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第一層 ⑤

 十二日目――

 

 さあ今日も朝がきた!

 本日も晴天なり!

 

 誰よりも朝早く起きるのは社畜の鑑であった何よりの証拠。朝6時の電車に乗って、 帰りは午前様。そんな過去の習慣はそう簡単に抜けるものではないのだ。


 まだ朝日が地平線から顔を出し切るその前に、俺は勢いよく寝泊まりしている小屋を飛び出すと、「う~ん!」と一つ伸びをした。

 

 ちなみに俺とカルロッテが寝泊まりしているその小屋は、馬小屋と言っても過言ではないほどの簡素な場所で一部屋しかない。その中にはベッド代わりにわらが敷き詰められているのだから、まさに馬小屋そのものだな。

 とても異世界最強のドラゴン『バハムート』が寝泊まりするようなところじゃないだろ!と、ここに来た当初は頭にきていたが、住めば都というか、今は何の違和感もなく過ごせているのだから不思議なものである。

 

 さて一人で朝の体操を始めた俺。その背後からカルロッテが恨めしそうな声をかけてきた。

 彼女は長い髪をおろし紺色の星柄があしらわれた淡い空色のパジャマをきて、眠い目をこすっている。

 どうやら俺につられて起きてしまい、たいそうご機嫌斜めのようだ。

 

 

「なんじゃ? 朝から騒々しいのう。まだ起きるには早すぎるであろう」



 彼女の言うとおりダンジョン作りの素材となる『壁』や『廊下』といった素材がここに届けられるにはまだ時間がある。ちなみにそれらの素材だけでなく三食やモンスターまでもがご丁寧に時間になると届けられるのだから過保護もいいところだ。

 しかしそんなに至れり尽くせりな環境にも関わらず、未だに『第一層』すら作れていないのだ。とんだ落ちこぼれである。

 

 俺は胸にちくりと刺した痛みを振り払うようにカルロッテに小言を並べた。



「おい! ちびっこ! 早寝早起きは健康のもとだぞ!まったくこれだから近頃の若者は…」


「むむぅ… われはお主の十倍以上は生きているはず。若者扱いされとうない!」


「はははっ! じゃあ、ババアだな!」


「ば、ば、ババアじゃとぉぉ! こんなにピチピチの女神をつかまえて!」


「ははは! いまどき『ピチピチ』なんて誰も言わねえし! それにお前はまだ女神じゃねえだろ!」


「う、うるさい!この脳筋ドラゴンが! 『第一層』もろくに守れぬのに、異世界最強を自称するとは、飛んだ笑い者じゃな!」

 

 

 カチンとくるこの物言い。しかしここで挑発に乗っては彼女の思う壺だ。

 俺は「はいはい、分かったから、早く着替えてこい」と、さらりと受け流した。

 カルロッテは「むむぅ…今日もケンカは出来んのか?」と、しょぼんとして小屋の方へと戻っていった。

 

 なぜだ… とぼとぼと歩いていくカルロッテの寂しそうな背中を見るとなぜ胸がかゆくなるような罪悪感が俺を襲うのだ!?

 まだ出会って間もない幼女相手に何かしらの情が湧いたとでも言うのか!?

 ばかな! それは、ない! 断じてない!

 俺は必死に否定する。

 ところが思わず口から出てきたのはそんな俺の理性とは裏腹の言葉だった。

 

「もし、見事に五層の塔を作り終えたその時は、いくらでも相手してやるからな」

 

 

 その言葉にピクリと動きが止まるカルロッテ。

 そしてこちらを振り向くことなく「い、い、今の言葉、忘れぬからな。約束じゃぞ」と、震える声で答えた。そして、スキップしながら小屋へと消えていったのであった。

 最後の最後までその顔を見せることはなかったが絶対にニヤけていたに違いない。

 

 俺は首をすくめながら「まったく… 不思議な少女だな」と小さく漏らすと、次の瞬間には表情を引き締めてこれからのことに頭を巡らせることにした。

 

 さてさて…どうしたものか。

 

