テンプレなろう作者は霧の中で迷子になる ~悪役令嬢と聖女が私を取り合っている~
どうも、悪役令嬢ものが大好きなテンプレ作者にございます。
さて、突然ではありますが。
なろう作者のみなさんは「小説家になろうで好きな小説は何?」と聞かれて、心に何を浮かべるだろうか?
きっと、熱いものを持っている作者さんなら、心の中に「これだ!」という作品があると思う。
私にもある。
私は、悪役令嬢ものが好きだ。
悪役令嬢が好きなのではない。
乙女ゲームの世界に転生して、いずれ訪れるバッドエンドを回避するという「悪役令嬢もの」が好きなのだ。
待ち受ける運命を改変するメタフィクション的な面白さ、そしてジャンルが持つポテンシャルの広さ。
あのジャンルを最初に読んだときの、トキメキ・ワクワク感が忘れられない。
私は悪役令嬢ものに魅せられた。
――だから私は書きたい
まだ見ぬ最強の悪役令嬢ものを。
◇◆◇◆◇
さて、なろう作者のみなさんは「小説家になろうで好きなものは何?」と聞かれたら、心に何を浮かべるだろうか?
ぽいんっ!
ブックマークが付けられた音が聞こえる。
私は作品の評価を思い浮かべるだろう。
ブックマークは良いぞ、多幸感をもたらしてくれる。
総合評価も素晴らしいぞ。
★1でも★5でも、たしかに読者が存在した証となっている。
感想なんか貰った日には、飛び上がって喜んでしまうだろう。
閲覧数が伸びているのを見るとニッコニコだ。
――だから私は書きたい
評価が伸びる作品を。
ランキングが伸び、多くの読者さんに受け入れられる作品を。
なろうテンプレートと呼ばれる作品を。
――あれ?
◇◆◇◆◇
ここはどこだろうか?
ここは深い深い霧の中。
何も分からず、私は彷徨い歩く。
向かっている方が方角は理解している。
目的地は分からない。
ポンコツになってしまった心のコンパス。
グルグルと回転するだけの役立たずのそれを大事に抱えて。
何も見えない場所を歩き続ける。
「あのころを思い出して――?」
声がした。
悪役令嬢が、私に囁きかける。
囁きかけ、私の手を取り歩き出そうとする。
何かを思い出させようとするように。
私の手を引っ張り歩き出そうとするが――
「そっちはだめだ。とりあえず婚約破棄しないと――」
あれほど好きだった悪役令嬢――しかし、私はその手を振りほどく。
きっぱりと拒絶してしまう。
ぽいんっ!
彼女の言葉は、もう私には届かなかった。
うわごとのように呟く。
多くの読者がいるのは、そちらの【破滅フラグ回避の島】ではないのだ。
私は悪役令嬢の手を掴み、強引に引きずるように【婚約破棄の島】へと歩き始める。
ついでにヒロインの手も引っ張る。
彼女は私の意を汲んでくれるのだ。
私はうなずく。
私の心の地図に【ヒロインざまぁ島】が追加された瞬間であった。
ぽいんっ! ぽいんっ!
人がいっぱいいる。
ここは暖かい。
そうしてもたらされた「ぽいんっ!」は、やはり私に多幸感をもたらしてくれる。
何も目指していたのか。
どこに向かおうとしていたのか。
残されたのは ぽいんっ! の快感のみ。
――この道が続く先を知る者は、誰もいない。
◇◆◇◆◇
黒船がやってきた。
α警察と呼ばれる大陸からの刺客、巨大な戦艦だ。
わらわらと人が降りてくる。
清楚なドレス。
神に捧げる祈りを携えて。
――聖女だ
彼女はこちらを見ると、にっこりと微笑みかける。
「こっちよ」
私が案内されたのは【聖女追放の島】。
ぽいんっ!
そこは楽園。
風を感じる、大きなうねりだ。
これまでのすべてを過去にするような、新時代を感じさせるもの。
神はそこにいたのか。
α警察大陸という未知の理に触れ。
鎖国なぞ出来るはずもなかった。
◇◆◇◆◇
あちらは暖かい。
すべてを忘れて、指し伸ばされた聖女の手を掴む。
反対側の手を悪役令嬢が掴む。
ガッチリと。
首を横に振りながら。
ああ、彼女は何を訴えようとしているのだろう。
そちらには、もう何も残されていないのに。
私の目には、聖女しか映らない。
早く、この聖女を追放したくてたまらないのだ。
悪役令嬢と聖女が私を取り合っている。
ぽいんっ! ぽいんっ! ぽいんっ!
さようなら、悪役令嬢。
私の目には、聖女しか入らない。
その態度に悪役令嬢は諦めたように俯くと
ゴキュッと
私の右腕を引っこ抜いた。
激しい痛みが私を貫く。
しかし、私は安堵していた。
その右腕は勝手に動くからな。
放っておいても、好きなものを書き散らかすからな。
いなくなってスッキリしたね。
悪役令嬢は、私の右腕を大切に抱きしめる。
【破滅フラグ回避の島】にホクホクと帰っていったのです。
これまで見せたこともない晴れ晴れとした笑顔で。
なんの心残りもないと。
こちらを一切見ることもなく。
「行きましょう?」
私の左手を取る聖女に、私は頷こうとしました。
いいえ、聖女は私を見ていますが、私を見ていません。
私の左腕だけを見ているようです。
ゴキュッと
聖女は、私の左腕を引っこ抜いた。
激しい痛みが私を貫く。
しかし、私は安堵していた。
その左腕は勝手に動くからな。
放っておいても、ランキングに入るためだけの文字列を生み出すからな。
いなくなってスッキリしたね。
聖女は、左腕をα警察島に持って帰ることにしたようです。
なんの心残りもないと。
こちらを一切見ることもなく。
――こうして、霧の中には両腕を失ったテンプレ作者の胴体のみが取り残されたのでした
◇◆◇◆◇
……なんだ、今の夢は?
私は、パソコンの前でWordを立ち上げる。
視界に入ったのは、夢にまで見たα警察のランキング。
メモ帳には「聖女追放」とだけ残されている。
――書きたいな、聖女追放もの
流行りジャンルは面白い。
サクッとざまぁ、最高ではないか。
流行りのジャンルは、面白いからこそ流行っているのだ!
ぽいんっ!
書いてみれば天国。
それもとても楽しいことだ。
ぽいんっ! ぽいんっ! ぽいんっ!
読者の読みたがっているものを書く。
テンプレは読者が読みたがっているものが明確に反映されたもののはずで。
その期待に応えることはどうしようもなく正しい。
――あのころを思い出して――?
悪役令嬢の声が聞こえた気がした。
もはや実態はない。
私を作者の道に引きずり込んでいれた、元祖・悪役令嬢だ。
「……たまには悪くないか」
このサイトは自由だ。
とにかく読者の満足度を上げる方向に舵をきっても良いし。
テンプレと自分の好みをすり合わせる努力をするのも良い。
何も気にせずただただ好きなものを書いても良い。
取り戻そう、あのころの無邪気な心を――
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
「書きたいもの」と「評価」の間で、揺れ動く方はいるんじゃないかなと思ったので変なものを書いてみました。特にテンプレを書いたことがある人こそ、より評価の差で苦しむことは多いんじゃないかなとか思ったり。
まあ、正解なんてないのでしょう。
好きにやっていきましょう。
もし少しでも面白いと思ってくださった方がいれば、ブクマ・評価くださると幸いです。