メイド リズ・フランツ②
◇◇
十五日目 朝――
俺は完全になめていた。
おバカな猫のことだ。
たった一つの願いごとなど、どうせたいしたものではない!
そんな風に思いこんでいたのである。
せいぜい、三回まわって「ワン!」と言えとか、
美味しい料理を作れとか、
全身をマッサージしろ(これはむしろ俺にとってはご褒美だな)とか…
そんなものであると思いこんでいたのだ。
しかし…
彼女の願いはそんな俺の淡い期待など完全にぶち壊すものだった…
――ミャアはパパになりたいにゃ!――
それはその一言から始まった。
最初は「何言ってるの? こいつ」と可哀想なものを見る目で彼女を見つめていた。
しかし能天気な落ちこぼれ女神のひっじょーに余計なひと言がきっかけとなって、事態は最悪な方向へと動いていった。
――ふむ… ではパパとやらは、どんな姿なのじゃ?
――うーん… パパは大きな槍を持ってるにゃ!
――ふむ… しかしタケトが槍になる訳にはいかんからのう… それは諦めよ
――むむぅ…! じゃあ、パパはいつも大きな馬に乗ってるにゃ!
――馬… 馬か! おお! それくらいならタケトごときでも出来るであろう!
――さすがはゴシュジン様にゃ! タケト! 馬になるにゃ!
と…
――だが断る!――
俺がそう言って逃げ出したのは言うまでもないだろう。
俺に「馬になれ!」だとぉ!
俺にだってちっぽけだがプライドっちゅうもんがある!
なんでおバカな猫の『馬』となって虐げられねばならないのだ!
それだけはどうしても許せなかった。
しかし…
その時だった…
――パパに言いつけてやるにゃ!!――
という禁断の言葉をミャアは言い放ったのだ。
俺の足はまるで鎖が絡みついたようにピタリと止まる。
俺はぎこちない笑顔を浮かべながら彼女の方を向いた。
するとミャアは全身の毛を逆立てて、俺のことをキリッと睨みつけている。
――タケトが約束を破る人だなんて知らなかったにゃ! 最低にゃ!
――そうじゃ、そうじゃ! 最低じゃ!
なぜかカルロッテもミャアに加勢している。
こうなると俺は完全に孤立した。
そして俺自身にも罪悪感がないわけではない。
そもそも「何でも一つ言う事を聞いてやる」と言いだしたのは俺なのだ。
『馬』になるのはこれまでに体験したこともないほどの屈辱だ。
しかしそれでも俺は受けねばならない。
それがバカな男の生き様っちゅうもんさ…
しばらく睨み合いが続いていたが、俺はとうとう観念してがくりと肩を落とした。
――分かったよ… やればいいんだろ! やれば!
俺は半ばやり投げにそう唾を飛ばした。
すると今までの不機嫌など嘘だったように、ミャアとカルロッテが飛び跳ねて喜び始めたのである。
――やったにゃあ! まさか本当にやってくれるとは思わなかったにゃ!
――ハハハ! タケトはちょろいのう!
――タケトはちょろいにゃ!
ぐぬぬぅ…
この悪魔どもめ…
ダメ元だったとは!
しかしそんな気持ちで『パパ』を持ち出すのは反則だろ!
それは水○黄○で言えば『印○』みたいなもんなんだぞ!
しかし俺のそんな歯ぎしりなど意にも介さずに、ミャアは俺に嬉々として命じた。
――じゃあ、早速始めるにゃ!
――ふん! どうせ馬といっても四つん這いになってお前を乗せればいいだけだろ!
俺は「いつでも来い!」とばかりに四つん這いになる。
しかし…
悪魔はそんな甘くはなかったのである。
――脱ぐにゃ――
――はい?
――だから脱ぐにゃ!
言っている意味がよく分からないが、とりあえず俺は靴を脱いだ。
するとぶんぶんとミャアは勢いよく首を横に振った。
そして…
悪魔の一言を吐いた…
――お馬さんは服なんて着てないにゃ! だから全部脱ぐにゃ!
と…
――おいおいおい!! ちょっと待て! なんでそこだけ忠実に再現する必要があるんだよ!?
――ミャアはりありてぃが欲しいにゃ!
――おまっ… リアリティが欲しいなら俺が馬になる時点で非現実的だろ!
ここは一歩も引くものか!
俺は上着一枚とて脱がんぞ!
俺は何としても純潔を守るんだ!
まだ見ぬ俺のメインヒロインの為に――!!
数分後…
――許しておくれ! 後生だからパンツだけは勘忍しておくれやすぅぅぅ!
俺はすがるようにミャアの足元でひざを折って懇願した。
既に全身素っ裸。
残るはわずかに大事なところを隠す布一枚だけだ。
しかし、ここだけは絶対に守らねばならない『聖域』!
もう俺のプライドとかそういった次元の話ではない!
なぜならこれを取った瞬間…
ジャンルが変わってしまうのだから!
すると俺の熱意が伝わったのか「そこまで言うなら仕方ないにゃ」とミャアはようやく折れてくれた。
――もう仕方ないにゃ… 分かったから早くお馬さんになるにゃ
ため息まじりにそう漏らしたミャア。
そして俺は四つん這いになった。
守るべきものは守った。
もう失うものはない…
さあ、来い!
俺は…
馬になるっ!!
――ムニュッ…
その時、俺の背中に柔らかい感触が襲った。
それは間違いなくミャアが俺の背中に乗ってきたことを示している。
しかし…
むむっ… こ、これは…!
気持ちいいじゃねえか!!
それもそのはずだ。
ミャアの大きくて柔らかそうな桃尻が、俺の背中にダイレクトに乗っているのだから。
そして俺は確信した!
お馬さん、最高!!
であると――
しかし…
――ドスンッ!
という音がしたかと思うと背中の上の方に固い何かがのっかってきた。
――うげっ!
俺は思わずうめき声を漏らすと、その固い何かに向かって言った。
――おい、ちびっこ!! お前を乗せてやるなんて、一言も言った覚えはないんだが!
――タケトは今は『馬』なのじゃ! 馬は馬らしく大人しくしておればよいのじゃ!
――くっそ! 俺は町内の暴れ馬と呼ばれた男よ! こうしてやる!
俺は激しく腰を動かして背中を揺らす。
すると上に乗っている二人のお尻は背中の上で飛び跳ねた。
その度にミャアの柔らかな感触が俺の背中を刺激する!
俺は思わず叫んだ。
――ヒヒィィィン!!(お馬さん、さいこぉぉぉぉ!!)
一方のカルロッテとミャアも俺の背中が激しく揺れることが楽しいようで、キャッキャッと笑いながら楽しんでいる。
まさに「win-win」というやつではないか!
そして俺たちはまるで童心に帰ったかのように時間を過ごしていた。
そこに近づく一つの影のことなど気付くこともなく…
「それそれ進むのじゃぁぁ!!」
「ひひぃぃぃぃん!!」
そう俺が両手を地面から少し離したその時であった…
メイド姿に身を包んだ美女が俺の目の前に立っていたのである…
パンツ一丁でお馬さんをしている俺の目の前に…
「きゃああああああ!! 変態!!」
こうして俺はもう一つ大事なものを失った。
父さん…
母さん…
こんな俺を許してください――




