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前編

「かーなーちゃーん♪」

「ん?」

「一緒に帰ろ♪」

「うん、帰ろっか」

 飲んだばかりのミルクティーをその場に戻してしまいそうなくらいギトギト甘い声を聞き流しながら、私は彼女――吉岡(よしおか)麻友(まゆ)さんと並んで歩きだした。


 吉岡さんは、とても可愛い。

 服装も今の流行りを押さえたコーデで完璧に整っているし、仕草もいちいちあざと可愛い。目鼻立ちも整っていて、パーツ的には『きれい』の方がしっくりくるはずなのに、本人の(まと)う緩くてふわっとした空気感のお陰で『可愛い』のイメージがぴったりな女の子だった。

 そんなことを言うと決まって、「えぇー、花菜(かな)ちゃんかっこいいからいいじゃん! いっつもクールな感じで、麻友は大好きだよ♪」と、これまた可愛らしい笑顔で言ってくる。


 可愛くて、明るくて、たぶん優しい。

 けど、そんな彼女といると、時々息が詰まる。


『あっ、吉岡さんだ! 可愛い~』

『人形みたいだね』

『隣の人と並ぶとなんか姉妹みたいじゃない?』

『ははは、似てないし』


 少なからずいるのだ、わたしが常に隣にいるのを見て、比べて批評したがる輩というのが。好奇の目に晒されるのもごめんだったし、そのうちにだんだん彼女の魂胆もわかってきた。

 きっと彼女は、わたしという比較対照を手元に置いておきたいのだ、と。そうわかっても、彼女の誘いをいつも断れない。彼女が毎回甘ったるくて、自分の誘いは受け入れられて当たり前っていうような笑顔を向けてくるのが嫌なのに、逆らえない。


「でね? 麻友これから動画作ってみようと思ってるんだ~」

「え、え? なんで、だっけ?」

 なにか考え事をしている最中にだいぶ話が飛んでいたらしい。吉岡さんは「えー、聞いてなかったのー?」と口を尖らせていたけど、それは自分が原因なんだよ。

「なんで動画作りたいの?」

「んっとね? 前にぺーがやっててね、すっごい可愛かったから、麻友もやってみたくなったんだよねー」

 案の定というか、流行りに乗っただけらしい。

 確かに最近、吉岡さんが『ぺー』と呼ぶオネエ系肉体派モデルが動画配信サイトで自分のチャンネルを作って、その日のうちにチャンネル登録者数が6桁いったとかネットニュースで話題になっていた気がする。どうやら彼女は、その真似をしたかったようだ。

「でねっ、どんな動画がいいのかなって! 麻友そういうの考えるの苦手だからさぁ~」

 ……自分のことなのにそんな丸投げでいいわけ?

 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、「なにかにチャレンジしてみるとかいいんじゃない?」とだけ言ってみることにした。


「あー、そっか! 花菜ちゃんすごいね!」

 そんな適当なアドバイスにも目をキラキラさせている彼女がやっぱり嫌だ……そう思いながらも、「ありがとっ♪ お礼したいからさ、近くのスタビ行こ!?」という誘いを断れずに、今日もわたしは、大学近くのカフェに寄ることになる。

 そのときは、思いもしなかった――彼女への、半ばうんざりした気持ちが、変わるなんて。


  * * * * * * *


 吉岡さんは、『MamayuChannel』というチャンネルを開設して、『ままゆ』という名前でいろいろな企画動画を上げ始めた。最初こそわたしが考えた無難な企画で少しずつ再生数を稼いでいたけれど、途中からリスナーのリクエストにも答えた企画をやるようになった。

 どれも、決して面白い内容ではなかった。元々後追いで始めただけの吉岡さんにその辺りの心得なんてあるわけなくて、それに見せ方のセンスとかもあるわけではなかった。だから何がよかったのか、わたしにはよくわからなかった。


 だけど、やっぱり可愛い子は得をする、ということなのだろうか――『かわいい!』というコメントが大半ながらも徐々に再生数を伸ばしていたし、更にリスナーのリクエストに対しては、度を越したようなものにまでちゃんと答えている姿が受けたらしい。


『ままゆちゃんかわいい!』

『素直過ぎて草』

『スタンディングオベーション!』

『草』


 どんどん、そういう(・・・・)方面に煽るようなリクエストが多くなって、嫌らしいコメントも増えて。さすがの吉岡さんでも気付いてるんじゃないかと思うようなものばかり。

 だから、1度声をかけた。

 というのも、吉岡さんは毎回わたしに感想を尋ねてくるのだ。時には動画のなかでも『この動画は、ままゆの大事なお友達に見てほしくて撮ってま~す♪』などと臆面もなく言ってのけていた。

 で、その“大事なお友達”ことわたしに意見をいつも聞いてきていた吉岡さんに、つい言ってしまったのだ。


「あのさ、最近ちょっと際どい動画多くない?」

「え、でもリスナーさん喜んでくれてるよ?」

「けど、みんな男の人ばっかりでしょ? みんな、吉岡さんに際どい格好させたがってるだけだし」

「う、ん…………」


 なに、褒めてもらえると思ってたの? なんでそんなばつの悪そうな顔をするわけ? そう尋ねようとした言葉は、「ご、ごめんね。心配させちゃったね」という弱々しい言葉で遮られた。

 心配……?

 言われたとき、胸が痛んだ。

 わたしは別に吉岡さんを心配して言っているわけではない。ただ、彼女の無垢さに付け込んで自分の欲望を満たそうとする顔の見えないやつらが気持ち悪かっただけ。

 わたしがそんな優しい人間だと、今でも思ってるの? 滑稽を通り越して、少しだけ…………。


「でもね? 次の動画はきっと大丈夫だから!」

「え?」

「あのあとね、初めて動画を撮るっていう人たちとコラボすることになったの! ゲームを一緒にするだけだから、全然危なくないもん!」

 本当に、ころころ表情が変わる人だなぁ。

 呆れながらも、「次の配信で恥ずかしくないように」とダウンロードしたゲームを早速開いている姿を、なんとも言えない気持ちで見ていた。結局、この子も悪い子ではないんだろうな、なんて思いながら。


 けど、少し思う。

 少しずつ濃くなっていく宵闇の下、目を輝かせている彼女を見て、『そのうち痛い目に遭えばいいのに』なんて、まだ、思わずにいられなかった……。

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