4.街
4です。ええ、4ですとも。
■4.街■
ようやくオムロの街に一行は到着する。 途中盗賊の襲撃があったが、無事到着することができた。
トーマスは商人と仕事の手続きに向かったため、シャドウはシャルやサンドラと一緒に、とある酒場でトーマスを待つことにした。 まだ日の高い時間ではあるが、普通に営業しているようだ。
冒険者ギルドのようなものが存在するかと思われたが、そのような組織は無かった。 実際、あったとしても冒険者として雇い入れる基準や管理などを考えると、その運営は困難を極めるだろう。 流れ者は、いわば個人事業主のようなもので、直接依頼人から仕事を請けおう。 酒場などで仕事の仲介をするケースもあるようだが、どこの馬の骨だか分からない人物に、重要な仕事を依頼できるはずもなく、酒場で扱われる依頼は当然誰にでもできるような仕事で、報酬も生活できるほどのものではなかった。 酒場は流れ者たちの情報共有の場としての活用がメインである。
結局、依頼は信頼の上になりたっており、信頼を得るためにこつこつと実績を積み重ね、依頼の人脈を作っていく必要がある。
スルメ団は、リーダーのトーマスがもともと名の知れた流れ者であったため、トーマスの人脈で仕事の依頼は多く、かつシャルやサンドラも実力を兼ね備えているため、かなり成功している流れ者であると考えていいだろう。
「そういえば、シャドウはこの後予定あるの?」
窓から見えるオムロの町並みをきょろきょろと眺めるシャドウに、サンドラが問いかける。
「いや、特にはないですが。 皆さんはどうするんですか?」
「私は借金を返しにいく。」
シャルが真面目な顔で頷く。
「シャルさん、借金あるんですか……」
「ああ、シャルはね、武器の材料をそろえるのに借金してるのよ。」
サンドラが苦笑する。
「材料って、それシャルさんが作ったんですか?!」
「そう、自作です。」
シャルは自慢げにカバンをポンポンと叩いてみせる。 さすがに街中で武器を出すのはまずいのだろう。
「シャルは法具の開発が専門だからね。」
「法具?」
「そう、法力をつかった道具のこと。 まあ、法力っていったら、回復とか自己強化とかってイメージだからね。 普通は知らないだろうけどね。」
サンドラが説明する脇で、シャルがうずうずしている。 よほど法具について語りたいのであろう。 普段は無口なシャルではあるが、どうやら法具に関してだけは饒舌になるらしい。
「サンドラは武器屋?」
シャルがサンドラに尋ねる。
「そうね、手入れもあるし、そろそろ買い替え時って感じだしね。」
「え、武器屋あるんですか?」
シャドウが食いつく。
「そりゃあるわよ。 別に流れ者じゃなくても、護身用に武器は普通に買うし。」
「ど、ど、どこにあるんですか。 剣はいくらぐらい? いや、素材によって違うのか……」
「あ、あのね、興味があるなら連れてってあげるから、ちょっと落ち着いてね?」
ぶつぶつと自分の世界に入り込んでいるシャドウに、サンドラとシャルはドン引きしていた。
「おう、待たせたな。」
戻ってきたトーマスだが、シャルやサンドラの様子に一瞬身構える。 そして二人から話を聞いたトーマスは大爆笑した。
「まあ、いいんじゃねえか。 男なんぞそんなもんだ。 で、今回の報酬だ。」
トーマスが4つの袋を取り出すと、シャルとサンドラが中身を改めて頷く。
「ほい。シャドウ、お前の分な。」
いきなり報酬のはいっていると思われる袋を渡され、シャドウはどぎまぎする。
「え? 何で俺に?」
「いや、お前普通に仕事してただろ。 盗賊のときとかも。 あれは助かったし、命の恩人だしな。」
シャルやサンドラもうんうん頷いていた。
「じゃ、じゃあ、遠慮なく。」
そっと受け取った袋を開けると、いかにもファンタジーな金貨や銀貨などが姿を現す。 ざっと見て、10万ゲルはありそうだった。 ふと、シャドウは自分がこれまでまったくの文無しであったことを思い出す。 この金を受け取らなかったら、どうやって生活していくのかを考えると、一瞬背筋が寒くなるのを覚えた。
「とことでシャドウよ。 お前この後どうするんだ?」
運ばれてきた酒を一口飲むと、トーマスが口を開く。
「あ、いや特には……」
誘われついでに観光気分でオムロに来たシャドウに、予定などあるはずもない。 むしろ、この手元の金を使い切ったときのことを心配する必要すらあるのだ。
「じゃあ、俺達の仲間にならねえか。 まあ、いつ抜けてくれてもいいし、気にいらねえ仕事も断ってくれていい。」
