第一層 ④
――諦めるな!! 最後まで考えるのじゃ!!
それは考えるまでもなくカルロッテの声。その声にハッと顔を上げた俺に対して彼女は続けた。
「お主が『諦めるな!』とみなを励ましたのではないか! そのお主が諦めてどうする! 今日こそは勝つのじゃろ!?だったら諦めたらいかんのじゃ!」
その熱烈な鼓舞する声は俺のしぼみかけた心に小さな火をともす。
そうだ… 俺が諦めてどうするんだ…!
最弱なモンスターと揶揄されてきたゴブ男とスラきち。負け続けてきた奴らに勝利の美酒を味あわせてやるんだとちょっとだけ思っていたじゃないか!
考えろ! 考えろ! 考えろ!
何か手立てがあるはずだ!
俺はぐるぐると頭を回し続ける。それは町の商店街のくじ引き大会でガラガラを回し続けたあの夏の日に似ている。『当たり』という名の名案が生まれるまで。
しかしそんな暇はなさそうだ。
「ぴきぃぃぃぃ!!」
「ギャおん!!」
早くも一体のスラきちがシンニュウシャの剣の錆となって倒されてしまった。
このままでは残り3体の前線の彼らもすぐに倒されてしまうことだろう。
もう時間がない…!
その時再び熱を帯びた甲高い声が俺の頭に響いてきたのである。
「お主は最強のドラゴン、バハムートなのであろう! その力を信じるのじゃ!!」
と…
その言葉で俺の頭に…
とある事がひらめいた!
「ギャオオオオオ!!」
気合いの雄たけびを上げると狭い部屋の中がビリビリと震える。その声はシンニュウシャの耳にも届いていることだろうが、彼はひるまずに早くも三体目のモンスター、ゴブ男の背中を容赦なく斬りつけている。
しかし俺もその声で相手をどうにかしようとなど考えてはいなかった。
俺が考えた一手。
それは俺がバハムートであるからこそ打てる一手だ!
――バサッ!!
その一手を打つべく俺は大きく翼を広げた。
そしてその場で目いっぱい羽ばたいたのだ。
そう… それは「はばたくだけで突風を巻き起こす」というバハムートの力をいかんなく発揮した一手!
名付けて『エクストリーム・ウィンド』!!
――ブオォォォォォ!!――
まるでハリケーンのような轟音。
その瞬間に、渦を巻いた烈風がダンジョンの狭い廊下へと吸い込まれていく。
「ぴきぃぃぃぃ!」
俺の足元で目を回していたスラきちも彼方へと飛んでいった。
もちろん彼だけではなく前線のモンスターたちはまるで木の葉のようにダンジョンの入り口の方へと吹き飛ばされていく。
そして、
「ぐあああああ!!」
シンニュウシャも懸命に歯を食いしばって耐えているが、ずりずりと踏ん張る足は後方へと下がっていく。
もう少しだ!
もう少しで奴を吹き飛ばすことが出来る!
諦めるな! 俺は最強のドラゴン、バハムートなんだから!!
何度も何度も羽ばたき続ける。背中の筋肉がつりそうだが、そんなことに構ってなどいられない。
俺は必死になって巨大な翼を動かし続けた。
くらえぇぇぇぇ!!
――エクストリーム・ウインドォォォ!――
――ゴゴゴゴオォォォ!!――
いつのまにか轟音は爆音に変わり、ダンジョンの壁もみしみしときしみ出している。
そんな中シンニュウシャはぎりぎりのところで耐えているのだから大したものだ。
しかしそれでも既に両手を地面について言葉すら発せないでいる。
「タケト! タケト!!」
カルロッテが俺の名を呼ぶ声が聞こえるが、俺の翼が奏でる極限の烈風のメロディーに完全にかき消されていった。
一心不乱に翼をはばたかせる俺。そして両手両足を大木の根のように地面に這い、必死の形相で耐え抜くシンニュウシャ。
まさに男と男の勝負が繰り広げられていた。
そして…
「ギャオオオオ!!」
と、ありったけの力を込めて翼を高速ではばたかせたその時!
「うあああああ!!」
という無念の悲鳴を上げながらとうとうシンニュウシャが後方へと吹き飛ばされていったのである!
よっしゃああああああ!!
しかし!
ここで気を緩ませてはならない!
なぜならシンニュウシャを入り口から外まで吹き飛ばさなくては撃退したことにならないからだ。その為にはさらに強い風を巻き起こさねばならない!
「ギャオオオオオ!!」
俺は雄たけびととも翼に全神経を集中させると、今まで以上に翼に力を込めてはばたかせた。
――ハイパー・エクストリーム・ウインドォォ!――
――ゴゴゴゴオォォォ!!――
再び爆音が巻き起こり、さらにその風の威力は増す。
「タケト! タケト!!」
心なしかカルロッテの声が大きくなったようだが、今は彼女のことなど気にしている場合ではない。
どんどん奥へと吹き飛ばされて小さくなっていくシンニュウシャの姿。
その姿を見ながら俺は勝利を確信した。
やったぜ… ゴブ男にスラきち… お前らがいたから俺は頑張れたんだ…
既にダンジョンの外はおろか、遥か彼方まで吹き飛んでいったであろう最弱な同胞たちに心の中で敬礼する。
そしてついにシンニュウシャが入り口付近まで到達した。
つまりいよいよやって来たのだ!
勝利の瞬間が!
ビバ!俺!
ビバ!ゴブ男!
ビバ!スラきち!
心の中で万歳を三唱していた俺はフィニッシュを決めるべく両方の翼を背中でぴたりと合わせる。
そして全身全霊の力でそれらを一気に前方へと押しだした。
――ウルトラ・ハイパー・エクストリーム・ウインドォォ!――
空気抵抗などもろともせずに黒い翼はさながら音速のごとく俺の視界前方へと押しだされていく。
そしてその巨大な翼によって生み出された空気の塊は、凄まじい破壊力を宿した突風となって俺のいる小さな部屋から飛び出そうとした。
――ゴゴゴゴオォォォ!!――
…その時だった。
――これ以上は危ないのじゃ!!――
カルロッテの悲痛な叫び声が俺の頭の中に響きわたったのだ。
えっ…? それってどういう意味…
それはまさに一瞬の出来事だった。俺がカルロッテの言葉の意味を理解しようとしたその瞬間…
――メリ… メリメリッ!
と、不気味な音がしたかと思うと、
――ドゴゴゴゴオォォォン!!――
という猛烈な音とともに、薄暗かった周囲が一気に明るくなったのである。
その明るさをもたらしているのは…
大きな月と満天の星の光。
つまり…
俺の巻き起こした風によってシンニュウシャだけでなくダンジョンも吹き飛ばしてしまったのだった――
「あ……… あ~あ…」
ダンジョンはシンニュウシャやゴブ男、スラきちとともに遥か彼方へと飛んでいく。
それはまさに夜空に輝く星の一つになったのであった。俺はドラゴンから元の人間の姿に戻ると、それを口を半開きにしながら見つめていた。
と、そこに猛烈な風によって髪を乱したカルロッテがてくてくと近づいてきた。
そして彼女は落ち込んで膝をついている俺の肩に手を置いてこう言ったんだ。
「どんまいじゃ!」
と…
そのなぜか眩しい笑顔を見た俺はもはや何かを口にする気力もなく、ただうなだれるより他なかったのだった。
本日の結果…
失 敗