 正直言って手詰まりな感じは否めない。

 何せ手駒が少なすぎて工夫の余地があまりになさすぎるのだ。

 五つの部屋に10体の最弱モンスターたち。

 たったそれだけしか使えるものはない。

 

 そして肝心な俺の力と言えば、『フレア・ブレス』、響き渡る咆哮、それから突風を生みだす翼。それらが全て使えないとなると後は不都合にも相手を攻撃することに使う事の出来ない長い尻尾か手足のみ。

 

 いっその事シンニュウシャに俺の鋼鉄の体を攻撃させるだけさせて疲弊させて諦めて帰ってもらうという手もあるが、実は既に試し済みだ。

 その結果、予想通りダメージはほとんど受けないものの彼の攻撃は「ものすごく痛かった」のである。

 どうやらダメージと痛みという感覚は別物らしい。

 鉄剣の一撃は俺にしてみれば鉄の塊で思いっきり殴られたのと同じ痛み。

 その痛みに長時間耐えねばならないというのは精神上無理がある。その時はたったの一撃でたまらずブレスを吐いてしまい、お後は想像の通りの結果となった。

 

 

「困ったなぁ…」



 俺はふと空を見上げた。


 こんな風に頭が空っぽになるといつも浮かんでくるのは、

 

――前々から思っていたんだけど、タケトくんって、何か普通でつまらないの…


 という元カノからの痛烈な一言。

 その言葉を聞いたその時はショックで目の前が真っ白になってしまったのだが、今はむしろ彼女の事がふと頭に浮かんできた。


「今ごろ、どこで何をしてるんだろ…」


 彼女は俺にはもったいない程の美人だった。


 旅好きで、お金と暇さえあれば一人で世界中を飛び回っていた彼女。

 そんな彼女との出会いもアジアの小さな村の屋台で、偶然同じ雑貨を手に取ろうとしたことだった。

 

――あはっ! これって運命の出会いってやつだね! 私はマリカ! 君の名は?


 その一言から俺たちは付き合い始めたんだっけか。今考えればかなりめちゃくちゃだな。

 

 いつも何かの刺激を求め自由気のまま。まるで野良猫のような人。

 

 そんな彼女にしてみれば、普通のサラリーマンとなり、会社と家の往復に毎日疲弊する俺を見て「つまらない人」と思うのは仕方のなかったことだったのかもしれないな…

 

 こうして冷静に彼女の気持ちを考えられるのも、十分に心の傷が癒える時間が経ったからなのか、それとも俺の中で何か変化が生じたからなのか、自分でもよく分からなかった。

 

 

「普通でつまらない… か…」


 

 

 俺はぼそりとつぶやいた。

 

 

 『普通』って何だろう…

 逆に言えば、『普通じゃない』って何だろう…

 

 

 普通じゃない…

 

 

「普通じゃないダンジョン…」

 

 

 そうつぶやいたその時だった!

 

 俺の中でビビビっと電気が走るように一つのアイデアが浮かんできたのだ!

 

 

   ――普通じゃないダンジョンか!!――

    

    

 傍から見れば「なんだ、そんなの当たり前じゃないか」と思えるかもしれない。しかし常に「平凡がモットー」であった俺にしてみれば画期的なものだった。

 

 だが肝心なのは「普通じゃないダンジョン」とはどんなダンジョンなのか。

 

 それは俺には一つしか浮かばなかった。

 

 

 ――何これ? こんなダンジョン、ずるい!――

    

    

 と、思わせるようなものを作ればよいのではないか!

 


「おおおお! やったぞ!これでクリアできるかもしれない!」



 そう思えた瞬間カルロッテへこの喜びを伝える為に小屋へと急いだ。


 そして「おい!いい事を思いついたぞ!!」と大声をあげながらバンと扉を力強く開けたのだった。

 

 

 …が、しかし…

 

 

 目の前の光景を見て俺は思わず固まってしまった。

 

 

 それは…

 

 

 着替え中のカルロッテの姿…



 その透き通るような白い肌の背中が目に飛び込んできたのだ。


 始めは驚きに顔を青ざめさせていた彼女だが、みるみるうちに真っ赤に染めて怒りに全身を震わせていく。

 