シャドウにとって、トーマスからの申し入れは、好条件の渡りに船だった。 トーマス達、スルメ団はかなり信用が置けることは、重々分かっている上に、報酬も生活できる程度にはもらえるであろう。 現に、シャルにいたっては、借金を返済しながらも生活できているという実績があるのだから。
「いや、俺でいいんですか?」
それゆえに、シャドウは躊躇する。
「なあ、ここまでの間おまえと一緒に旅して、俺が問題ないって判断したんだ。 それとも何か? 俺の判断は信用おけねえってか?」
トーマスが意地悪く笑う。
「いや、いや、それなら是非、是非お願いします。」
シャドウは立ち上がると、スルメ団の面々に頭を深く下げる。
「よし、じゃあ歓迎会だね。 ジャンジャン行こう!」
シャドウは影山であったころ、仕事の飲み会はもちろん、友達との飲み会ですら断ってきたタイプだった。 酒は自分の家で、映画とか見ながら飲むもの、と思っていた。 しかし、生まれて初めて飲み会が楽しいと思える時間であった。 その時までは。
「でさあ、市民証忘れちゃってさ、入れてもらえないわ散々だったわけよ。」
サンドラが上機嫌で話続けていた。
「市民証?」
シャドウが首をかしげる。
「そう、本当に大変だったんだから。」
そう言うと、サンドラは胸元からチェーンにつながったプレートを出してみせる。
「へー、それが市民証っていうんですか。」
3人の表情が凍りつく。
「もしやシャドウさんは市民証をお持ちではないのですか?」
シャルが恐る恐るシャドウに尋ねる。
「あ、持ってないですね。 ひょっとして…… まずいですか……」
「いや、まずくはないっていっちゃないって言うか…… あんたリトラン様の知り合いだよね? シャドウって何者?」
サンドラが腕組みしていた。
「ご説明いたします。 市民と非市民についてはご存知ですか?」
シャドウは首を振る。 シャルが言うには、モルト国をはじめとする多くの国では、市民と非市民というものが存在する。 そして市民だけが入れるエリアというものがあり、かつ市民には納税の義務が発生する。多くの市民は親のどちらかが市民であれば、子供は地頭的に市民として登録されるので、生まれたときから市民となる。 一方、非市民は、納税の義務を持たない代わりに市民のみが入れるエリアには当然入れない。 しかし、市民としての納税は免除されるものの、多くの非市民は農耕などを営んでいるため、領主に対する納税は発生するのだが。 いうなれば、市民とは戸籍のようなもので、管理の行き届かない村などには戸籍を管理するシステムが存在しないが故に、非市民という制度になっていた。 ちなみに、モルト国での市民と非市民の割合は、7:3程度といわれている。
「で、あたしらの定宿は市民エリアにあるって訳。」
「では、皆さんは市民ってことですよね。」
先程市民証を見せたサンドラはもちろん、ほかのふたりも市民ということだ。
「まあ、シャルはビスコン子爵のご令嬢だしね。」
「シャルさんって、貴族だったんですか?!」
「ええ、だったじゃなくて、今も一応貴族です。 未婚なので……」
シャルの語尾には力がなく、うつむいてしまう。 シャルは見た目で20台そこそこに見え、取り立てて美人という訳でもないが、十分一般的な外見をしているといえる。 シャル・ビスコン、28歳 法具にしか興味を示さない女性だったが、一応結婚願望はあるようだ。
「サンドラ、貴方だって西念屋のご令嬢じゃない。」
シャルがサンドラを睨む。
「西念屋?」
「ええ、モルト国を代表する大手商人の一つです。 先日私達が護衛したのも、その配下のですし。」
シャルがシャドウに説明する。
「んー、ご令嬢っていうがらじゃないし、そもそも流れ者だしね。」
サンドラが頭をかいてみせる。 サンドラ・西念 28歳 単なるじゃじゃ馬娘のようだ。 ちなみに独身で、シャル同様に取り立てて美人ではないが、女は度胸と愛嬌を地でいくような女性である。
「あ、言っとくが、おれは貴族でも商人の倅でもねえぞ。 地方の漁師の倅だしな。 とはいえ、結構前に市民権は買ってあるがな。」
どうやら、市民権は購入可能であるようだった。
「大体、流れ者で市民証を持ってる俺達が珍しいんだ。 普通はもってねえし、市民証なんぞなくてもやれるんが流れ者だしな。 まあ、宿は同じってわけにはいかねえが。 つうか、宿はこの上でいいだろ?」
トーマスが上をチラッと見る。
「へ? ここ酒場ですよね?」
「まあそうだが、一応部屋はある。 ちょっと訳ありだがな。 逆に訳ありな分、誰でも泊まれるってわけじゃねえし、その分そこいらの宿なんぞより、よっぽど安心できるってもんだ。 俺が紹介すれば、なんも問題はねえ。 まあ、問題があるとするなら、夜通し隣の部屋がやかましいかもしらん、てことだな。」
