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ジェイド殿下の気持ち

 

 翌日、いつものように学園に登校した私は困惑していた。


「あの……ジェイド様?」


「うん?どうかした?」


 にこにこと笑顔で答える殿下に困惑は深まるばかり。


「いえ、どうしたと言いますか……ジェイド様こそどうなさったんですか?」




 朝。いつものように馬車止めにつき、馬車を降りようとした私の前になぜか満面の笑みを浮かべたジェイド殿下が現れたのだ。驚きのままに差し出された手を取り、そのまま学園内にも関わらず殿下にエスコートされている。こんなことはもちろん初めてだ。


 常にない私と殿下の姿に、すれ違う生徒達が驚きの目で見つめている。中には頬を染め、そっと目を逸らすご令嬢まで。

 なんて……なんて恥ずかしいの……!


 パーティーなどでパートナーとして受けるエスコートとはわけが違う。

 たまらず頬に熱が集まるのを感じていた。



「……ふふっエリー、照れているの?可愛いね」


「ジェイド様……っ!」


 人目があるにも関わらず耳元で甘く囁く殿下にたまらず抗議する。

 しかし当の殿下は全く気にする素振りもなく、私の腰に回した手が緩む気配もない。


 ふと視線を向けた先に目を丸くしてこちらを見るカイゼルを見つけて、とうとう羞恥に顔を上げていられなくなる。

 結局殿下は、そのまま私の教室までエスコートしてくださったのだった。




「おはようございます、エリアナ様。朝から大変仲がよろしいことで……とても目立っていましたわよ」


 恥ずかしさを残したまま席につき、まだ顔を上げられない私に、にこにこと面白そうにサマンサ様が声をかけてくる。


「おはようございますエリアナ様!学園で王子殿下のエスコートなんて素敵ですわね!」


「お2人が並んで歩く姿はまるで絵画のようですわっ」


 サマンサ様に続いてきゃいきゃいと話しかけてくるのは魔法基礎の授業を一緒に受けている数人の男爵令嬢、子爵令嬢たち。魔法基礎の時間に私たちの距離が近づいていることを知らない他の高位貴族の令嬢は、彼女たちが私ににこにこと声をかけているのを驚いたように見ていた。


 皆で私を囲むように話す中、サマンサ様が首を傾げる。


「それにしても殿下はいきなりどうなさったのですか?あんなあからさまなこと今までなさらなかったではありません?」


「それは……私が聞きたいわ……」


 そう、こんなことは1度目を合わせたって初めてである。嫌ではない。嫌なわけではないが、正直困惑が大きすぎるし、何より恥ずかしくてたまらない。


 まさか、これも神殿や両陛下の様子がおかしいのと同じようなことだなんて言わないわよね……?


 あまりのことにそんなことまで考えてしまう始末だ。1度目の時のように冷たくなるならまだしも、こんな風になるとはさすがに本気では思わないけれど。





 おまけに、それで終わりではなかった。


「あのう、エリアナ様……お迎えが来ています」


 昼食の時間になり、控えめにそう教えてくれたメイの言葉に教室のドアの方を見ると、まさかのジェイド殿下がいた。


 そして、放課後もまた、殿下は私を迎えに来てくださったのだった。



 ******



「ジェイド様……」


 放課後、またもや殿下のエスコートを受けながら馬車止めまで歩く。



「ジェイド様!」


 何度か呼び掛けて、校門の近くでやっと殿下は足を止めてくれた。


「どうしたの?」


「今日は、本当にどうされたんですか?いつもとあまりに様子が違います」


「どうしたのか、か……そうだね、どうしてしまったんだろう」


「……?」


 殿下は困ったような笑顔のまま、じっと私を見つめる。


「私はどうしたんだろうね。最近なぜか君がひどく遠く感じる瞬間があるんだ。それが苦しくてたまらない」



 そう言って首を傾げ、寂しそうに笑う殿下にはっとした。

 そんなつもりではなかったけれど、私は自分のことに精いっぱいで、殿下のことをないがしろにしてしまっていたのだろうか……?


 1度目、どんどん私に対して無関心になっていく殿下にひどく寂しく、苦しい思いだった。状況が違うとは言え、それと同じような気持ちを殿下にさせてしまった?

 今の殿下は、1度目の殿下とは違う。だが私は無意識に、1度目の恐怖を今の殿下に重ねていなかったか。最近は昼食を共に摂るくらいで、あまり会話もできていなかったように思う。


「あの、ジェイド様……」


「――それで、考えていたんだけど、今度の休みに一緒に出掛けないか?」


 ジェイド殿下は先ほどまでの寂しそうな表情が嘘のように、ぱっと華やいだ笑顔を浮かべた。思わず戸惑ってしまう。


「お出かけ、ですか?」


「ああ。私は君ともっと一緒に過ごす時間が欲しい」



 頷きながら、今度はあまりに真剣な顔でおっしゃるから、なぜか私はすぐに返事が出来なかった。



 ******




 それからというもの、ジェイド殿下は毎朝馬車を降りる私を迎えに来てくださるようになった。

 さすがに最初のようにベッタリとエスコートをすることは恥ずかしすぎて辞退させてもらったが(ジェイド殿下は不満そうだった)、学園で一緒に過ごす時間は格段に増えている。


 そうして殿下と一緒にいると、時折少し離れた場所からデイジーがじっとこちらを見ていることがあると気が付いた。その視線が私をとらえることはなく、まっすぐにジェイド殿下を追っている。無表情で、ただ真剣に……彼女は今何を思っているのか?


 そんなデイジーの姿を見かけるたびに、よぎるのは例の古い日記だ。


 1度目に起こったことの核心にはいまだ全く迫れていない。

 もしも、あれがデイジー自ら望んで引き起こしたことならば……今回も、同じことを起こそうとするのではないだろうか。



 そんなことばかり考えてしまうからか、ジェイド殿下と過ごす時間が嬉しくもあり、しかし不安を煽り立てる。





 そして。


「ジェイド殿下を振り回して、いい気なものね!ご迷惑だと分からないのかしら」


 すれ違いざまに私に嫌味を言うご令嬢もちらほら。

 特に回数が多いのは1度目にも随分私に色々と言ってくれていた、ソフィア・ラグリズ侯爵令嬢だ。

 彼女には1度目、最後の方には嫌味すら言われなくなっていたから、なんだか場違いにも懐かしく感じてしまう。


 それに、実は彼女は根っから意地の悪い人ではないと知っている。

 1度、彼女の怪我を私が治癒したことがあるのだが、ほんの些細な傷だったにも関わらず、お礼と称して綺麗な花を邸に贈ってくれたこともあった。


 それでも、こんな風に気に病まずいられるのは、やはり私を取り巻く温かい人たちの存在のおかげだろう。そうでなければ、こんなことを考える余裕もなく、また私は委縮してしまっていただろう。全ての人を敵と思って。





 そうして毎日を過ごし、ジェイド殿下と約束した休日はあっという間にやってきた。



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