サマーパーティー
今日は学園でサマーパーティーが行われる日だ。
「エリアナ、大丈夫かい?」
「お兄様!ありがとう、私は大丈夫よ。今日はお兄様も踊ってくださる?」
「もちろんだよ!私の可愛いエリー」
パーティーの為にリッカに支度をしてもらい、ジェイド殿下の迎えを待っている。お兄様は最近の私の気持ちが弱っていることに気付いていて、こうして気遣ってくれているのだ。
「エリアナは水色のドレスもよく似合うね。夏の妖精のようだ。ジェイドもなかなかセンスがあるじゃないか」
「ふふふ、ありがとう。でも妖精だなんて言いすぎだわ」
私達兄妹のやりとりをリッカが微笑まし気に見ている。
お兄様にもまだ婚約者がいない。エスコートする相手がいないから、殿下が来るギリギリまで私と一緒にいてくれるつもりなのだ。
ジェイド殿下は、約束の時間より少し遅れてやってきた。
「エリアナ!遅くなってごめん!」
もう来てくれないかと思ったことは、黙っていることにした。
「いいえ、私は大丈夫ですわ。今日もお忙しかったのですか?」
「ああまあ、デイジーがちょっとね……」
思わず口をついて出たのか、殿下はそこまで言うとしまったと言わんばかりに慌てて口を噤んだ。
そんなことだろうとは、思っていた。
それにしても殿下はデイジーを、名前で呼んでいるのね……。
どこまでがデイジーの力の影響を受けていることで、どこまでが殿下ご自身の意思なのだろうか。
殿下は随分疲れているようで、馬車の中ではぽつりぽつりとたまに言葉を零すだけ。口数少なく、ただただ私に寄り添うようにくっついて座っていた。
私にとっても、久しぶりに心から休まる時間……デイジーに邪魔されない、2人だけの僅かな時間。余計なことは考えず、触れた腕に殿下の温もりを感じながら、学園のダンスホールまでじっと馬車に揺られていた。
会場に入り、他の生徒と言葉を交わし、楽団の演奏が始まるのを皮切りに、ジェイド殿下とファーストダンスを踊る。
今は、2人だけ。2人だけの世界だ。
殿下も甘やかに微笑みを湛え、嬉しそうにこちらを見ている。私の腰に回した手に少し力が入り、普通のダンスの距離より少しだけ近い。
「ずっと、君とこうして踊っていられたらいいのに」
ほぼ抱きしめるような体勢で、殿下はそっと耳元で囁いた。
その声に熱がこもっているのを感じて、たまらず殿下の肩に添えた手に力が入る。
あっという間に1曲が終わってしまった。
「……私も、」
ずっとこうしていたいです。と続けようとした言葉は最後まで言うことができなかった。
「ジェイド様っ!」
まだ私と殿下の手が完全に離れていないのに、横から飛びつくような形でデイジーがジェイド殿下の腕にしがみついたのだ。
「今日は私と踊ってくださる約束ですよね!」
にこにこと人好きのいい顔で笑うデイジー。
一瞬真顔に戻った彼女はちらりとこちらを見ると、僅かに目を細め、口の端で薄く笑った。
……これが、私に助けられて無邪気な笑顔を向けていたデイジー?
ジェイド殿下はその勢いに、私に言葉をかけることもなく連れていかれてしまった。
なんだかぼーっと何も考えられなくなり、その場に立ち尽くしてしまう。
「殿下を、悪く思わないでいただけますか」
突然の声にびくりと体が揺れる。
後ろから不意に声を掛けてきたのはリューファス様だった。その体のずっと向こうの遠くの方に、心配そうな顔をしたサマンサ様が見える。
「……」
なんと答えればよいか分からず、じっと黙ってリューファス様の赤い瞳を見つめる。
彼は私の返事を待つことなく、なんとなく困った顔をしたまま立ち去った。
そして、入れ替わりのように反対側からやってきたのはエドウィン様。
「エリアナ様、殿下が今大変な身の上であることはあなたもよくわかっていらっしゃるでしょう?」
「え?」
「あまり殿下を困らせるような行動はしないでいただけると助かります」
エドウィン様は吐き捨てるようにそれだけ言うと、冷たい一瞥をくれてすぐにこちらに背を向け遠ざかっていった。
何、今の。
じっと去っていくエドウィン様の後ろ姿を見つめる。
殿下を困らせるような行動?私がそれをしたと言うの?
