お父様とお母様に聞く話
その夜、またいつもの不思議な夢を見た。
『いつもの』とはいえ、今日はなぜか少し様子が違った。
これまでは内容こそ見る度に違うものの、ジェイド殿下と婚約した後の思い出をいくつか辿り、最終的に1度目の終わりのように殿下に冷たく突き放されるシーンになるというパターンだった。
今日の夢は……。
「いーち、にーい、さーん……」
「エリアナ、こっちにおいで!一緒に隠れよう!」
「うん!お兄様待って!」
「ずるい!僕も一緒に連れてってー!」
小さな私やお兄様が他にも数人の子供たちと王宮の庭でかくれんぼをしているようだ。
一緒にいるのは誰だろうか?私とお兄様以外の子供たちの顔はなぜかモヤがかかったように霞んでいて、誰がいるのか分からない。あまり鮮明ではない思い出だが、なんとなくは覚えている。
これは、私が婚約するより前の記憶だ。
小さな頃、城に仕官しているお父様に連れられて、王宮に遊びに行くことがあった。
恐らくこの頃から同年代の子息令嬢は側近候補、またはお妃候補としてたまに招かれていたのだと思う。そうして各々の性格や資質を実際に見ていたのだ。
一緒に遊んでいるのも、そう言った子供たちだったのだろうか。
そうしてしばらくは遊ぶ私たちを見ていた。覚えているようないないような、こんなこともあったのかというようなやりとりをしていたりして、自分の記憶とはいえ見ていて微笑ましい。
ただ、まただ。また何か違和感を覚える。今度は何だろう、何がおかしいんだろう……。
モヤモヤと考え込んでいて、急にひらめきのような考えが浮かんだ。
1人、足りない……?
顔を上げて周りを見渡す。相変わらず顔はモヤがかかったようによく見えない。
誰が誰かも分からず、何人いたのか、誰がいたのかも覚えてはいない。それなのに、どうしてこんな風に思うのか……。
分からないけれど、それでもそれが確かな事実であるかのように頭から離れなくなった。
足りない。1人足りない。
そこで、今日の夢は終わった。寝台の上で、ゆっくりと目を開ける。
はっきりと目が覚め、思わず口に出す。
「足りなかったのは、誰だったんだろう……」
******
リッカに支度をしてもらい、朝食に向かうと、お兄様の他に久しぶりに会うお父様、お母様がいた。
「お父様!お母様!」
驚いて思わず大きな声を出してしまう。
と、そこでなんだかお父様がやけに疲れているのが分かった。
「エリアナ、おはよう。そんな大きな声を出してはしたなくってよ?」
くすくすと笑うお母様に窘められ肩をすくめる。
そんなことより。
「2人とも、最近何をしていたの?ほとんど顔を見ていない気がするけれど」
私の疑問にはげっそりとしたお父様が答えてくれた。
「城が聖女騒ぎで大忙しなんだよ……おかげでゆっくり家に帰ることもできない」
ため息交じりのお父様の手を、困ったように微笑むお母様が労わる様に握った。
「あまりにお父様が忙しいから、私もサポートに動いていたのよ。学園に入学したばかりだったのに放っておくことになってしまってごめんなさいね。あなた、魔法系列になったんでしょう?」
「私のことより、聖女騒ぎってどういうことですか?」
思わず話を遮ってしまう。答えたのはお母様だった。
お父様は不貞腐れたようにむっつりとしている。最近の忙しさの元凶に思いを馳せているのだろう。
「あなたの同級生よね?光魔法の強い適性者が現れたって王都中で話題よ。それでその令嬢が聖女じゃないかって噂が広まり始めたのだけど、あろうことか神殿も王宮もなぜかそれを信じているのよ。最初はただの噂だと笑っていたはずなのにね……なんだか異常だわ」
「私をはじめとした数人がずっと声を上げているんだが、神殿と両陛下がまるで噂を後押しするような動きをするもんだからまあ……」
どうやら、強引に聖女認定させようとする貴族の動きを止めたり、聖女と言われるデイジーのことを調べたりと忙しかったらしい。
「結局、その子は聖女じゃないんですか?」
「分からない……私たちは聖女の証を知らないからね。ただ、通常、聖女は悪しき魔を払うと言われていて、本当に聖女だとしても魔を払った実績がないと聖女だとは認められないはずなんだよ。必要のない権威は軋轢を生むだけだから」
「お父様……詳しいのね」
「誰でも知っている話さ。ただ確かにここ何十年と聖女様が現れるようなことがなかったから情報が廃れて大変でなあ。クライバー子爵の亡くなった奥方の親戚が神殿関係者だったらしくて、彼が随分頑張ってくれた」
「私たちの頃は学園の授業でも教えられるようなことだったわよね?」
クライバー子爵。リューファス様のお父様だ。
思わずお兄様と目を見合わせた。
「なんとか正しい情報を行き渡らせることができて、強引な動きを止められたからこうして帰ってこられたんだ。それでもまだ不満の声が上がるもんだから参ったよ」
これで少しずつでも聖女に対する正しい認識が広まるといいんだが、とお父様は続けた。
確かに、学園入学前に私も家庭教師に教わった。
悪しき魔。長く続く魔物のスタンピードや、突然変異種の強い魔物の誕生、または邪に心を捕らわれた大魔女と呼ばれる存在。もしくは魔王と呼ばれる存在。
これまで聖女様が現れた時代に実際に確認された悪しき魔と言われる存在の例だ。
平和な世ならば聖女は現れないと言われている。人間同士の争いはこれには当てはまらない。
確かに誰でも知っているような話だ。ただ……私も今お父様に改めて聞かされるまで忘れていた。記憶の中のもやがかかった部分から突然知っていたはずの知識が顔を出したような感覚だ。もしかしてこれも、忘れていた大事な何かの内の1つだったのだろうか。
考え込む私を見てお母様が微笑む。
「あなたもランスロットもそろそろ学園へ向かう時間でしょう?またゆっくり話しましょう」
******
学園に向かう馬車の中でお兄様と2人、さっき聞いた話について相談した。
お兄様もやはり、悪しき魔について話を聞くまですっぽりと知識が抜け落ちていたらしい。
「どうしてこんなことを忘れていたのかしら……いえ、これがデイジーの力の影響の1つだとしたら、どうしてお父様達は忘れずにいられたのかしら?」
「分からない。それ以上に私は気になることがある」
「なあに?」
お兄様はずっと眉根に皺を寄せて考え込むような顔をしている。
「その男爵令嬢の問題を別にしても、エリアナが聖女だということは、悪しき魔が訪れるということなんじゃないか?」
その言葉にはっとした。
そうだ。
『聖女の力を持った者が生まれるのは、その力が必要となる時代だけ』
私が聖女の力を持っていると言うことは―――
「男爵令嬢の件と関係あるのかも含めて、急いで調べる必要がありそうだね」
お兄様は私の手が震えていることに気付き、そっと私の手を握りながらそう言った。
1度目に起こったこと。私が聖女であること。デイジーの持つ力。作られた聖女の日記。奇妙な一致の恋愛小説。神殿や王宮の異常。皆が忘れている大事な何か……。
私たちが知っているのは、パズルのピースのようなばらばらのヒントばかり。
その全てが私たちの知りたい何かと関係あるのかどうかも分からない。
ただきっと、お兄様も私と同じように感じている。きっと全て繋がっている。




