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新入生歓迎パーティー

 

 煌めくエメラルドグリーンを身にまとう。

 改めて見てもため息が出るほど美しい、ジェイド殿下の色のドレス。


 今日は新入生歓迎パーティーが行われる日だ。


「エリアナ……すごく綺麗だ」


 迎えにきてくださったジェイド殿下は蕩けるような笑顔で甘く囁いてくれた。

 私も、思わず顔が緩むのを抑えることなく微笑み返す。


「ありがとうございます、ジェイド様。素敵なドレスのおかげですわ」


 そのまま殿下の手を取り、エスコートを受け馬車へ乗り込んだ。


 殿下はいつものように私の隣に乗り込む。

 ……こうして馬車で殿下の隣に座り、エスコートを受けパーティーに出席するのはいつぶりだろうか。1度目、デイジーが殿下に近づいてからはその権利はいつしか私のものではなくなったから。肩が触れるほどの距離でにこやかに私を見つめる殿下。

 不意に甘えたくなって、その肩にそっと頭を預けた。


「エリアナが甘えてきてくれるなんて珍しいね」


 少し驚いたような顔をした殿下は、次の瞬間には嬉しそうにくすくすと笑った。


「だめでしょうか?」


「まさか。とても嬉しい。いつもそうしてくれてもいいのに」


 いたずらめいた表情に私も笑う。

 ふと、殿下の香水の匂いが私の鼻腔をくすぐった。


「あら?ジェイド様、香水をお変えになったのですか?」


「いいや?どうして?」


「いえ、いつもと匂いが違う気がしたのですが……気のせいでしたわ」


 確かにもう1度嗅いでみてもいつもと同じ匂いだった。気持ちが昂って違うように感じたのかもしれない。なんせ、体感ではこの香りをこの距離で感じるのも随分久しぶりのことだ。

 そう思い至って、今の状況が嬉しくて幸せで、そしてなぜだかとてつもなく寂しかった。

 ……愛しい人の香りを間違うほど、私と殿下の道は違えていたのだわ。





 学園のダンスホールの側まで馬車を付ける。

 殿下に寄り添い会場に入ると、もうほとんどの新入生が集まっているようだった。

 会場中が飾り立てられ、バルコニーの側には料理がずらりと並べられた長いテーブルがある。


「ジェイド殿下、エリアナ様、ごきげんよう」


 会場に入ってすぐ、声をかけてきてくれたのは、リューファス様にエスコートされたサマンサ様だった。


「サマンサ様、ごきげんよう。リューファス様も」


 サマンサ様はリューファス様の色である赤いプリンセスドレスを着ていた。黒い瞳が存分に引き立っていてとても妖艶だ。きっとリューファス様が贈ったものだろう。仲が良くて何よりだ。


「向こうの方にメイもいましたわよ。ダンスが終わった後に声をかけてあげてはどうですか」


 にこにこと教えてくれるサマンサ様。

 メイは同じく特待生の男子生徒にエスコートしてもらえることになったと言っていた。


「ありがとう、後ほど3人でゆっくりお話ししましょう」


「ええ!お2人のファーストダンスも楽しみですわ」


 新入生の中で一番身分が高いのはもちろん王族であるジェイド殿下だ。私たちが1番初めに踊ることになる。


 殿下とリューファス様の会話が一段落するのを待って、2人と別れた。



 ファーストダンスが始まる前に、パーティーを主催してくださった生徒会からの挨拶が入る。生徒会長はテオドール殿下だ。学園は平等を謳っているとはいえ言わば小さな社交界だ。王族在籍中は、将来の統治の予行練習も兼ね生徒会長を務めるのが慣習だった。

 テオドール殿下卒業後はジェイド殿下が会長に就任することになる。


 テオドール殿下の挨拶をぼーっとする頭で聞いていた。

 最近もはや癖になってしまっている『1度目は』の考え。1度目の今日のことがどうもモヤがかかったようにあまり思い出せないのだ。体感では約3年前とは言え、こんなにも具体的なことを何も思い出せないなんてあるだろうか。


