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後編

「吉岡さん! あ、あの、あの…………」

『ねぇ、花菜ちゃん。麻友、嫌われてるのかな?』

 泣き叫んだせいで声は嗄れて、まだ声は震えていて、意識なんてないような、普段の吉岡さんが消えてしまったような、深い暗闇から呼び掛けてくるような声。


『麻友ね? 大学ではみんなと仲良くなれる麻友になりたかったの。でも男の人はみんな怖くて、女の子と仲良くなりたくてもみんなから嫌な顔されて、でも頑張りたくて、やっと今の麻友になれたのに、ねぇ、花菜ちゃん……っ、花菜ちゃん答えてよ……、っ、うっ、』

 怖くなってくる。

 やめてよ、そんな声聞かせないでよ。

 わたしは、わたしと違うあなたのことが嫌いだったのに。わたしとは違う世界を生きているみたいで、わたしなんて足下にも及ばないような存在のくせしてわたしなんかに見向きしてくるような、気持ちの悪い、腹立たしいあなたでいてよ。


 そんなあなただから、嫌っていられたのに。

 そんなあなたなら、心から嘲笑えたのに。

 そんなあなただから、眩しかったのに。

 ねぇ、やめてよ、やめてよ。


「今、どこ?」

 自分の喉から出ていたのは意外な言葉で。指定された通りの住所にまで向かっていて、そこで無惨な姿になった吉岡さんを見つけて。

「うっ、…………った、」

「吉岡さん……」

「こわ……、きたなくて……、っ、うぅぅ、」

 魂が抜けたような吉岡さんを、わたしは抱き締めずにはいられなかった。何が付こうが、構わない。どれだけ汚れていても、きっと構わなかった。

 わたしの肩で泣きじゃくり始めた吉岡さんの声は、今までで1番悲痛で、1番苦しくなるのに、1番気持ちよくて。

 あぁ、今なら。

 今なら、平気。


 今の吉岡さんなら、きっと好きでいられる。


  * * * * * * *


 その後、『まんまみあーの』は解散してどこかへ消えていて、吉岡さんの動画チャンネルは当然のことながら運営からアカウント停止処分を下されていた。

 といっても、もう吉岡さんには関係のないことだったけれど。


「ねぇ、花菜ちゃん」

「どうしたの、麻友?」


 誰かといないと眠れないという吉岡さんに付き添って寝ていたベッドから起き上がる。ただそれだけのことなのに、吉岡さんは不安そうな顔をわたしに向けて、すがり付いてくる。

 あのことがあってから、吉岡さんの周りには誰もいなくなった。

 吉岡さんが配信中にレイプされた事件は、思いの外大学でも知られていたらしい。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにみんなが彼女を避け始め、最初は今まで通りに振る舞おうとしていた吉岡さんの心は、完全に折れてしまったらしい。大学を辞め、そのことを知った家族と大喧嘩をした挙げ句に家を飛び出した……そう電話してきた彼女を家に上げるのに、何故か躊躇なんてなかった。

 家に上げた彼女は、面白いようにわたしに依存した。きっと、前から彼女のなかでわたしは特別な存在になっていたのかもしれない。それこそ、あんなことをされながらも名前を呼んでしまうくらいに。

 そのうえみんなから避けられて、家もなくして。

 だけど、わたしだけは傍にいられそうな気がいた。

 あぁ、今なら。


 すがりついてきた吉岡さんを、そっと抱き締めた。

 砂塵の彼方へ消えた、かつての彼女を偲びながら。


 こぼれた砂時計は戻らないのはわかっているけど。

 ねぇ、もしかしたら、わたしが嫌い(すき)だったのは……。

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