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作られた聖女の日記

 

 学園でドミニクに手紙を託した後、テオドール殿下と会う機会は次の休日にすぐに作られた。


「急にすまないね、立場上、頼めるのは君くらいしか思いつかなくて」


「いえ、私でよければ喜んでご協力させていただきます」


 護衛や侍女たちの前でそんな会話を繰り広げる。

 ちなみにこれは茶番だ。


「では、君たちは下がっていいよ」


 そう殿下が声をかけると、皆室内から出ていく。もちろん、扉の外にはいるのだろうけれど。

 私たちが今いるのは、テオドール殿下の執務室だ。


「さて、これでゆっくり話ができるね」


 テオドール殿下は私の対面にあるソファに座ると、にこりと笑った。



「今日は私個人の好奇心で君を呼んだことになっているから、そのつもりで」


 殿下は私と2人で話す場を設けるため、私の魔力について利用した。


 高位貴族の令嬢で家系的にも魔法適性を持っているものが少ない中、学園の魔力測定で魔法適性を覚醒し、おまけに魔力操作の授業でどうも他の人とは魔力の質が違うのではないかと話題になった。


 たまたまそれが自分の弟の婚約者だと知り、これ幸いと自分の好奇心のままに『個人的に少し魔力を調べさせてくれないか』と依頼し、秘密裏に呼んだ。


 こんな筋書きだろうか。

 調べさせてもらう以上、秘密は守るという名目の下、こうして2人になることにも成功している。





「それで、聖女の力について、気になる伝承を見つけたとのことでしたが……」


「ああ、まずはこれを見てほしい」


 テオドール殿下は、古びた本を机に置いた。

 随分汚れていて、表紙はざらざらとしている。元の色は若草色だったのだろうか。汚れてしまっていてはっきりとは分からない。


「これは……?」


 テオドール殿下の方を伺うと手に取る様に促されたので、素直に従う。

 少し埃のような、砂のような匂いがする。

 それは、本ではなく日記だった。


 パラパラとページをめくっていく。ところどころ文字がかすれているが、概ね読めそうだ。

 どうやらこの日記の持ち主は、その当時、私と同年代だった貴族令嬢のようだ。

 この日記がどうしたというのだろうか、そう思いながら読み進めていくと、気になる記述が見つかった。





 〇月×日

 やっとここまで来た!聖女選定の最終試験に残れた!

 最近は忙しくてなかなか日記を書く気力がわかなかったけれど、喜びを書き残したいのでできるだけ書こうと思う。もしも聖女になれなかったとしても、この日記がきっといい記念になる。





 聖女選定?最終試験?

 意味が分からず、思わずテオドール殿下を見るが、曖昧に微笑むばかりで何も言わない。

 とにかく『読め』ということだろう。


 ページをめくる。




 〇月△日

 今日の試験で候補から脱落した◇◇様に、親の金で候補の座を買った卑怯者と罵られた。けれど、それの何が悪いのかしら?少なくとも、資質も何もなかったらお金でどうにかなるわけがない。お金は私を見てもらうためのきっかけでしかない。結局は私も聖女に相応しいと認められているから残っているのに、変なことを言うのねと思って気にしなかった。



 〇月□日

 ついに、候補の最後の2人に残った!一緒に候補に残った○○様は最有力候補と言われている人だけど、絶対に負けない。聖女になるのは私よ!



 ×月〇日

 やった!やったわ!私が聖女よ!!!



 ×月×日

 聖女として、初めて王太子殿下とお顔を合わせることができた。なんて素敵な人だろう。

 この人の妃になりたい。私は聖女だから、きっと望めばなれるはず。王太子殿下は婚約間近のご令嬢がいると噂だけど、まだ婚約されているわけではないから、きっと大丈夫。






 そこからしばらくひどく汚れていて読めないページが続く。

 やっとなんとか読めそうなページを見つけるが、そのページも汚れているため時間をかけて文字を追う。

 今までと打って変わってひどく乱れた文字だった。




 △月×日

 どうして?どうして?どうして?どうして?どうして私じゃダメなの?

 私は聖女なのに聖女なのに聖女なのに聖女なのに神殿に訴えても、本物の聖女様でもそこまでのわがままは通せませんよと言われた。これって嫌味?許さない許さない許さない許さない絶対に手に入れる王太子殿下は私の物よ!!!!!!!





 思わず息をのむ。

 これは、なんなの?

 震える指でそのまま読み進める。


 しばらくは同じような内容の乱れた日記が続いた。






 □月△日

 やっと王太子殿下が私のものになった!初めからこうしていればよかったんだわ!王太子殿下は私を愛していると言ってくださった!聖女の力ってなんて素晴らしいの!これで全ては私の望むまま!





 これって……。

 そこで日記は終わっていた。念のためパラパラとページをめくると、最後の方に一瞬何かが書いてあるのが見えた。そのページを開く。


 そこに書いてあったのはたった一言、みみずが這うような走り書き。



『てんばつがくだったというの?』





 呆然とした気持ちで日記をゆっくり閉じると、テオドール殿下がそれを私の手から抜き取った。


「これは、随分長いこと使用していない地下の廃倉庫で埃をかぶっているところを見つけたんだ」


 殿下は日記を大事に抱え、話を続ける。


「それを踏まえて、禁書庫を隅から隅まで調べてみた。すると、大昔の慣習について記載している書物が見つかった」



 王宮の禁書庫。王族以外は入ることができず、他に出すことができない問題のある書物や、重要禁止書物などが保管されている。しかし、あまりにも莫大な量の書物が保管されてあるため、もはや何があるのか全てを把握している者はいないと聞いたことがある。



「聖女の力を持った者が生まれるのは、その力が必要となる時代だけだということは知っているね?」


「はい」


 愛の女神アネロ様のお話とともに、神殿の教えや家庭教師から1番最初に教わる内容だ。


「しかし昔、聖女の力を必要としているにも関わらず、長くその存在が確認されなかった時代があったらしい。そこで、当時の神殿と王族は、人為的に聖女を生み出す術を作り上げた」


 初めて聞く内容に驚く。人為的に聖女様を生み出す?そんなことが可能なのだろうか?

 殿下は、日記を指し示し、


「どうやら彼女がその3代目だったらしい」



 それで、聖女選定……日記にあった『本物の聖女様』の意味も分かった。

 彼女は、人為的に聖女の力を与えられた『作られた聖女様』だったのだ。



「初代と2代目はうまくいったんだろう。それで気が緩んでしまったのか、聖女の選定に貴族同士の欲が絡んだ。そして、色々な思惑の上に選ばれた3代目の彼女は、過ちを犯した」


 過ち。


「当時の王太子殿下のお心を、操った……」


 テオドール殿下は真剣な顔で頷く。


「それから何が起こったのかはまだ分かっていない。しかし、彼女が最後に書いた言葉からも、そのまま幸せにはなれなかったことは明白だな。私はこのままもう少しこのことについて調べようと思う」



 天罰。その言葉を反芻しながら、デイジーを思い出す。

 私が聖女である以上、デイジーは聖女ではない。ただし、その上で特別な力を持っていたのなら、それはこの日記のような、与えられた聖女の力なのではないか?


 やっと彼女の力の正体が少しだけ見えた気がするけれど、それならば今度はどうやってその力を手に入れたのかが問題になってくる。

 恐らく今は存在しないはずの、人為的に聖女の力を手に入れる術。




 この先、今まで知らなかったような深い闇が口を開けて待っているような気がして、言いようのない不安を覚えた。






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