 そんな風に考え事をしている間に、ファーストダンスの時間になる。楽団の演奏が始まった。


「美しい姫、私と踊っていただけますか」


 そんなセリフをいたずらめかして言いながら、ジェイド殿下がダンスの申し込みをしてくださる。


「もちろん、よろこんでお受けしますわ、王子様」


 にっこり笑って差し出された手を取った。


 ジェイド殿下にそっと体を預け、ドレスを翻す。

 エメラルドグリーンがふわふわと揺れるたびにシャンデリアの光が煌めき、周りの生徒がほうっと感嘆の息を吐くのが聞こえた。


「ふふっ」


「どうされましたか?」


「みんなが美しい君に見惚れているなと思って」


「まあ、そんな……」


 至近距離で熱のこもった視線を向けられ顔が熱くなってしまう。


「ほら、こっちを向いて。楽しく踊ろう」


 にこにこと嬉しそうな殿下の顔を必死で見つめる。

 1度意識してしまうと、なんだか羞恥に顔を逸らしてしまいたくて仕方ない……。


 ふと、先ほど壇上で挨拶していたテオドール殿下を思い出す。

 テオドール殿下とジェイド殿下は、さすがご兄弟だけあってよく似ている。

 黒髪に金色の瞳のテオドール殿下に対し、金髪に翡翠色の瞳のジェイド殿下。

 色彩こそ全く違うが、よく見ると微笑んだ顔が湛える甘やかな色気などはそっくりだ。


 そんな風にあえて色々と考えを巡らせながら、なんとかダンスを終えた。





 その後、殿下が他の女子生徒のダンスの相手をしている間、私は壁の花になっていた。


「きゃっ!」

 小さな悲鳴はすぐ近くから聞こえてきた。


 そこには、上から睨みつける気の強そうなご令嬢と、ホールの床に蹲る様に引き倒されたデイジーがいた。


「あら、ごめんなさい、わたくしったらあまりにみすぼらしい者は無意識に視界に入らないようになっているみたいなの」


「……いえ」


 デイジーを引き倒したと思われるご令嬢は、侮蔑を込めた表情で笑いながら去っていく。

 その場に放置されたデイジーは悔しそうに唇を噛み、羞恥に耐えているように見えた。


「どうかお立ちになって」

 思わず近寄り、手を差し伸べる。


「!エリアナ様……」


 差し出された手に驚きながら、潤んだ瞳で私を見つめるデイジー。


「さあ、いつまでもそうしていたらドレスが汚れてしまうわ」


「あっ……申し訳ありません」


 目を伏せ、私の手を取り、ゆっくりと立ち上がるデイジー。


「パートナーの方は?」


「同じクラスの男爵家の方にエスコートしていただいたのですけど、エスコートだけの約束だったので……」


「そう……」


 つまり、会場入りした後は知らないとばかりに別行動になったのだ。

 エスコート必須のパーティーには、こういうことはままある。


「今日お召しのドレスはどうなさったの?」


 デイジーは柔らかい茶髪と愛らしい桃色の瞳にとてもよく似合うアイスブルーのドレスを着ていた。


「これは、学園入学前に父が仕立ててくださったのです」


 デイジーの父、ナエラス男爵。

 今起こっている1度目との変化や神殿異変を調べるためには、彼のことも知る必要があるかもしれない。


「そう、素敵なドレスね。あなたに良く似合っているわ」


「!!ありがとうございますっ」


 デイジーは花がほころんだように笑った。



 その後は、合流してきたメイと、リューファスとのダンスを終えたサマンサ様と会場の隅でゆったりと話しながら過ごした。メイは平民だということもあり、ダンスは踊れないらしい。授業で踊ることになるのを憂鬱そうにしている姿が可愛らしかった。



 ふと思う。色々と考えなければならないことは多いものの、私は今日も幸せだ。


 ただ……幸せであればある程、不安に襲われるのだ。まるでその幸せがただのまやかしのような、今いる場所が自分の居場所ではないような、そんな不安に。

 1度目の記憶はそれほどまでに、強い呪縛となって私の心を縛っているのだろう。



 遠くで数人のご令嬢と笑顔で談笑しているデイジーを視界の端に捉えながら、そんなことを思っていた。





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