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殿下とのデート2

 

 結局、お昼は屋台で軽食を買い、広場に置かれたベンチで摂ることにした。

 こういうのを買い食いと言うらしい。初めてのことでワクワクする。

 パンにソーセージと野菜が挟まり、ソースがかかったものを両手で持ち、そのまま齧り付く。

 なんておいしいのかしら……!


「エリアナ、ちょっとこっち向いて」


「?」


「ほら、ここに付いているよ」


「なっ……!」


 言われるままに顔を向けると、クスクス笑った殿下に口元のソースを拭われてしまった。

 恥ずかしさにぷるぷる震えていると、私たちのすぐ側で人影が激しく動いた。

 小さな男の子が盛大に転んだのだ。


 男の子はみるみるうちに目に涙をためて、ついには大泣きし始めた。


「うわーーん!!!」


「まあ、大変だわ」


 食べていた軽食を包みごと紙ナプキンの上にそっと置き、男の子の方へさっと近寄る。

 目線を合わせるように顔を覗き込み、そのまま抱き起してあげる。膝と手のひらを擦りむいて血が出ていた。


 泣きながらされるがままの男の子をそっと抱きしめて、「大丈夫よ」と背中を撫でて慰める。まずは膝の怪我を治癒した。小さなケガだから、青い炎ではなく基礎魔力で。


「ほら、今度は手のひらを見せてみて」


 男の子はまだ泣いているものの、突然痛みのなくなった膝を不思議そうに見ている。

 そのままおずおずと手をこちらに差し出した。


「いい子ね」


 安心させるように笑いかけながら両方の手の甲を掬い上げるように優しく握り、こちらも治癒した。青い炎の魔法を練習するうちに、どういうわけか基礎魔力を使った魔法も精度が上がっていった。基礎魔力が強くなることはないはずなので、単純に魔力操作が上手くなったおかげかもしれない。


「うわあ、あったかーい」


 男の子はいつの間にか涙も引っ込んでいて、キラキラとした目で怪我の治った自分の手と私を交互に見る。


「これで痛くないね。男の子だから、もう泣いちゃだめよ」


「うん!お姉ちゃんありがとう!」


「あら」


 男の子はしゃがんだままの私に飛びつくように抱き着くと、ちゅっと頬にキスしてくれた。

 なんておませさんで可愛いのかしら。


 そのまま何度もこちらを振り向き手を振りながら走り去っていく。また転んでしまわないかひやひやしながら手を振り返し姿が見えなくなるまで見送ってあげた。どうやらこのへんの子供だったらしい。


 さて、とベンチの方に振り向く。殿下は優しく目を細め、じっとこちらを見つめていた。


「ごめんなさい、食べかけの物を置いたままにしてしまって」


「いや、いいんだよ。エリアナは相変わらず優しいね」


 ジェイド殿下の元へ戻ると、にこりと温かい笑顔で迎えてくれた。

 残りの軽食を食べて、その後は広場の屋台や露店なんかを2人で楽しく見て回った。






 その日1日中、ジェイド殿下と街をデートしていて驚いたのは、街の人々が親し気に殿下に声をかけることだった。

 雑貨を売っているお兄さんも、軽食を売っているおばさんも、広場の噴水の側で絵を描いている男の人も、誰もがまるで友人のように殿下に声をかける。



「おーい兄ちゃん!今日はえらいべっぴんさんを連れてんだなあ!これ、良かったら持って行ってくれよ!」


「ありがとう!お礼にこの店が王都で1番うまい屋台だって宣伝しとくよ!」


「ははは!そりゃいいや!」


 果実ジュースを売っているお店のおじさまは殿下に向かって真っ赤なリンゴを投げ渡してくれた。当たり前のようにそのリンゴを片手で受け取る殿下に少しびっくりする。

 すごく、慣れているわ……。私の知らない殿下の姿だ。



 そんな殿下の姿を、とても誇らしく思う。この人は、こんなにも王都の人たちに愛されている。おそらく街の人たちは自分たちが気さくに声をかけているのがまさかこの国の王子だとは思っていないだろうけど、だからこそ殿下がその人柄で親しまれているのを純粋に感じられて嬉しくなった。



 ――嬉しくなった、はずなのに。



 なぜだか私は、そんな殿下の姿に既視感と胸騒ぎを感じていた。

 そのことに何よりも戸惑いを感じる。なぜ、こんなに幸せな光景を見て、こんな気持ちになるのだろう?

