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友人と思ってもいいだろうか

 

 学園生活の滑り出しは順調だ。


「エリアナ様、選択授業はどれになさいましたか?迷っている枠があるので、良ければエリアナ様と合わせてもよろしいかしら……」


 彼女はリューファス様の婚約者、サマンサ・ドーゼス伯爵令嬢。

 神秘的なチャコールグレーの豊かな巻髪と、吸い込まれそうな黒い瞳が印象的な美女だ。

 赤髪赤目のいかにも騎士然とした美丈夫であるリューファス様と、とてもお似合いだと思う。

 リューファス様に婚約者が同じクラスだと聞いた昼食のすぐ後に声をかけてくれ、こうして話すようになった。


「エリアナ様!サマンサ様!私もっ、私もご一緒したいですっ!!」



 飛びついてきそうな勢いでそう必死で訴えてくるのはメイ。彼女ともあれ以来仲良くしていた。


 平民であるメイが、侯爵令嬢であり第二王子の婚約者である私と親しくしていることを良く思っていない者も中にはいるようだが、表立って何かを言って来る者はいない。これが淑女科ならそうはいかなかったかもしれないが、ここは魔法系列なのだ。改めて、前回とは違う場所にいるのだと実感する。


 実は1度目、友人らしい友人のいなかった私。淑女科は良家に嫁ぐための花嫁修業のために通う者も多くいて、そういう女性同士の仲は常に殺伐としていた。

 もちろんそうでない人達もたくさんいたが、どちらにせよ私は将来の王子妃として少し遠巻きにされていたように思う。


 特に、ジェイド殿下に憧れ、その婚約者である私を気に入らないとばかりに会う度嫌味を言ってくるような令嬢も何人かいて、彼女たちに隙を見せてはならないと私は気を張っていた。


 そんな私に、殿下が「自分がついているから、あまり無理をしないで」と言ってくれたのはいつだったか……。


 デイジーとジェイド殿下の仲が周囲に知られるようになってしまった頃には、私への視線は憐れみと嘲笑、侮蔑で溢れ、私自身も随分頑なになってしまっていた。私の性格上、取り巻きと呼ばれるような人もいなかったし、私に友人を作るのは無理なのだと思っていた。





 ――友人と、思ってもいいだろうか……。


 私を囲んでわいわいと話すサマンサ様とメイを見ながらそんなことを思う。

 恥ずかしいので口に出すことはできないが、2人もそんな風に思ってくれているといい。



 今週はオリエンテーションの意味合いが大きい。本格的に授業が始まるのは新入生歓迎パーティーが終わった来週からだ。それまでに必修以外の授業を選択し、教師に提出、承認を得るのだ。途中で変更もできなくはないが、授業自体が進んでしまうためあまり勧められない。



「私も、急に魔法適性ありと分かって戸惑っているの。魔法基礎から始めることになるし、2人と一緒に授業を受けられたら心強いわ」


 私がそう言うと、サマンサ様とメイは嬉しそうに笑って授業をどれにするか相談し始めた。


「魔法基礎は3人で受けられそうですわね。私ずっと土属性の勉強はしてきたのですが、まさか水属性も適性があるとは思いませんでした」


 遠い目をしてサマンサ様が呟く。


 サマンサ様は2属性の適性持ちだった。今回の魔力測定で初めて分かったらしい。

 属性が増えると魔力の扱い方のコツも変わってくる。そのため、家庭教師に魔法を学んできたサマンサ様も、念のためと基礎から授業を受けることにしたようだ。


 魔法系列のメインである魔法の授業はさらに基礎、普通、上級の3つに分かれることになる。

 魔法基礎の授業をとると、この1年間の大半の魔法の授業はこのクラスで受けることになるのだ。基礎を学ぶ必要のある生徒は、他のクラスとの実力差がどうしてもついてしまうからだ。


 魔法は基礎が大事。1年間真面目に頑張れば、2年生になってから挽回することもできる。

 サマンサ様は本来ならば魔法基礎の授業をとらなくとも問題はない。基礎のクラスは普通クラスや上級クラスの生徒から馬鹿にされることもあるから、できるだけ選ばないようにする人が多い。

 そんな中で、自分のためにと迷わず基礎クラスを選んだサマンサ様をとても眩しく感じる。



 そして……きっと、この授業はデイジーも選択することだろう。やはり、デイジーの存在は私にとって大きい。この2人が側にいてくれるのは本当に心強いと思う。




「では、こちらとこれと……私はこの授業も受けたいわ。それでも空く時間があるから、メイと一緒に錬金術系の授業をとりませんか?せっかくだし、色んな知識を学びたいと思うの」


 私の提案にサマンサ様も賛成し、メイは大喜びだ。



 王子妃教育は入学までにほとんど終えているし、誰も知らないとは言え私にとってこれは2度目。1度目の淑女科での学びもきっちり覚えている。出来れば今回は今までと違う知識をたくさん吸収したい。


 ……今の穏やかな日々が、いつ失われるとも分からないのだ。これから調べなければならないことも多い。このまま何も起こらない保証だってない。その時に何が必要になるか分からない今、できることは多いほうがいいだろう。



 メイやサマンサ様と、1度目にも親しくなっていたらあの辛い日々も少しは違っていただろうか。ふとそんな風に思う。私は最近、すぐに「たられば」の話を考えてしまう。今が穏やかで幸せを感じるほど、どうしても思い出すのは苦しかった時間のこと。これはもう止められないと思う。ふとした時にどうしてもよぎるのだ。忘れられるはずもない記憶。


 メイは1度目、誰と親しくなり、どんな学園生活を送っただろう。周りはほとんどが貴族だし、このクラスには他の特待生もいない。楽しい学園生活を送れていただろうか。


 1度目の時、リューファス様もエドウィン様もデイジーに夢中だった。私の知らないサマンサ様は、そんなリューファス様を見てどんな気持ちでいただろう。当時の私は自分のことばかりで余裕がなく、そんなこと考えもしなかった。


 悲しむサマンサ様の姿を思わず想像し、1度目のようにはさせないと決意を新たにした。



 ******



 邸に帰って夕方、ジェイド殿下から新入生パーティー用のドレスが届けられた。

 エメラルドグリーンの煌めく生地が美しいAラインドレス。ところどころに金のレースがあしらわれている。これもまたジェイド殿下の色。

 でも――。



「また、違う」



 先週贈られたネックレスと同様、1度目と違うものだった。

 前は、確か黄色のドレスではなかったか。

 それに、このドレスもすごく素敵で美しいドレスではあるのだけど……


「殿下がデイジーに贈っていたドレスに、よく似ている……」


 彼女が卒業パーティーで身に着けていたものがどうしてもよぎってしまう。

 もちろん、全く同じわけではないし、素材や刺繍も違う。あの時彼女が着ていたものにはレースだってなかった気がする。そんな風に、記憶の中のドレスとの違いを必死に探してしまう。


 それでも、似ていると思ってしまう。



 こんなに素敵なドレスを贈っていただいているのに、2度目の今としてはまだ起こってもいないことを思い素直に喜べない自分に、殿下に対して申し訳なさすら感じる。



 だがやはり、胸のモヤモヤを誤魔化す方法が、今の私にはどうしてもわからなかった。




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