流石にシャドウも理解した。 つまりはピンクな系統のホテル的な利用が目的らしい。 もっとも誰でも利用可能という訳ではないところから、ほかにも用途はあるのだろうが。 とはいえ、ほかに当てがあるわけでもないシャドウは、ここに泊まるしかないようだった。
翌朝、ビビるほどのことも無く、シャドウはぐっすり眠れ、心地よい目覚めを迎える。 そして、酒場は簡易食堂と化しており、ある意味普通の宿屋と殆ど代わりが無かった。
シャドウが朝食をとり終えるころ、トーマスとサンドラがシャドウを訪ねてくる。 シャルは借金を返済しに行ったようだ。 3人は揃って武器屋へと向かう。
武器屋は非市民でも立ち入れる場所にあり、外見は鍛冶屋のようであった。 もっとも、店頭に剣が並べてあったとしたら、それはそれでかなり危険ではあるのだが。
武器屋に入ると、所狭しと剣や盾などがならんでいるかと思いきや、比較的閑散とした店内である。 駆け出しならともかく、ある程度の経験のあるものなら、命を預ける武器にはそれ相応のこだわりがあるため、どうしてもオーダーメードになるらしい。 武器屋にいけば即武器が買えるのは、どうやらゲームの中だけだったようだ。
トーマスとサンドラは、おのおのが持ってきた武器や防具を袋から取り出して修理を依頼する。
「で、そっちのあんちゃんはどうするんだ?」
武器屋の主人と思われる人物が、シャドウをじろっと眺める。
「そいつな、俺らの新しい仲間だ。 いじめてくれんなよな。」
トーマスが、武器屋の主人に釘をさす。
「へー、お前らが仲間増やすとか、珍しいこともあるもんだ。 それほどのもんなのか?」
トーマスが、武器屋の主人に、にやりと笑うことで返事を返す。
「とりあえず、武器と防具だな。 なんか安い掘り出しもん的なのはあるか?」
「おいおい、お前らの仲間だろ? 安モノ使ってどうすんだよ。」
武器屋の主人がいうには、スルメ団にはかなりの数の希望者がいるようだったが、片っ端から断っているようだ。 よって、スルメ団設立以来、シャドウがはじめての追加メンバーであった。
「おい、シャドウ。 おまえなんか今まで使ってた剣とかあるか? 鬼獣を倒したときは何使ってたんだ?」
トーマスの問いかけに、シャドウはストレージにしまったままの、ゴブリンのドロップ品ともいえるぼろぼろのショートソードを取り出す。
「ちょっと、おまえ。 今どっからそれ出した?」
突然、武器屋の主人が声を荒げる。トーマスとサンドラも目を見開いていた。
無造作にストレージから取り出しただけであったが、その時ストレージが特殊なものであることを思い出す。
我に帰ったトーマスが、さっと武器屋の主人を隅に引きずり、何かを話しかける。
トーマスから開放された主人は、得体の知れないものを見る目つきでシャドウを見つめていた。
「じゃあ、なんだ。 品質はそこそこで、なるたけ見た目がしょぼいものってことか? そんな注文は初めてだ。 普通ははったりが利くように、なるたけ派手にって感じだぞ?」
「俺達にはったりが必要だとでも?」
トーマスがにやりと笑ってみせる。
「まあ、スルメ団にはったりとかいらんな。 しかし何だこれは。 鬼獣の剣でもあるまいに。」
「いや、それそうです。 リトランさんと倒したときに拾ったんで。」
シャドウが答える。
「おいおい、あのお方もずいぶんだな。 騎士でも十分通用するっての。 何匹たおしたんだよ。」
武器屋の主人が苦笑する。
「10匹ぐらいでたかね。」
「まったく、一人で10匹とか、あのお方はバケモンかよ。」
武器屋の主人の言葉に、トーマスが首を振る。
「いや、5匹づつらしいぞ。 リトラン様からは、そう聞いている。 なあ、シャドウ。 鉈と木の棒で倒したってのは本当なのか?」
シャドウが頷く。
「ちょっと待てよ、まったく。 よう、姉ちゃん。 あんた学園で剣のトップだったよな。 鉈と木の棒で鬼獣5匹倒せるか?」
「そんなの、試す気にもなるわけないじゃない。 嫌よ。」
サンドラが苦笑する。
「なあ、そういうことだ。 まったく。」
口とは裏腹に、武器屋の主人は信じているようであった。
「まあいい。 なんか希望はあるか?」
シャドウはしばらく考えてから、口を開く。
「剣は切れ味より耐久性を重視したいですね。 あと防具は良く分からないのでお任せします。」
「なあ、耐久性は分かるが、切れ味は重要だろ?」
武器屋の主人は始終喧嘩腰になりつつある。
