5:ヒナタについて
1
ヒナタと分かれた二人は、ひとまず家に帰ることにした。
いろいろと分かったこともあるし、考えたいこともあった。
行動を起こす前に、もう一度事故物件サイトのページを確認する。
該当ページを開くと、神社の近くの物件にばっちりと火事のマークがついており、そこには、
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* 平成32年4月12日 *
* 京都府京都市左京区◆◆町△―△ *
* ヴィラ近衛202 *
* 殺人事件発生 *
*******************
と書かれていた。
「……」
コーキはヒナタと特別親しいわけではない。
しかし、彼女が明るく、頭の回転も速く、元気な女性であり、好ましいパーソナリティをしていると思っていた。
そんな彼女が死ぬというのは、にわかには信じられない気がした。
実際誰も信じていないだろう。
こんなサイト気にしているのはコーキとみのりだけかもしれない。
けれど、コーキは知ってしまった。
だったら出来るだけのことはするべきだ。
そのためには――
コーキはヒナタについて詳しく調べてみることにした。
2
西條ヒナタを自主ゼミに誘ったのは安田という学生だった。幸い連絡先は知っていた。「今から会えないか」というメッセージを送ってみると、返事は「今からはめんどくさいなぁ」という、つれないものだった。別に安田とは休日に一緒に遊ぶような仲ではない。これくらい想定内だった。
コーキは必殺技を繰り出した。
「夕飯おごるから」
「中華料理が食べたい」
安田はあっさりと意見を翻した。大学生は飯に弱い。
コーキは「コーシンでいい?」と返した。安田の返事は素早かった。
「花椒がいい」
花椒とコーシンは両方とも大学近くにある中華料理屋である。どちらもまあ美味しいのだが、花椒の方がより上品な味わいである。味が上品だからかは知らないが、値段は倍くらい違う。むろん、高いのは花椒の方である。
「……」
コーキは自分の財布を覗き込んだ。
飯をおごるのは大学生に特攻を持つ必殺技である。ただし、この必殺技にも弱点はある。МP(お金)の消費がそこそこあるので、あまり使いすぎると使用者が倒れてしまうのである。
コーキは明日の夕食はモヤシ炒めにしようと心に決めた。
3
「待ったよ、水上君! 僕、お腹空いちゃった」
大学近くの交差点で待ち合わせた安田はコーキを見つけて大きく手を振った。
安田は身長160センチほどの小さな男である。ぱっちりとした大きな瞳に、さらさらとしたショートカットをしており、外見的には昔の堀北真希にちょっと似ている。ついでに声も割と高めのソプラノボイスであり、たまに本当に男なのか疑いたくなるコーキだった。
実は女性が男装しているという可能性はないのだろうか。うちの大学にはセーラー服を着て講義を聞きに来る変な奴もいるのだ。女性が男装していてもおかしくはないかもしれない。
「? なに? 僕の顔に何かついてる?」
コーキが黙っていると安田は不思議そうにコーキを見た。
「いや、別に、何でもない」
コーキは胸の中で渦巻く疑念にふたをして、近くの中華料理屋に向かって歩き出した。
席に着き、テーブルをはさんで向かい合ったコーキは、早速話を切り出した。
「西條さんについて教えて欲しい」
安田は驚いたような顔でコーキを見た。
「え、西條さんについて聞きたい? なんで?」
コーキは何となく心外に思った。
「そんな驚くようなことじゃないだろ」
「え~、驚くよ。水上君が誰かについて聞いてくるなんて珍しいから」
そうなのだろうか。そうかもしれない。確かに休日にわざわざ人を呼び、ご飯をおごって、誰かについて調べるなんて、行動を取ったのは生まれて初めてかもしれない。
確かに自分らしくないことをしている。
「何が理由なんだろう……あ、もしかして~?」
理由を考えていた安田は、不意に悪戯好きそうな瞳をきらめかせた。
コーキはこの目の前の可愛い系男子が何を考えているのか分かった気がした。
「別にそういう事じゃないから……ただ、ちょっと、せっかく自主ゼミしてるのに、今まで何にも知らなかったなって思っただけだよ」
「ふーん」
安田はにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべてコーキを見る。
コーキは、重ねて否定するべきか少し迷った。いっそ、ヒナタに好意があるということにしていた方が話を聞きやすいかもしれない、と思わないでもない。けれど、親しくしている相手に嘘を言うというのも気が引ける。
コーキが逡巡していると、安田はあっさりと話を先に進めた。
「まあ、いいや。でも西條さんについてね。僕もそれほど詳しくないから、どれくらい答えられるか分からないな」
コーキはほっと胸をなでおろした。
「安田は昔からの知り合いってわけじゃないのか?」
「うーん、一応、高校は同じだし面識はあったけど、大学はいるまではほとんど断面積はなかったかなぁ」
「じゃあなんでゼミに紹介したんだ?」
コーキは当然の疑問を口にする。安田はさらりと答えた。
「大学に入って、同じ学部で同じ高校出身だったからだよ。ほら、大学で同じ高校出身ってそれだけで結構貴重でしょ? それで何となく一緒にご飯食べたり、話したりするようになったんだ。それで他に人もいなかったし、ゼミに誘ったんだよ。西條さんは試験の成績もよかったって知ってたし。自主ゼミって、全員わかんないと悲惨じゃん?」
コーキは深く頷いた。
ゼミにおいて出来る奴がいるに越したことはない。
「あとそれから、話してみると結構話題が合ったんだよね。僕、野球好きだから」
「野球? あんまりそういうイメージないけど」
安田の言葉にコーキは首を傾げた。
安田は小さいし、お世辞にも運動神経がいいタイプには見えない。
コーキが不思議そうにしていると、安田は慌てたように手を振り否定する。
「あ、やる方じゃなくて見る方だよ。野球観戦。西條さん、虎党なんだ」
「虎党?」
コーキは再び首をひねった。
なんだろうか。
新しい政党の話だろうか。
「そうじゃなくて、阪神タイガースのことだよ」
安田は笑いながら言った。
「西條さん、大のタイガースファンなんだ」
4
安田の話は正しいようだった。
後日、ヒナタに今年のタイガースとペナントレースの行方についてそれとなく話を振ってみると、ヒナタは阪神の投手陣の素晴らしさと怪我について長広舌を振るってくれた。
タイガースについて話すときのヒナタはとても生き生きとしていた。
「西條さんは甲子園にも観戦に良く行くんですか?」
「甲子園以外も行くよ? ナゴドも京セラも行くし、あー、でも最近ちょっと行ってないな、大学生って意外と勉強忙しいよね。あー、甲子園行きたくなってきた!」
そう言ってヒナタは六甲おろしの一節を口ずさんだ。
それを見ながら、コーキは一つの計画を考えていた。
これを利用すれば、もしかしたらヒナタを救うことが出来るんじゃないだろうか?