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心理的瑕疵アリ〼  作者: すぐら
四月
9/9

6:呪われた部屋

 

 1

 

 コーキが安田に中華をおごり、ヒナタが阪神ファンであるという情報を得た翌日の夜、一人で本を読んでいると、みのりから電話がかかってきた。

 

「兄さん、今度、兄さんの部屋にお邪魔してもいいですか?」

「別に構わないけど、なんで?」

「一応自分の目で調べておきたいんです。兄さんの部屋に本当に怪しいものがないのか」

「怪しい物って」

 

 コーキは思わず苦笑した。まるで自分が違法な植物の栽培でもやっているかと疑われているみたいだ。みのりは心外そうに声を張り上げた。

 

「冗談で言っているのではありません。毎日見ているからこそ感覚がマヒして気が付かないことがあるかもしれないじゃないですか」

 

 なるほど。確かにみのりの言うことも一理あると思った。

 自分がこの部屋で死ぬという予言をされて、コーキも一度ならず部屋を調べた。事故物件サイトで予言がなされているのは『この部屋の住人の死』であり、厳密にいえばコーキの死ではない。だから、この部屋に何か異変があるのではないかと考えるのは自然な成り行きだった。

 けれど、少なくともコーキにはいくら探しても特に怪しいものや変化を見つけることは出来なかった。しかし、見つけられなかったのはコーキが自分の部屋をあまりに見慣れているため、おかしな部分に気が付かなかったため、というのもあり得ない話ではない。第三者の目で観察すれば新しい発見があるかもしれない。

 

「分かった。確かに一度みのりに見てもらった方が良さそうだ……それに、僕もちょうどみのりと話したいことがあったし」

 

 コーキはヒナタのことを思い出しながら言った。

 

「それならちょうどよかったです。それじゃあ明日、学科のガイダンスがあるので、その後に兄さんの部屋に行こうかと思います」

 

 明日の予定を思いだす。そろそろ授業が始まるが、今のところ予定は入っていない。

 

「たぶん二時くらいになるんじゃないかと思います」

「分かった。待ってる」

「はい……おやすみなさい」

 

 その言葉を最後に電話は切れた。

 コーキはスマホをテーブルに置き、再び目の前の書物に目を落とした。けれど集中することができなかった。

 

「毎日見ているからこそ感覚がマヒしている、か」

 

 自然とそんな言葉が漏れる。

 コーキはあたりを見回した。

 6畳ほどの部屋はいつも通り、狭くて落ち着く空間で、特に目立った部分は何もない。

 けれど――

 

「……少しくらい掃除しといた方がいいのかな」

 

 コーキは押し入れから掃除機を引っ張り出した。

 まだ8時だし隣人も許してくれるだろう。

 

 2

 

 控えめなノックの音で目を覚ました。

 一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて、コーキはあたりを見回した。

 書きかけのノートや計算用紙が散らばった黒い机、電源が落ちたディスプレイ、本が詰め込まれたスチールラック、ベッド。窓の外には二階のベランダまで伸びた街路樹が春の光を弾いているのが見えた。

 自分の部屋だった。

 どうやら椅子に座ったまま寝ていたらしい。

 再びノックの音がした。

 

「兄さん、いないのですか?」

 

 扉の向こうからかすかな声が聞えた。

 

「今行く」

 

 喉から出てのはゾンビのうめき声のように掠れていた。変な態勢で寝てしまったせいか喉がひどく乾燥している。コーキはナマケモノの様な緩慢な動きで立ち上がった。

 立ち上がった瞬間、自分が夢を見ていたことを思い出した。けれど、どんな夢を見ていたのかまでは思い出せなかった。不思議な気分だった。

 重たい金属の扉をゆっくりと押し開く。

 扉の前には春らしい淡いピンク色のカーディガンを羽織った女性が笑顔を浮かべて立っていた。

 

「兄さん、遅くなってしまいすみません。少しガイダンスが長引いてしまって」

 

 思わずコーキは目を細めた。昏いアパートの廊下に立ってなお、みのりは不思議な光に包まれているように見えた。

 コーキは自嘲した。

 バカバカしい。なぜそんな風に思ったのだろう。僕とみのりはただの従妹なのに。

 

「遅くなんてなってないよ。実際僕も少しうたたねしていたみたいだし、ちょうどよかった」

「ああ、確かになんだか眠そう……兄さん?」

 

 不意にみのりの顔から笑顔が引っ込む。みのりは突然腕を持ち上げ、その手をコーキの顔に伸ばしてきた。コーキは戸惑ったように動きを止めた。少々面食らったと言わざるを得なかった。

 みのりが口を開いた。

 

「泣いているのですか?」

「え?」

 

 コーキは自分の目元へ手を伸ばした。

 人差し指には玉のような透明な水滴が付着していた。

 そこで初めてコーキは自分が涙を流していたことに気が付いた。

 なぜだろう。

 理由は分からなかった。

 

「寝ていたからまぶしくて涙が出たのかな……こんな場所にいるのもなんだから。入って」

「はい、お邪魔します」

 

 みのりは涙についてそれ以上追求せず、鷹揚に頷き、コーキの部屋へと足を踏み入れた。

 

「あ」

 

 その後に続こうとしたコーキは、しかし声を上げて立ち止まる。みのりが振り返った。そのアーモンド形の大きな瞳には悪戯好きそうな光を宿してコーキを見ていた。

 

