし、悪しき魔が、自分を脅かす力を作ることに力を貸すなどということがあるのだろうか?人の願いを聞き入れるとは思えない」
そう、人に悪しき魔を従わせる力もなければ、悪しき魔が従う理由もないのだ。
「人がどうやって交渉を進めたのかまでは分かっていません。しかし、人に力を貸すことに悪しき魔にも利点があったとしたら?」
「利点……?」
「悪しき魔とされる存在の中で殊更厄介であるとされるのは大魔女、あるいは魔王です。彼らが元は人間であったことはご存じですね?」
「はい。特別魔力の強い者が邪に心を落とし、人ならざる者となった成れの果てがそうだと」
「そうです。さらに、悪しき魔に落ちるにはその者が持つ『資質』も関係しています。良くも悪くも資質がなければ自らを飲み込む邪心に捕らわれてしまうだけ。悪しき魔へと生まれ変わる前に命を落として終わりです。では、悪しき魔が聖女でなければ叶わぬ程の力を育てるまでに、何が起こっているか」
確かに、可能性を持った全てが悪しき魔になるのならば、世にはもっとその存在が溢れていたことだろう。そして、元が人である以上、最初から聖女でしか倒せない程強いなどということはありえないのだ。
力を、育てる……。
「分かりません」
悪しき魔とは、『そういう存在』だとしか思っていなかった。確かに大魔女や魔王は、元は人間であり、人ならざる者になったとはいえそこには力の成長があるのだ。でも、それがどういったものであるかなんて、想像したこともなかった。
「悪しき魔は自分と相性の良い力を喰らい、取り込んで強くなるのです。相性の良い力とは具体的に、同じ邪に落ちた心のことを言います。つまり」
ミシェル夫人の真剣な眼差しが私を見る。
「自分より後に生まれたまだ力の弱い悪しき魔、もしくはこれから悪しき魔と成りうるであろう、邪に心を捕らわれた人間の魂を彼らは好むのです。そして喰らった力が強ければ強いほど、悪しき魔はより成長できる。分かりますか?」
嫌な予感に心がざわざわと騒めく。テオドール殿下が強張った声で答えた。
「人為的に作った聖女の力を手にした者が邪に落ちれば……悪しき魔にとってこれほどの御馳走はないということか」
「そして元々人間であった悪しき魔は、人の心が簡単に邪に染まることを知っている。特に、身に余る程の強大な力を手にし、それに溺れない者はほとんどいないことも。……いずれ、必ず聖女の力を与えられた者が邪に落ちると確信があった」
だから、取るに足らない人間の願いに力を貸し、いつか来るその時を待った。
「あの小説の中では本来、聖女になった主人公は悪しき魔によって作られた力を手に入れた少女でした。あなた方が聞いた3代目の作られた聖女のように王太子の心を操り、邪な心で力を使ったことで最後には悪しき魔に喰らわれてしまう、そんな結末だったのです」
彼女は過ちを伝えたいと言った。
それはつまり小説の出来事は、実際にあった出来事が元になっているということ。
あの日記を残した3代目の作られた聖女の末路……彼女は、悪しき魔の御馳走になったのだ。
元人間が「悪しき魔」となることについて邪に落ちるとか邪に捕らわれるって表現を使ってますが、要は闇落ちです。
もっと詳しく設定書きたかったのですが、あまりにも説明が長いので少し削りました…。




