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第一層 ③

◇◇

 ゴブリンとスライム――

 

 その存在は様々なゲームの世界や異世界において『二大最弱モンスター』と言っても過言ではないだろう。

 多分にもれず俺のいるこの世界でも彼らは最弱であるらしい。そして彼らは冒険者が旅に出た最初に遭遇するモンスターであり、チュートリアル的な戦闘で撃破されるのが定石だ。その上、撃破しても得られる経験値や金も少なく、戦闘に慣れた冒険者たちはすぐに彼らのことなど見向きもしなくなる…

 

 そんな哀しすぎる運命を背負っている種族なのだ。

 

 そして今、俺はそんな彼らを率いてシンニュウシャに立ち向かおうとしている。

 シンニュウシャは彼らにしてみれば遥かに高い壁のような存在であるはず。

 

 しかし俺は諦めない。

 

 なぜなら早くこのくそったれなダンジョン作りとおバカな幼女から解放されて、異世界モテモテライフを送りたいのだから。

 

 そしておまけではあるが、ゴブリンとスライムたちにも味あわせてやりたいのだ。



 勝利の美酒というやつを――

 

 

 それはシンニュウシャがやって来る前のこと。

 

 俺とモンスターたちは、今回の計画…つまり俺が咆哮したら部屋を飛び出してシンニュウシャを挟み打ちにする計画を練り終えると円陣を組んだ。

 

 

    ――お前ら!今日こそ!勝つ!!

    ――オオッ!


    ――何があっても諦めるな!

    ――オオッ!


    ――いくぞぉぉ!ファイッ!

    ――オオッ!

 

 

 気合いの言葉はみなの闘志を鼓舞するだけでなく、チームとしての一体感を生む。

 

 ゴブ男にスラきち…

 

 同じ顔ばかりなのでゴブリンは全員「ゴブ男」で、スライムは全員「スラきち」だ。

 

 この円陣が解かれた瞬間、俺とゴブ男、それにスラきちの総勢11人はまさに一心同体のチームとなった。


 そして俺を先頭にして全員でダンジョンへと入っていくその様はさながら映画のワンシーンのようであったに違いない。

 

 見せてやんよ。

 

 『絆』っちゅうもんがレベルの差を凌駕するのを…

 

 この時はそんな風に希望に満ちていたんだ――

 


◇◇

ぎゃおおおお(なにぃぃぃぃぃ)!!?」

 

 俺の咆哮がダンジョン内に響き渡った。しかしそれは決して『突撃』の合図ではない。

 今目の前で起こっている光景に驚くあまりに出てきた叫び声だったのだ。

 

 その光景とは…

 

 なんと前後をモンスターたちに囲まれたシンニュウシャがパニックに陥るどころか、ますますその勢いを増して突進してくるではないか!

 

 

「これで後には引けなくなった!!ならば突撃あるのみ!! うおぉぉぉぉぉぉ!! どけどけどけぇぇぇ!!」

 

 

 なんだ!? その戦国時代のサムライのような潔いほどの特攻精神は!

 

 くっ… こんなはずではなかった…

 

 俺は歯ぎしりをして悔しがった。

 そんな俺の足元には猪武者(シンニュウシャ)によって吹き飛ばされたスラきちが目を回して倒れている。

 

 そしてまさに弾丸のようなその猛烈な勢いに圧倒されたのは俺だけではなかった。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 というゴブ男の絶叫が俺に近づいてきたのだ。シンニュウシャの前に立ちはだかったはずのゴブ男とスラきちが、なんと顔を青くしてこちらに向かって走ってくるではないか!


 今日こそは勝つ!と気合いを入れたのは一体何だったんだ!


グルルゥゥゥ(こっちくんな)!」


 と、俺は懸命に逃げてくるゴブ男とスラきちにハッパをかけるが、彼らの真剣な表情からして、その声が届いていないのだろう。もしかしたらそもそも俺の言葉が通じていない可能性もある。


 しかしまだ手立てはある。


 前がダメなら…


 後ろからだ!


 いや、むしろ彼らの猛攻こそ『挟撃の計』の真打と言えるはずだ!その背中から斬りつけられれば、流石の勇敢な男であっても面食らうに違いない。

 俺は前方のモンスターたちから後方へと目を向けた。


 さあ、こい! そして蹂躙するのだぁ!


 そう期待に胸を膨らませた。 


 しかし…




    ゴブ男とスラきちの足は絶望的に遅かった…

 


 

 彼らだって一生懸命追いかけてはいる。しかしそれでも追い付くどころかグングンとシンニュウシャとの距離は離れていくのが、遠目からでもはっきりと見てとれた。


ガオオオン(がんばれぇ)!」


 俺の雄たけびはまたしても虚しくダンジョン内に響き渡る。


 しかし、よくよく考えてみればそれも仕方ないことかもしれないと、俺は思えてきた。

 と言うのも、ゴブ男こと「ゴブリン」と、スラきちこと「スライム」は最弱のモンスターであり、彼らに遭遇したところで逃げ出す冒険者などいない。となれば、彼らは逃げ出した相手を追いかける必要などない訳で、追いかける足の速さも進化させる必要などない。


 つまり長いこと彼らが最弱モンスターであるがゆえに足の速さが退化していったのだと考えられるのだ。


 なんという非情な運命。

 弱いがゆえに足も遅くなるなんて…

 この世界には神も仏もあったもんじゃねえな!


 ぐぬぬぅ… 悔しい! すごく悔しい!


 しかし俺は認めざるを得なかった。


 『最弱モンスター軍団』による挟撃の計は…



    無惨にも失敗…



 に終わったということを――



 愕然とする俺。そして阿鼻叫喚のモンスターたち。

 まさにダンジョンは地獄絵図の様相を呈してきた。


 このまま手をこまねいていてはすぐにシンニュウシャは前方のモンスターに追いつき、その背中を容赦なく襲うだろう。そして彼らを一掃した後は俺にその刃を突き立てんと迫ってくるはずだ。

 

「うらぁぁぁぁぁ!!」


 それはまさに猪突猛進。

 そしてシンニュウシャは鬼のような形相のまま、まずは前方のゴブ男とスラきちを屠らんと腰の剣をすらりと抜いた。

 

 

    もうだめだ…

 

 

 結局俺は元カノの言う通り「つまらない男」を脱却することなんて出来ないんだ…

 落胆のあまりに俺の頭が下がる。

 

 …と、その時だった。

 

 

    ――タケト、諦めるな!!――


 

 その甲高い声が頭の中に響いてきたのは…


 俺はハッとして顔を上げた。


 それは考えることもなくカルロッテの声。

 彼女が顔を真っ赤に染めて声援を送っているその姿が脳裏に浮かぶと、鎮火しかけた心の炎がメラメラと再び燃えだした。


 俺は…


 諦めない!!


 ぐんと体温が上昇すると、心の炎から煙がたちこめる。

 そしてその煙は、そのまま反攻の狼煙へとつながっていった。

 

 しかし俺はこの時昂っていく感情だけに気を取られ、考えすらしなかったのである。

 その反攻がとんでもない結果を生むことを――





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