異変はあちこちで
その日の魔法基礎の授業。キースを中心に数人が怒りを爆発させていた。
あまりの騒々しさに教室に入って早々面食らってしまう。
「何かあったの?」
「あっ!エリアナ様!それが……」
怒りの輪に入らず、おろおろとしていたメイがこちらに駆け寄ってくる。
「エリアナ様!聞いてください!」
「私もう悔しくて!」
「あの聖女もどきも、他の生徒も本当に腹が立つー!」
メイの言葉が続く前に、怒りの勢いのまま数人が私に詰め寄ってきた。
怒りで顔を真っ赤にしていたり、感情が昂っているのか目を潤ませたりしている。
『聖女もどき』って、随分過激な言い方だけどデイジーのことよね?一体何があったの……?
「とりあえず、皆さん一旦席に着きましょうか。エリアナさんもそんなに何人もの話を一度には聞けないでしょう。話はゆっくり聞きますから」
あまりの勢いにおろおろとしていると、いつの間にか教室に来ていたオリヴァー先生が後ろからそう声を掛けた。その言葉に従い、全員がしぶしぶと席に着く。
話はこうだった。
曰く、魔法授業、普通クラスと上級クラスの生徒が私たち魔法基礎クラスの生徒をこれでもかと言うほど差別しているらしい。例年も魔法基礎の生徒は他の生徒から見下される傾向が多少なりともあったものの、ここまで明確な扱いを受けることはなかったのだとか。
具体的には、他の魔法授業の時間やそれ以外の授業時間に、授業に参加させてもらえなかったり、提出予定の課題を捨てられたり、嘲笑や言葉での侮蔑を向けられたり……。
他にも色々と、聞けば聞くほど信じられないような内容ばかりだった。
私やサマンサ様は王子やその側近の婚約者であり、魔法基礎の他の生徒に比べ爵位が高いこともあってか、標的にはなっていないのだと気付く。メイも、私たちと行動範囲がほとんど一緒のおかげで比較的難を逃れているのだろう。
1度目、ジェイド殿下がデイジーと懇意になってからの私への仕打ちによく似ている。
そして……あの恋愛小説の中の、悪役令嬢が主人公に対してしていた行いにも。
キースをはじめ、他の魔法基礎の生徒達は、それでもずっと我慢してきていたらしい。
しかし、今日の適性魔法ごとに分かれて行う、適性魔法実践授業での出来事で限界を迎えたのだとか。
『魔法基礎のやつらの魔法なんて、いざというときに役にも立たないんだから自分たちのサポートとして雑用をしろ』
そんな風に言われ、実際に何もさせてもらえなかったらしい。
驚くことに、その授業の担当教師はその行いを黙認したのだ。
さらにその授業にはデイジーも参加していて、そんな風に言い放った生徒がこぞってデイジーの世話をし、デイジーもそれに遠慮するわけでもなく、得意気にこちらを嘲笑していたのだとか。
異常だ。
つい最近まで、魔法基礎の生徒以外も一部の生徒を除いて、デイジーの特別扱いには不満を零していたはず。
カイゼルの言葉を思い出す。『今の空気が急激に変わるようなら危険かもしれない』。彼はそう言っていた。
担当教師の態度にしてもそうだ。学園の教師としてありえない。
危惧していたような事態が、ぞくぞくと起こり始めている。
「エリアナさんは、どう思いますか?」
静かに話を聞いていたオリヴァー先生が、突然私にそう聞いた。
私は知っている。こういう空気は言葉でどう応酬したとしても変わることはない。
変えることができるのは、圧倒的な事実と力のみ。
少し考えて、その問いかけに答える。
「オリヴァー先生、力を貸してくれますか?」
先生は、私の言葉にニヤリと笑った。
私はぐるりと皆に視線を向ける。
「普通クラスと上級クラスの生徒達を、他でもない魔法の実力で出し抜いてやりましょう」
皆は一瞬ぽかんとした顔をして、次の瞬間わっと全員が盛り上がった。
「やりましょう!私は何かされたわけではないですが、大事な友人たちが馬鹿にされて黙ってはいられませんわ!」
サマンサ様も満面の笑みで、胸の前で拳を握って見せる。
「オリヴァー先生やエリアナ様達がいればやれる気がする!」
「私達だってやれるってみせてやりましょう!」
「馬鹿にしたこと後悔させてやろうぜ!」
「どうせ魔法を披露させてももらえないんだ!その間にこっそり力つけて追い抜いてやろう!」
「私もっ!私も頑張ります!」
他の生徒に続き、もちろんメイもやる気満々だ。
「さて、では授業を始めましょう。密度の濃い授業をして、みっちり鍛えていきましょうね」
オリヴァー先生の頼もしい言葉に、皆の闘志が目に見えるようだった。
こうして、私達魔法基礎のクラスの授業は、以降、魔法訓練所のようになったのだった。
******
次の授業に向かうための移動中にカイゼルに会い、魔法基礎の時間の出来事を話した。
カイゼルは申し訳なさそうな顔で静かに呟く。
「ごめん、確かに周りの空気は異常だ。僕にももうどうしようもないくらい全員にそういう空気が蔓延してて……」
「カイゼルのせいじゃないわ。でもその反応を見る限り、やっぱりこれも1度目とは違うのね?」
「うん。確かに魔法基礎の生徒を見下すような雰囲気は毎年あるんだ。だけど、こんなにあからさまに差別するような空気はなかった」
「やっぱり、この状況も異常なのね……」
カイゼルとはクラスも違い、授業が被ることもあまりない。昼休みもジェイド殿下達が一緒だから、こうして情報を共有する機会もなかなかとれなかった。
近いうちに、お兄様とテオドール殿下も交えて1度話をしたいわね……。
「それから、エリアナに話しておきたいことがあるんだけど……」
カイゼルが何かを言おうとしたその時。
「ちょっと!あなたは他の男とそうやって話している余裕なんてないんじゃなくて!?」
怒ったように声を掛けてきたのは、相変わらず殿下をめぐり私を目の敵にしている、ソフィア・ラグリズ侯爵令嬢だった。
一体、なんの話……?
ふとカイゼルを見ると、しまったと言わんばかりに顔を歪めている。
「あれを見なさいよ!あんな小娘に殿下を取られてごらんなさい!許さないわよ!」
わけもわからず、ソフィア様が指し示す方向を見る。
そこには――
「あなたに魅力がないからあんな女がやすやすと殿下に近づくのよ!やっぱりあなたに殿下の婚約者は荷が重かったんじゃなくって?」
いつでも交代して差し上げるわよ!と捨て台詞を残し立ち去っていくソフィア様。
しかしもはや私の視線は目の前に広がる光景にくぎ付けになり、それどころではなかった。
そこには、上目遣いで楽しそうに話しかけるデイジーと、その手をそっと握り優しく微笑みかけるジェイド殿下がいた。
「エリアナごめん……君の耳には先に入れておきたいと思ったんだけど、少し遅かった」
「……いいえ、いいのよ。心配してくれてありがとう」
呆然とした気持ちでカイゼルに返事をしながら、私の頭はなぜか妙に冷静で、ついに始まったかと、そんな風に思っていた。