とはいえシャドウにも思うところはある。 レベルが上がることで、いくつかの使いやすいスキルが発生していた。 しかし問題もある。 ゴブリンの剣でスラッシュを使った後、剣はほぼ使い物にならなくなっていた。 つまりスキルの使用は剣の耐久性を減らしているようだった。
「口で説明するより、見てもらったほうがよさそうですね。 あんまりやりたくは無いですが。」
結局、武器屋の裏庭でスラッシュの実演をすることになった。 ターゲットは、比較的ましなゴブリンの剣。 そしてシャドウは壊れかけの剣を構える。
「一応、これからやることは、他言無用で。」
シャドウの言葉に、一同が無言で頷く。
シャドウは、ふっと息を吐くと、事も無げにスラッシュを放つ。 もちろん「スラッシュ」などとは掛け声は出さない。 シャドウはスラッシュやウォークライなどのスキルに掛け声は不要であることに、ようやく気がついていた。 そもそも、技の発動に技名がが必要なのは戦隊などのヒーローだけであり、格闘技などでストレートやラリアットなどの技名を叫ぶのを聞いたこともない。 つまり、スラッシュやウォークライなどの技名を叫んだ事実は、シャドウの中で黒歴史となっていた。
ターゲットとなったゴブリンの剣は、真っ二つになっていた。 流石にシャドウも切れるとは思っていなかったのでちょっと驚いたが、あくまでも冷静を装い後ろを振り向く。 そこにはあんぐりと口をあけた3人がいた。
場所は武器屋の店内に移動したが、スラッシュに散々騒いでいたサンドラもすっかりおとなしくなっていた。
「あれをやると、こうなっちまう訳だな。」
そこには、ターゲットとなった剣と、シャドウが使った剣がおいてあった。 ターゲットとなった剣は、中ほどで綺麗に分かれているが、シャドウが使った剣は、あちこちにヒビが入り、どちらも使い物にならなくなっていた。
武器屋の主人が二つの剣を睨み、うんうんうなっている。
「材質を見直すか、組み合わせを変えるか。 ちょっと考える時間をくれ。」
結局、日を改めて、再度出直すことになり、3人は武器屋を後にする。
シャドウが宿に使っている酒場に戻ると、そこでシャルが待っていた。
「あら、シャル。 うれしそうだけど、なにかあったの?」
「うん。 借金完済したのよ。」
「あら、おめでとう。 でも結構残ってたんじゃなかった?」
「そうなんだけど、教会の人から、シャドウさんを仲間にした支度金とかって。」
そういうと、シャルは、3つの重そうな袋を取り出す。
「何これ!」
思わず、サンドラが叫ぶが、あわててシャルが口を塞ぐ。
「サンドラ、ちょっと落ち着いて。」
トーマスとシャルが出かけたあと、教会からの使者がこれをもって訪ねてきたらしい。 袋は4つ。 なぜ教会が? とも思ったが
、シャルは素直に受け取り、さっさと借金の返済に使ってしまったらしい。
「まあ、リトラン様だろうな。 ありがたくうけとっとこうや。」
シャドウはその袋をじっと見つめる。
「これで市民権って買えませんかね。」
「いや、流石に足らんし、そもそもある程度の実績がないと無理だ。 まあ、リトラン様の紹介があれば十分だろうが、そんなあわてて買う必要もねえだろ? それより、これでさっきの支払いしたほうがいいんじゃねえか。」
その言葉に、シャドウは支払いどころか金額すら聞いていなかったことに気がつく。 かなりの大金のようだ。 これで足りるのかが心配になってき始めていた。 そして。
「ですね。 でも、これどうやって保管しましょう?」
一瞬銀行とか思ったが、そもそもこの世界に銀行があるとは思えない。
「まあ、大手の商人に預かってもらうという手はあるわね。 その場合、手形さえあれば、支店でも出せるから。」
サンドラは流石に商人の娘らしく、その辺は詳しい。 また、ほかの二人も頷いていることからも、一般的なのであろう。
「でも、市民じゃないとだめなのよねえ。」
流石はサンドラである。 早速オチがついた。
ゲームなら、そもそも銀行はなく、画面に表示されるだけである。 つまり、それはストレージに収容していることになる。
「「あ」」
シャドウとサンドラの声がハモり、お互いに見合わせる。
シャドウは袋を持ち上げると、周りを見渡し、そのままストレージに放り込む。 袋は音も無くそのままストレージに収まる。 念のためストレージから出してみるが、問題はないようであった。
ふと見ると、シャルが固まっていた。 またしつこく問い詰められる気がしたシャドウは、そっとその場を後にする。
次回予告:ちょっと待て。と神は申されていた。(あわてて確認中