隣国へ
サマーパーティーが終わり、数日後、あっという間に夏休みになった。
私は予定通りお兄様、カイゼル、テオドール殿下と共に隣国、スヴァン王国へ赴く。
……あれから、ジェイド殿下からの連絡はない。
すぐに支度をして、出発。公務扱いなので、侍女や護衛は王宮からテオドール殿下が連れてきている。リッカが一緒に行けなくて残念そうにしていた。
隣国といえども、我が国の辺境に面した国。隣国の王都までは馬車で4日ほどかかる。
「やっぱり、異常だね」
馬車の中に戻ってきたカイゼルがため息を零す。
実は馬車に揺られ始めてすでに今日で6日目。本当ならとっくにスヴァン王国の王宮に着いているはずだったのだが、随分予定が狂っていた。
「スヴァン王国までの道は遠いとはいえ綺麗に整備されて久しい。こんなにも魔物が出るような場所ではないはずなのだが……」
テオドール殿下が難しい顔で唸る。
そう、遭遇する魔物の数がかなり多いのだ。
私もスヴァン王国には今までに訪れたことがある。その時は道中、1、2度魔物に遭遇するか否かというレベルだった。今回はすでにその回数は7回近くにのぼる。
出てくる魔物自体はごく弱い個体ばかりでそこまで危険はないものの、カイゼルの言う通りこれは異常だ。
魔物に遭遇するたびに大事をとって一時停車し、周囲を警戒してまた進むということを繰り返す。それでこんなに時間がかかっているのだ。とはいえ王都に近づくにつれ数は減っているので、なんとか今日中には到着できそうだとのこと。
「それにしても、面白いほどエリアナが乗ってる馬車は狙われないね」
カイゼルが笑いながらこちらを見る。
これが聖女の力なのか、私がいると弱い魔物はあまり寄ってこないらしい。
「本当は皆を守るように魔法を使えば早いのでしょうけど……」
「いや、エリアナ嬢が聖女であると公表できないうちはあまりその力を使わない方がいい。時間がかかって申し訳ないが、あと少しこらえてくれ」
「それは全然かまわないのですが……私だけ何もできなくて申し訳ないです」
私が馬車の外で広く魔力を使えば弱い魔物は寄ってこないわけなので、スムーズに馬車旅は進むだろう。ただテオドール殿下の言う通り、今はまだこの力をむやみに使うべきではないと3人が言うので、私は大人しくしている。
せいぜい私の力をすでに知っているお兄様、カイゼル、テオドール殿下に疲労回復の魔法をかけてあげるくらいだ。
スヴァン王国の王宮には、その日の夜に到着した。
******
その日から連日公務をこなし数日後。やっと件の小説の作者に会いに行ける日が来た。
「それにしても、今日まで休む暇が全くなくて本当にすまない」
「いいえ、予定が押してしまっているのは殿下のせいではありませんもの」
申し訳なさそうなテオドール殿下ににっこり微笑みながら答える。
馬車移動に時間がかかり、帰りを考え余裕を持った日程を組むためにも私たちはなかなかのハードスケジュールをこなしていた。
「それに、スヴァンの王女殿下があんな無茶を言い始めるとは思いませんでしたもの……」
スヴァン王国、リュリューナ・スヴァン第一王女殿下。
私達が王宮に到着した後、リュリューナ殿下は熱烈に迎えてくださった。そのあまりの大歓迎ぶりに面食らったけれど、理由が分かるのはその後すぐのこと。
「ランスロット様、美味しいお茶があるのでご一緒にどうですか?」
「ランスロット様、今流行の芝居にお忍びで向かうのですが是非エスコートしてくださいませ!」
「ランスロット様、我が王宮の自慢の庭園を案内いたしますわ!」
「ランスロット様!」
1言で言って、リュリューナ殿下はお兄様のことが大変お気に召したらしい。
常に一緒にいるはずのテオドール殿下のことは目に入らないのか、殿下そっちのけの勢いで連日お兄様に熱烈アタックしていた。
「リュリューナ殿下には本当にびっくりしたね。これまで公務で何度か会った時には大人しい人だという印象だったのだけど」
これにはテオドール殿下も苦笑いだ。
結局、あまりにもリュリューナ殿下がお兄様とともに過ごす時間を無理やりにでも作ろうとするので、ついにお兄様を置き去りにすることにしたのだった。
「ランスロットには悪いことしたかな」
なんとも答えられず、私も笑うしかない。
カイゼルはカイゼルで、魔物の多さが気にかかると言ってスヴァンの騎士団に同行してしまった。おかげで、予想外に私はテオドール殿下と2人で作者のもとへ赴くこととなったのだった。
小説の作者は、我がマクガーランド王国とは反対方角の国境付近の領地を治めている辺境伯に嫁いでいた。そのため、また移動に1日。今度は王族が乗っているとは分からないよう、お忍びの体を取り、簡素に見える馬車1台、少人数で発った。
夜、中間地点の街に宿泊し、次の日の朝早く出発。私たちは目的地へ急いだ。
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目的地、ダッドリー辺境伯領地には午前中に到着した。
「第一王子殿下、並びにリンスタード侯爵令嬢様、はるばるようこそいらっしゃいました」
にこやかに出迎えてくれたのは、ミシェル・ダッドリー辺境伯爵夫人。
穏やかそうなこの女性こそ、あの小説の作者だ。
「夫人、今日は公務ではなくプライベートな訪問だ。あまりかしこまらないでくれ」
「ふふふ、まさかこうして他国に嫁いだ後に自国の王子様が私の元へ訪ねていらっしゃることがあるなんて、人生何が起こるか分かりませんわね」
ミシェル夫人はそう言ってからからと笑った。
夫人に促されるまま屋敷に入り、客間に通される。
大きな若草色のソファを勧められ、殿下と隣り合って座った。ミシェル夫人は対面に腰掛けている。
「それで、私の書いた本について何か聞きたいことがあると伺いましたが」
「はい。まず、これはあなたが書いたもので間違いないでしょうか?」
私は持ってきていた小説を机の上に差し出した。あの日、ジェイド殿下にもらったものだ。
ミシェル夫人は本を手に取り、パラパラとページをめくる。
「まあ、本当に懐かしいわ。これがベストセラー小説になっているなんてね~。本当に人生何があるか分からないわ……それにしても神殿がよく出版を許したわね」
「え?」
神殿が出版を許すとは?
「あら?」
「どうかされましたか?」
突然眉根を寄せてピタリと止まったミシェル夫人にテオドール殿下が声を掛ける。
「これ……確かに私が書いたものだと思うのですけれど、結末が変わっていますわ」
「それは本当ですか?」
殿下は身を乗り出し、声を固くする。
「ええ、そもそもこれは神殿に伝わる過ちのお話を色んな人に広めようと思って書いた、言わば注意喚起のような物だったのです。けれど当時、神殿の落ち度を知られることを良しとしなかった上層部からストップがかかりました。……でもこれじゃただの恋愛小説よね」
どうりで神殿が口を出さないわけだわ、とミシェル夫人は半ば感心したように呟いた。
神殿に伝わる過ち、神殿の落ち度、その言葉であの聖女の日記を思い出すのは安易だろうか。
思わず殿下の方を見やると、同じようにいぶかしげな顔をした殿下と目が合った。
無駄になる覚悟でここへ来たけれど、やはり何かのヒントを得られるかもしれない。




