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また助けてくださいますか

 

「テオドール殿下と話したわ」


 私は学園でカイゼルを見つけるなり彼を捕まえて空き教室に隠れた。

 テオドール殿下との話を伝えたかったのだ。


「殿下はなんて?」

 カイゼルも顔を引き締める。


「殿下は2度目であることに気づいていた。でも1度目のことはほとんど何も覚えていないみたい」


「そうなのか?」


「何か大事なことを忘れている気がするって言っていたわ」


 殿下と話した内容をカイゼルに伝えた。

 殿下は、私が1度目に起こったことの理由を明らかにしたいことと、2度目も何か起こるならば同じようにならないよう抗いたいことを話すと、自分の方でも聖女について調べてくれると約束してくれた。


 カイゼルは顎に手をやり考え込む。

 ……最近カイゼルの真剣に考え込む姿ばかり見ている気がするわね。


「僕も……」


「え?」


「僕も、何か違和感や、胸騒ぎを感じる時がある。……僕も何かを忘れているんだろうか」


 やはりカイゼルも、何かを忘れている?


「あなたは全て覚えているんじゃなかったの?」


「自分でもそう思ってた。でも今の話を聞いて、確信が持てなくなった。忘れていることも忘れているのかもしれない」


 頭がこんがらがりそうな話だ。


「とにかく、やはり聖女のことを調べる必要があるね」


「そうね。……とりあえず、次の休みに大神殿に行ってみようと思う。運が良ければ大神官様にお話を聞けるかも」


「僕も一緒に行く」


 2人で頷きあって、空き教室を出る。そのまま別々の方向に進んだ。

 巻き戻りに関する話は他の人に聞かれるわけにはいかない。だが、長く2人きりでいるところもあまり見られるわけにはいかないのだ。カイゼルには婚約者はいないけれど、私はジェイド殿下の婚約者。あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれない。長く2人で話す時間はなかった。


 ……ジェイド殿下にすべて話して、一緒に相談できれば一番いいのだ。

 分かっているが、正直何もかもを打ち明ける勇気は出なかった。


 信じてもらえなかったら?頭がおかしいと思われたら?カイゼルやテオドール殿下が口添えしてくれるとしても、「あなたのせいでこんな目にあいました」なんて話、気分を悪くされてしまうかもしれない。


 ジェイド殿下は優しい方だ。本当はそんなことないだろうとも分かっている。でも、この話を打ち明けることを想像すると、なぜかどうしても1度目の最後の時のような冷たい目を思い出してしまうのだ。……私が話すことで、1度目を思い出したとしたら?

 その時、私を嫌悪する気持ちまでも思い出してしまったら?今と変わらず私を愛してくださる保証はどこにもない。

 そんなことを考えてしまうのだった。結局、私はただの弱虫だ。


「人を信じることがこんなに難しいだなんて知らなかったわ……」


 誰に聞かせるでもなく呟いて、私は教室に向かった。





 ******



 教室へ向かう途中の渡り廊下で、どこからか聞こえてきた不穏な声に私は足を止めた。



「ちょっと適性魔法の力が強いからって、調子に乗っているんじゃありませんの?」


「そ、そんな……私はっ」


「まあぁ!!男爵令嬢風情が口答えなさるなんて!流石、才能がおありの方は自信があって羨ましいですわ!!」


「……」


「なんとか言ったらどうなの?それとも、答える価値もないというのかしら?」



 なんて理不尽な。

 渡り廊下の向こうにある裏庭で繰り広げられているらしい陰湿なやり取りが耳に入り、そんなことを思う。答えれば口答え、答えなくても文句を言われる。本当に程度の低い……。


 1度目の時に理不尽な侮蔑と嫌味を受け続けてきたことを思い出し、怒りでぶるりと体が震えた。前は言われるばかりで言い返すこともできず、じっと耐えるしかなかった。自分のことで精いっぱいで、周りに目を向けることもなかった私。知らないだけでこういうことはたくさん起こっていたのかもしれない。

 でも、やり直したからには好きにはさせない。少なくとも私の目の届く場所で、こういう横暴は許さない。




「とても楽しそうね?どんな遊びをなさっているの?」

 足を踏み出し、なるべく厭味ったらしく見えるような笑顔を浮かべて言った。


 途端、1人を囲んでいた数人の令嬢達がはっと振り向き、顔を青くする。

 殿下との仲がこじれていない今、やはり王子の婚約者という肩書は強いらしい。


「し、失礼いたします」


 ご令嬢方は言い訳のように何事か言いながら、それでも私がじっと見つめるとさっと逃げていった。


 やれやれとその後ろ姿を見送っていると、か細い声が聞こえてくる。

 声を発したのは囲まれていたご令嬢。



「あの……ありがとうございました」



 さっと心が冷えるのを感じた。

 そこにいたのは、デイジーだったのだ。



「い、いいえ。大丈夫だったかしら?ケガはない?」

 引きつるのを感じながらも必死に笑顔を浮かべる。


 デイジーは満面の笑みを返してくれた。


「はい!なんともありません。エリアナ様が……助けてくださったおかげで」


 その屈託のない笑顔と心からの言葉にどきりとする。

 そうだ、この先がどうなるか分からないにしても、今のデイジーは私とのわだかまりも何もない、ただの1人の女子生徒なのだ。


 詰めていた息を吐き、肩の力を抜く。


「また何かあったら、いつでも相談してください。私、あんな卑怯なこと……許せないの」


 本心から言ったのだが、デイジーは目をぱちくりとさせた。


「それでは、私はもう行きます。お気をつけてね」


「あ……エリアナ様!」


 立ち去ろうとした私の後ろからデイジーが大きな声を出す。

 振り向くと、デイジーはもう一度嬉しそうに笑った。


「助けてくださって、本当にありがとうございました!――どうしようもない時には、また、私を、助けてくださいますか?」


「……?もちろん、私の目の届く範囲であれば、あなたを助けると約束するわ」


「ありがとうございます!」


 ぺこりと1度、深く頭を下げ、彼女は私とは別の方向へ走り去っていった。


「……最後の、なんだったのかしら」



『助けてくださいますか』

 そう言った彼女の顔が、一瞬ものすごく寂しそうに見えて、しばらく頭から離れなかった。



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