「ふふふ、何かに気が付いたような声を出しましたね? もしかしてあれですか? エロエロなエロ本を隠すのを忘れていたことを思いだしたのですか? 言っておきますけどもう遅いですからね! 今日のわたしの目的の一つは、兄さんの性癖を明かすことでもあるのですから!」

「違う」

 

 コーキは首を横に振った。

 実際、みのりが言ったことは見当違いもいいところだった。だいたい、無料で出来の良いポルノがネット上にあふれかえる現代において、わざわざ紙の雑誌を購入するモチベーションはほとんどないだろう。まして、お金のない学生ならなおさらである。

 声が出たのは、この部屋に自分以外の誰かが入るのは一年ぶりくらいだな、と気が付いたからだ。

 まあ、だからどう、というわけではないけれど。

 

「わあ、兄さんの部屋………………思ったより普通ですね」

 

 先に部屋に入ったみのりの残念そうな声が聞えた。

 いったいこの美人の従妹は、どれだけエキセントリックな想像をたくましくしていたのだろう。

 コーキは首を傾げながら後に続いた。

 

 3

 

 押し入れをあさり、ベッドの下を覗き込み、30分ほどかけてコーキの部屋をひっくり返したみのりは残念そうに首を横に振った。

 

「残念ですけど、何もないですね」

「やっぱりそうか」

 

 コーキはあっさりと頷いた。別に残念とは思わなかった。毎日ここに居る自分が調べて何も見つからなかったのだ。今更何か新しい発見があるとはやっぱり思えなかった。

 

「でもまあ良しとしましょう。確認できたのは大きな収穫でした」

 

 みのりは重々しく頷く。

 その顔はあからさまな失望を押し隠し、自分に言い聞かせている顔だ。

 多分、みのりは何か見つかると思ったいたのだろう。

 

「まあ何事も自分の目で確認するのは大事だよ……コーヒーでも飲む?」

 

 コーキは電気ポットに水を注ぎながら尋ねた。みのりはこくりと首を上下に動かし微笑んだ。

 

「兄さんにコーヒーをいれてもらうのは初めてですね」

「インスタントだよ」

「それでもです」

 

 みのりは嬉しそうな顔をしてコーキのベッドに腰を下ろした。

 コーキはキッチンにコーヒーパックを取りに行った。

 

 キッチンから戻るとみのりはコーキのベッドの上に寝そべって目をつむっていた。

 

「疲れた?」

 

 コーキは小さな声でみのりに尋ねた。

 みのりは目を開いた。

 

「いいえ……いえ、そうなのかもしれないです」

 

 一度否定したみのりだったが、しかしすぐに自信なさそうに語尾を濁した。

 

「あ、勘違いしないでください。別に兄さんの蔵書をひっくり返すので疲れたとか、そういうのではないんです。珍しい本を見れて面白かったですし……ただ、最近ちょっと疲れがたまっていて」

「一人暮らし始めたばかりはそういうものだよ」

 

 コーキは頷きながら言った。コーキにも覚えがあった。実際一人暮らしは、特に最初は大変なものである。掃除・洗濯・炊事といった家事はもちろん、様々な行政手続きや銀行、保険、授業料に奨学金などのお金の手続き等、これまでやったことがないことを次から次に処理していかなければならない。自分がどれほど多くのことで他人に頼っていたのか、一人暮らしを始めた若者はそこで初めて痛感するのである。

 そんな時期に私事に巻き込んでしまうのは申し訳ないように思えた。

 なんとなく一緒に調べる気になっていたけれど、よく考えたらこれからやろうとしていることもコーキ一人で出来ないわけではない。無理にみのりを付き合わせる必要はあるうのだろうか。

 

「まあでも、こんなの慣れてしまえば楽勝です!」

「え、ああ、うん」

 

 急に元気な声を上げられて、コーキは呆けたように首を縦に振った。

 

「だから、余計な気を回さないでください」

 

 みのりは完璧な笑顔を向けた。

 この女性には敵わないなあ、とコーキは思った。

 けれど、確かにここでグダグダ悩む方がはるかにバカらしい。

 コーキは気持ちを建設的なものに切り替えた。

 

「昨日の電話でも言ったけれど、少し話したいことがあるんだ」

「どうせ西條ヒナタ先輩のことでしょう?」

「うん……ところで一つ聞きたいのだけれど、ある日、特定の場所で人が殺されることが予言されている時、それを防ぐにはどうしたらいいと思う?」

 

 コーキの問いにみのりは間髪入れずに答えた。

 

「予言より先に殺してしまえばいいと思います」

 

 みのりは思った以上にラディカルだった。

 この女性には絶対に逆らわないようにしよう。コーキは一人胸に誓った。

 コーキはみのりの返事をなかったことにして続けた。

 

「正解は、その人が予言されている日時にその場所に近づかないようにすればいい」

「あら、意外と普通……」

「普通でいいんだ、普通で」

「それでどうするつもりですか?」

 

 みのりは何かを探るような視線をコーキに向けた。

 

「幸い、西條さんの予言は日曜だからね」

 

 コーキはカレンダーを見ながら答えた。2020年4月12日は赤い文字で書かれている。

 

「そしてさらに都合がいいことに、その日はタイガースとドラゴンズの試合がナゴヤドームで開催されることになっているんだ」

「はあ」

 

 コーキの話しの行く先が分からずみのりが曖昧に頷く。

 

「だからその日、西條さんを野球に誘おうと思うんだ」

 

 コーキはみのりにそう告げた。 

 

 

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