3:西條ヒナタ
1
大学から西にしばらく歩くと二つの川の合流地点にぶつかる。
高野川と賀茂川はここより下流では鴨川と呼ばれるようになる。
川が合流してできた三角地帯は鴨川デルタ、あるいは単にデルタと呼ばれ、暇な大学生や観光客がよくたむろしていた。
「そう考えると大学周りって結構自然が残っていますね。大文字山もありますし、大学の中にも山がありました」
横を歩いていたみのりは弾むような口調で言った。
「吉田山のことを言っているなら、一応あれは大学の外だよ」
コーキが訂正する。
「あら、そうなのですか? キャンパスの間にあるから、大学の構内なのかと思っていました」
「そういう風に見えなくもない……節分のお祭りは割と有名で、どんど焼きをしたりしている」
「じゃあ今度連れて行ってくださいね?」
「分かった。みのりが一緒に行く友達がいなかったら、一緒に行こう」
「はい」
みのりは笑みを浮かべて頷いた。
予言が正しければ、コーキは来年の節分前には死んでいることになるのだが、わざわざ口にはしなかった。
「でも本当によかったの? 新入生って最初の週色々忙しかったような覚えがあるけど」
コーキは話題を変えた。
コーキは予言についてもっと調べるため、事故が予言された物件を訪ねてみることにした。
事故が予言されている物件は、デルタから鴨川沿いに少し南に下った場所にあるらしい。
せっかく近くにあるし、その日のうちに訪ねてみることにした。
みのりは大学に戻って何かすることはないのかと問うと、元気な従妹は「だったら私も一緒に行きます」と言った。
そんなわけで、二人は一緒に古都の街を歩いている。
「建物をのぞいてみるだけだし、僕一人でも問題なかったと思うけど」
歩きながらコーキが言う。
「だから、そんな心配しないでくださいと何度も言ってるでしょう? 忙しいと言っても、キャンパスの案内とか、生協の案内とか……それくらい、わざわざオリエンテーションなんかに参加しなくても、冊子を読めばわかります」
「それはそうかもしれないけど」
「それに、いざとなったら私には心強い味方がいますし」
「えっ、誰?」
コーキは驚いたようにみのりを見た。
みのりの地元からうちの大学に進学する学生はかなり少ないはずだ。それとももう友達が出来たのだろうか。
みのりは、呆れたようにため息をついた。
「そんなの兄さんに決まっているじゃないですか」
「ああ、そういう」
「でも市内でよかったですね」
みのりは話を変えた。
「予言されているのが北海道とかだったら、新学期そうそう二人で旅行に行くことになっていましたよ?」
「その時は僕が一人で行っていたよ」
「私も行きたい」
「でも二人分って高いだろ?」
「けちー」
みのりは唇を尖らせた。
けれど北海道に行くとなるとそれだけで結構な出費である。基本的にバイトと仕送りで生活している身なので余計な出費は避けたかった。
そもそもみのりの心配は単なる杞憂である。
「それに、予言されているのはこの市内の物件だけだったよ」
「え、そうなんですか?」
みのりは驚いたように足を止めた。
コーキは頷いた。
もちろんコーキが手動で調べた範囲なので、漏れはあるかもしれないが、少なくともコーキに見つけた予言はこの市内に限られていた。
みのりは腕を組んで考え込む。
「不思議ですね。この市内にしか予言されない理由が何かあるのでしょうか?」
「いや……見当もつかない」
「例えば、土地に縛られた地縛霊の仕業とか」
「地縛霊って」
コーキは思わず苦笑いを浮かべた。
みのりが視線を上げる。
「もしやこれは菅原道真とか崇徳上皇の呪いなのでは?」
「その二人はインターネット分からないんじゃないかな……ここがその住所だね」
コーキは道の途中で足を止めた。
2
その建物の名前はヴィラ近衛というらしい。
鉄筋2階建ての広々とした建物は学生アパートの一段上、いわゆる学生マンションなんて呼ばれるタイプの形式で、各部屋に小さなテラスが付き、入口にはオートロックの自動ドアが閉まっていた。
防犯対策のしっかりしていそうに感じた。
少なくとも、コーキが住む学生アパートよりかははるかにしっかりしていそうだ。
コーキはもう一度スマホに目を落とした。
そこにはこんな風に書かれていた。
*******************
* 平成32年4月12日 *
* 京都府京都市左京区◆◆町△‐△ *
* ヴィラ近衛202 *
* 殺人事件発生 *
*******************
事故物件検索サイトによると、だいたい二週間後に人が殺されるらしい。
人が殺される。
殺人。
火事や死体発見ではなく、明確な事件。
それを防ぐことは出来るだろうか?
いや、防がなくてはならない。
殺人なんて起こるのは嫌だし、それにコーキの命がかかっているのだ。
「でも、どうしましょう? さすがに外を見るだけでは何とも言えないです。中を見たいですけど、見ての通りロックされてますし」
確かにどうしよう。
ヴィラ近衛は思った以上にしっかりとしたセキュリティの建物だった。
この間のように下宿探しをしている学生の振りをして中に入るのも難しそうだ。
取り合えず来る以上のことを考えていなかったコーキたちは、のっけからつまずいてしまった。
と、その時、一人の女性が出口から出てきた。
女性は玄関前でたむろしている二人組に訝しむような目を向けた。
コーキは何となくその顔を見た。
目があった。
「あっ」
女性は目を広げてコーキを見ていた。
それは、意外な知り合いに会った時の顔で――
「……西條さん?」
コーキも思わず声を上げた。
「あれ、水上君じゃん……こんな場所で、何してんの?」
「兄さんの知り合いですか?」
みのりが問う。
コーキは無言で頷いた。
「んー? 兄さんってことはそっちの子は、水上君の妹さん? それとも恋人だったりして~?」
アパートから出てきた女性は揶揄うように言った。
「なぜ、恋人に自分のことを兄と呼ばせているんですか、僕は」
コーキは一応律義に突っ込んだ。
「それもそうか、初めまして! わたし西條ヒナタ! 水上君の同級生だよ! 妹ちゃん」
と、コーキの知り合い、西條ヒナタは元気よくあいさつした。