メイド リズ・フランツ①
◇◇
私の名はリズ・フランツ。
天界広しと言えども、『閃光の戦乙女リズ』という名を一度も耳にしたことのない者などいないだろう。
それほど私は自分で言うのもなんだが、名の通った存在なのだ。
そんな私の役目は女神アルテ様の護衛。
そのアルテ様は転生を司る高貴なお方。
少し早とちりのところもあるが、普段の仕事ぶりとのギャップがまたいいっ!
…ゴッホン!
少々取り乱して、相済まなかった。
さて私は女神の護衛という役目柄、常に戦場にいるような緊張感を持って臨んでいる。
ーーねえねえ、あれ見て! リズよ!
ーーあんな風にいつも怖い顔しているから男が近寄らないのよね〜
ーーいいの、いいの。リズから仕事を取ったら何も残らないんだから
ーーあれで愛想がよければ絶世の美女なのにね〜
ーーしっ! 聞こえるよ!
そんな天使どもの陰口を何度耳にしたことか。
ふっ… しかしとうに私は女神様にこの身も心も捧げているのだ。
ゲスな女どもの下世話な話など、これっぽっちも気になどしておらぬ!
私は常に白銀の鎧と純白のマントを身にまとい、腰には聖剣を差して天界の番人として、女神様の住まう神殿の警護にあたっていた。
そんある日のことだ。
なんと私は女神アルテ様に呼ばれたのだ!
なんの用事だかは全く検討もつかないが、私は天にも昇る気分だった。
既に天界だが。そういうツッコミはいらん。
なにせ声をかけられたことすら数えるほどしかないのだ。
あの眩しい笑顔が手の届く距離で向けられたら私はどうなってしまうのだろう…
まずい…
顔が思わずにやけてしまう。
こんな気持ちで女神様の護衛など務まるはずもない。
しかし…
しかし…
しかぁぁぁし!
「いやったぁぁぁぁ!! 女神さまぁぁぁ! 早くお話したいよぉぉぉ!!」
と、思わず私は喜びのあまり一人叫んでしまった。
ーーねえねえ、今なにか聞こえなかった?
ーーリズの声だったような…
ーーうそぉ! あの滅多に口を開かないムスッとしたリズが?
ーーそんなわけないよねぇ! あはは!
ーーないない! リズなわけないよ!
ふふふ…
今の私にはそんな陰口まで爽やかな風の音にしか聞こえない。
私は心の中ではスキップをしながら、
しかし実際には静かに神殿の中を進んでいった。
ただ一点、女神様の部屋を目指してーー
そして…
「あらっ! リズちゃん! よく来ましたね!」
ああ… その声が私一人だけに向けられていると思うだけで私はもう死んでもいい。
いやっ! 女神様のことは死んでもなお守り抜かねば!
私は跪いたまま「もったいなきお言葉! 痛み入ります!」と返事をした。
「まあまあ、堅苦しい挨拶は抜きにして! ささ、そこにかけてお茶でもいかがかしら?」
「いえっ! 女神様の前でそのような無礼など、滅相もございません!」
「いいのよ〜、リズちゃん。早く楽にして!」
これ以上断ると、それはむしろ無礼にあたるだろう。
私は仕方なく女神様の指差した椅子に腰をかけた。
するとなんと!
女神様が自らの手でお茶を入れてくれているではないか!
あわわわっ!
そんなことをされたら私はどうなってしまうのか!?
「あら? 何か顔色が優れないようだけど…お茶は嫌だったからしら?」
「め、め、め、滅相もございません! 頂きます!!」
私は一気にそれを口に入れた。
…が…
「あちぃぃぃぃ!!」
と、あまりの熱さに口を火傷して吹き出してしまったのである!
これほどの大失態!
無念だ…
絶対にお叱りになられるに違いない。
もしかしたら護衛の役目も降ろされるかもしれない。
もしそうなったら…
潔く死のう…
そんな風に涙を溜めてうつむいたその時だった。
「あははっ! リズちゃんって見かけによらず面白いのね! 見直しちゃったわ! あははっ!」
なんと…
女神様は腹を抱えて大笑いしているではないか…
その時、私は気づいた!
これは失態を犯した私に気を使ってくれているに違いない!
ああ…
やはり私は間違っていなかったのだ。
このお方に全てを捧げると聖剣に誓ったあの時の選択は…
そんな風に感動に打ち震えている私の肩に柔らかくて暖かい手が置かれた。
ぎぇぇぇぇぇ!!
そ、そ、そ、そんなことをされたら、
私は! 私は!
そしてその慈しみにあふれた声でアルテ様は言ったのだった。
「うん! リズちゃんなら大丈夫そうね! ではやってくれますね!」
と…
「はい?」
私は思わず頭をあげて問い返した。
するとアルテ様は親指を上げて続けたのだった。
「私の可愛いカルロッテちゃんのメイド! もうあなたくらいしか頼める人いないのよ〜! よろしくねっ!」
「お、お待ちください! 私はアルテ様に忠誠を…」
「ごめん! もう時間がないの! 後のことは戻ったら聞いてあげるから! じゃあ、いっくよ〜!」
「アルテ様!」
そう私が慌てて呼び止めたその時だった。
私の全身が光に包まれる。
「お待ちください! 私は! あああぁぁぁ!」
こうして私の意識は白い世界へと吸い込まれていったのだったーー
………
……
どれほど経っただろうか…
私は目が覚めた。
そしてゆっくりと目を開ける。
「うわぁぁぁ!! なんだこれは!?」
まずこの目に飛び込んできたのは自分の服装だった。
白いエプロンに大きなフリフリのスカート。
まさにメイド服そのもの…
私は本当にカルロッテ様のメイドになってしまったというのか…
そしてここはどこだ?
見渡せば藁が敷き詰められた部屋。
無造作に可愛らしいパジャマが脱ぎ捨てられている。
まさか!
これはカルロッテ様の…
アルテ様のご息女の…
ゴクリ…!
と、と、と、取り敢えず匂いだけでも…
と、考えたその時だった。
「それそれ進むのじゃぁぁ!!」
と、元気な幼女の声が私の脳の中を駆け巡ったのは…!
それはまさしくカルロッテ様の声に違いない!
私は急いだ。
今の私が守るべきその存在の前に跪く為に!
そして未だにこの腰にさしてある聖剣に不変の忠誠を誓う為にーー
しかし…
そんな私の目に飛び込んできたのは…
一人の不潔な男が裸で馬のように四つん這いになっている姿…
その上に馬乗りになっているカルロッテ様と思しき幼女と、ふざけたエロい身体つきの猫耳女…
そして事もあろうことかその不潔極まりない男が私に目がけて両手を上げて叫んだのである。
「ひひぃぃぃぃん!!」
と…
これはごく自然の反応だ。
なぜなら私だって…
こんな私だって…
女の子なんだから!
「きゃぁぁぁぁ!! 変態!!」