 私は、この光景を知っている?いや、これによく似た光景を見たことがある?

 でも、殿下と街に来るのはこれが初めてだ。初めてのはず……。



『大事なことを忘れている気がする』

 そんな風に言っていたテオドール殿下の言葉を思い出す。

 テオドール殿下やカイゼルがそう感じていたように、やはり、私も何かを忘れている。

 時々なんの脈絡もなく感じる違和感や胸騒ぎの正体は、きっとその『何か』に関係があるに違いない。





「エリアナ、どうしたの?それが気になる?」


 いつの間にか考え込んでしまっていた私は、殿下の言葉に我に返った。

 どうやら本屋で思考の海に沈んだ私は無意識に1冊の本に視線を固定していたらしく、その本が欲しいのかと聞かれているようだ。


「いいえ、なんでもありませんわ」


 にこりと笑って答えると殿下は不思議そうな顔をしていた。

 危ない。せっかくこうやって殿下と一緒に楽しい時間を過ごしているのに、また自分のことで頭がいっぱいになってしまったわ。


 その後もう少し辺りを見て回り、殿下とまた手を繋ぎ、帰りの馬車へ向かった。


「殿下は随分街の皆様に親しまれていましたわね。よくこうしてお忍びでいらしているのですか?」


「リューファスと時々ね。最近は学園も始まってあまり来られていなかったけど」


 リューファス様とジェイド殿下は乳兄弟であり幼馴染だ。聞けば子供のころから2人で度々街へ降りていたのだとか。


「リューファス様のお母様がジェイド様の乳母だったのですよね?」


「そう。リューファスの母でクライバー子爵夫人のコリンヌが私の乳母だった。母上は私を産んだ後、産後の肥立ちが悪く、元々そこまで身体の強い人ではなかったからそのまま体調を崩してしまってね。数年は大事をとっていたから、コリンヌが本当の母のようだった」


 そんな事情もあり、リューファス様とは実兄のテオドール殿下以上に兄弟のように育ったらしい。コリンヌ様やリューファス様の話をするジェイド殿下は、とても優しい顔をしている。


「母が回復するのと入れ替わる様にコリンヌが体調を崩すようになり、数年前に逝ってしまった。今でもコリンヌは大事な家族だと思っているよ」


 コリンヌ様は学園で陛下や王妃様の同級生だったらしく、ずっと仲の良い友人でもあったと聞いた。殿下の婚約者になり、王子妃教育で王宮に上がる際、何度かその姿を見かけたことがある。赤髪赤目の、王妃様とはまた違ったタイプの美人だった。リューファス様は母親似だろう。


 殿下の乳母で、家族のように大事に思うコリンヌ様。私もお話ししてみたかったと思う。

 そんな風に色んな話をしながら、私たちは帰路についた。






「エリアナ、これを」


 邸に着き、殿下にエスコートされ馬車を降りた後、包みを手渡された。


「これは?」


「じっと見つめていたから、興味があるのかと思って。本屋で君が見ていた物なんだけど、今日のお礼に」


「お礼だなんて……お礼を言うのは私の方ですわ。私の方こそ楽しい時間を過ごせて嬉しかったです」


 正直考え事に夢中だったので自分がどんな本を見つめていたか覚えていなかったが、私を喜ばせようとしてくれたのを感じて心が温かくなった。ジェイド殿下は、喜び微笑む私をさっと抱きしめ、額にキスを落として帰っていった。








 夜、殿下にもらった本の包みを開ける。

 包みから顔を覗かせた表紙を見て、思わず手が止まった。

 本屋では気づかなかった。これを、私が見つめていたのか。

 それは、この頃から少しずつ流行し始め、長くその人気が続いたベストセラー。




 私が悪役令嬢と言われるきっかけになった、あの恋愛小説だった。





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