「……殿下とは言葉を交わすのも今のが久しぶりよ」
一人ぼっちで俯きながらそう零す。
あまりにモヤモヤとして、唇をぎゅっと噛んだ。
「――そんな風にしては、可愛い唇に傷がついてしまうよ」
はっと思わず噛みしめていた力を緩め、顔を上げる。
いつのまにかテオドール殿下が私の目の前に立っていた。
テオドール殿下は優雅な所作で、私に向けてその手を差し出す。
その顔に、とびきりの微笑みを湛えて。
「エリアナ嬢、私と踊っていただけますか?」
私は何かを考えるより前に、思わずその手を取っていた。
踊り始めたテオドール殿下と私にざわりと周りが騒めく。
皆知っているのだ。婚約者のいないテオドール殿下は、普段ほとんど踊らない。
相手が誰であるかは関係なく、殿下が踊っているというだけで話題性は抜群だ。
「殿下……ありがとうございます。1人で惨めに注目を集める私を助けるために誘ってくださったんですよね」
思わず言葉が自嘲気味になってしまう。実態がどうであれ、目の前でデイジーの手を取ったジェイド殿下に、私に対する好奇の視線を痛いほど感じていた。
だけど、テオドール殿下は私を見つめながら笑った。
「結果的に君を助けるようなことになったなら光栄だけど、私は単純に君と踊りたかっただけだよ。誘っても許されそうな状況が転がり込んできたから、ありがたくチャンスを頂戴しただけさ」
「まあ……」
テオドール殿下が茶目っ気たっぷりにそんなことを言うから、私もつられて笑った。
意図せず踊りながら微笑みあう2人の図の出来上がりだ。
周りの生徒からほうっとため息が漏れ聞こえる。
この人はなんて優しくて紳士なのだろうか。
「ほら、こんなに楽しい時間を君にもらって、お礼を言うことはあっても感謝されるようなことは何もない」
こちらを見つめる金色の瞳が優しく細められて、さっきまで冷え冷えと凍り付きそうだった心がじわじわと温かくなっていくのを感じる。
それ以上口に出すのも無粋な気がして、私は心の中で何度も感謝の言葉を呟いていた。
曲が終わると、すぐにお兄様が近づいてきた。
「テオドール!私より先にエリアナと踊るなんて……」
どうやらお兄様は自分が先に踊れなかったことが不満のようで、ぶつぶつと文句を言い続けている。
「ふふふ、お兄様は私をダンスに誘ってくださらないの?」
「まさか!エリアナ、テオドールとのダンスより楽しい時間を過ごそう」
対抗するようなことを言いながら手を差し出してくるお兄様にテオドール殿下も苦笑いだ。
私は心から楽しくなってその誘いをわざと尊大な態度で受ける。
「踊って差し上げてもよろしくてよ?」
お兄様と踊り始めても、1度楽しくなった気持ちは変わらない。
ジェイド殿下がずっと側にいてくれれば、悲しい思いもしなかっただろうが、こんなに楽しい思いも味わえなかったはず。そう考えてみれば何も悪いことばかりではない。
にこにこと心からの笑みを浮かべる私を見て、お兄様は踊りながら満足そうに頷いた。
「なあに?お兄様」
「エリアナ……お前が笑顔でいると私は嬉しいよ」
「お兄様ったら……」
ああ、私は大丈夫だ。だってこんなにも温かい味方が何人も側にいる。
そう、何人も。
「エリアナ様!」
踊り終わった私たちに声を掛けてくれたのはサマンサ様とメイだ。
すぐに他の魔法基礎の授業の仲間たちも集まってきて私を囲んだ。
「お兄様、私は大丈夫だわ。こんなに大好きな友人達が側にいてくれるんですもの」
私の言葉を聞いた周りの皆が、私以上に嬉しそうに笑っている。
その後はずっと、皆に囲まれて楽しい夜を過ごすことができた。
遠くの方でずっとジェイド殿下とデイジーがべったりとくっついていることも、もう気にはならなかった。