 そして彼女は耳をつんざくような金切り声で叫んだのだった――

 

 

「キャアアアアアア!!! この変態がぁぁぁぁぁ!!」



………

……

 数時間後――

 

 朝食を終え、ダンジョンの素材と配置されるゴブ男とスラきちも届いたのだがカルロッテの機嫌はまだ直っていなかった。ぷいっと顔をそむけ俺の方を見ようとしない

 一方の俺の方は、左の頬を真っ赤に腫らしながら彼女に声をかけた。

 

「もういい加減、機嫌を直したらどうだ?」


 俺の言葉にカルロッテは顔をそむけたまま答えた。

 

「ふん! お主は自分がいかに大変なことをしたか、全く自覚というものがないようじゃな!」


「なんだよ、それ。たかだか着替え中に背中を見られただけだろ。背中の開いた水着を着ていたと思えば、大したことないじゃないか」


「な、な、なんじゃと!? 嫁入り前の女性の裸を見ておいて、大したことないじゃと!?」


「いやいや、どんだけ大昔の人なんだよ。それに何度も謝ってるじゃねえか」


「もうよい! 話にならんわい!」


 再びプイッと顔を背けたカルロッテ。このままではらちが明かないし彼女の協力なくしてダンジョン作りは進まない。

 俺は小さくため息をつくと彼女に問いかけた。

 

「分かったよ、じゃあどうすれば機嫌を直してくれるんだよ?」


 するとその問いに彼女はなぜか顔を真っ赤にしてうつむきながらつぶやくようにして答えたのだった。

 

「せ、せ、責任じゃ。責任を取ってもらえれば、それでよい」


「責任? どういう意味だよ?」


 俺は眉をしかめて問いかけるが彼女は口をもごもごさせているだけで何も答えようとしない。

 

「責任…ねえ… まあ、俺も男だ! 責任ならいくらでも取ってやる!」


 と、俺はさらりと言ったのはここで言う「責任」という意味を「昇進試験を合格させる」という意味にとらえたからであった。

 

 するとバッと顔を上げたカルロッテ。相変わらず顔を赤くしたまま、押しつけるように言った。

 

「今の言葉、忘れるでないぞ! 約束じゃからな!」


 物凄い量の唾を飛ばした彼女は大きな瞳をさらに大きくして俺を真剣な表情で見つめている。

 そんな彼女に対して俺は「何を大げさな」と言わんばかりに、首をすくめた。


「ああ、分かってるって。 よし、じゃあ機嫌が戻ってきたところで、今日のダンジョン作りに取り掛かるぞ」


「おおっ!!」


 女の気持ちとは良く分からないものだ。


 ケロリと機嫌を直したカルロッテは拳を高々と上げて鼻息を荒くしている。

 まあ何はともあれひとまずこれで今日の作業に取り掛かれるのだから結果オーライと考えることにしよう。

 

 さてではどんなダンジョンを作るか、実はこの時既に俺の腹の中では決まっていた。

 そして早速俺のイメージ通りのダンジョン作りに取り掛かったのである。




 それから二時間後ーー



「よし! 完成だ!!」



 俺は大きな声でそう宣言すると、達成感に大きく胸を張った。


 しかし…


 完成したダンジョンを見たカルロッテは顔を明るくしてもらした。

 

 

「このダンジョンならいけそうじゃ!」



 とーー




◇◇◇◇

 第一層の条件のおさらい



・部屋は五つまで作成可能


・配置可能なモンスターは、

 ゴブリン(レベル3)…5体

 スライム(レベル2)…5体


・シンニュウシャの情報

 レベル5

 勇猛果敢な性格

 ダンジョンマスターを倒すことのみに猛進

 ゴブリンやスライムの攻撃は通る

 2体程度のゴブリンならまとめて撃破可能


・ダンジョンマスター(バハムート)の情報

 レベル98

 シンニュウシャからの攻撃のダメージはない

 (ただし痛いから食い続けるのは嫌だ)

 フレア・ブレス…利用不可

 羽ばたき…シンニュウシャを吹き飛ばすのは不可

 咆哮…シンニュウシャは怯まない

 



 

 

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