第二層 ⑨
◇◇
十四日目 夜ーー
いよいよこの日もシンニュウシャがやってきた。
しかし彼を迎え撃つ俺の心持ちはそれまでとは全く異なっていた。
「もう一日も無駄には出来ないんだ…」
残りはこの日を含めて七日。
クリアせねばならない階層は四つ。
もう一日だって無駄に出来ない。
なんとしてもこの日で『第二層』をクリアする。
そんな風に並々ならぬ決意を胸に秘めていたのであった。
そして…
ーーシンニュウシャ来襲じゃ!ーー
というカルロッテの号令によって、この日のダンジョン防衛戦は幕を上げたのであった。
とは言え、第一層には何の仕掛けを施していない。
それどころかモンスターすら配置していないのだ。
その理由は言うまでもない。
ここで何を仕掛けようとも一網打尽にされるのが落ちだからだ。
それでもそんなことなどつゆとも知らないイケメンシンニュウシャは、じりじりと慎重にダンジョンを進んでいく。
俺はその様子を水晶を通してじっくりと見ていた。
そして彼はようやく第二層へと続く階段のもとまでやってきた。
そこには一つの宝箱。
もちろんこれも昨日のものと全く同じものだ。
しかしその中には昨日のようにゴブリンは入っていない。
それでも慎重なシンニュウシャはズブリと剣を突き刺してからそれを開いた。
そこには一つの薬草。
そしてもう一つ入れておいたものがある。
それは…
「手紙? なんだろう?」
ーーこの階層のモンスターは始末しておいた。安心して次の階層へ進め バハムー
「バハムー? 一体誰なんだろう? でもその人がここを安全にしてくれたなら感謝しなくちゃ」
そう…
それは俺の仕込んだ手紙であった。
ここで『バハムー』という架空の人物の存在を臭わす、というのがこの階層の目標だった。
その目標は見事に達成したと言えよう。
さあ、次だ。
いよいよこれからか本番!
このイケメンシンニュウシャを可愛い可愛い妹さんのもとへ帰す!
そして…
いつかその妹を俺に紹介してもらうんだ!
イケメンの妹なら超美少女間違いなし!
そう俺は燃え上がっていた。
そして思わず雄叫びを上げたのだった。
ーーギャオオオオオ!!ーー
………
……
さてさてやはり三食抜きともなると妙なテンションになってくるな。
俺はワクワクしながら落ち着きなくシンニュウシャの登場を待っていた。
ホテルゾーンを何をすることもなく抜けていくシンニュウシャ。
そして彼は宝箱ゾーンへと突入したのである。
ここが一つの仕掛けどころ。
昨日と同じ配置に同じシンニュウシャ。
ならば開ける順番も同じはず。
そう考えた俺は最後に彼が開けるその宝箱に入れておいたのである。
手紙をーー
「うわぁ、こんなに薬草を手に入れることが出来た!これでサヤの病気も少しはよくなるはず!感謝しなくちゃ」
そう漏らしながら宝箱を開けていくシンニュウシャ。そして彼は最後の一つに手をかけた。
「ん? また手紙だ。なになに…」
ーー少しでもサヤちゃんの為に役立てば、これほど幸せなことはない バハムー
「またバハムーさんからだ… しかもこの薬草は全部バハムーさんが… なんて良い人なんだ!」
よしよし!
これでいい!
これで彼の中で『バハムー』という人物に対する信頼が絶大なものになったに違いない!
それでは最後の仕上げだ。
それは…
彼が家族の平穏を祈るあの場所。
ここで俺は決める!
彼の帰還を!
そして…
彼はゆっくりと祈りを捧げる部屋へと入ってきた。
そのまま静かに膝をつく。
「妹のサヤと猫のタマが末長く幸せに暮らせますように…」
昨日と変わらぬ祈りの言葉。
その後彼はしばらく黙祷を始めた。
静寂が辺りを包む…
この時こそ俺の待ち望んだ時間だった!
俺は人間の姿に戻ると静かに片手を上げる。
同時に隣に立っていたインプが弓を構えた。
そして…
ーー放てっ!
と、俺は手を下ろした。
ーーシュッ!
放たれた弓矢は見事にわずかに開かれた小窓の中へと吸い込まれていく。
もちろんその先は…
シンニュウシャが祈りを捧げているその部屋だ。
「うわっ! なんだ!?」
突然目の前に飛び込んできた矢に驚きの声を上げるシンニュウシャ。もちろんその矢は彼を狙って放たれたものではない。
その目的は…
「ん!? 紙切れ! 矢の先に紙切れがついているぞ!」
俺は小窓からこっそりとシンニュウシャの様子を確認する。
すると彼はその紙切れに書かれた文字に目が釘付けになったのである。
ーーサヤ キュウヘン イソギモドルベシ
そして俺は彼の様子を確認した後、この部屋にいるモンスターたち…すなわち配置可能な全てのモンスターに左手を上げた。
もちろんこれもサインだった。
ーーウギャァァァ!!
モンスターたちが一斉に悲鳴を上げ始める。
その声にシンニュウシャはハッと顔を上げた。
その瞬間、俺は小窓まで寄るとわざと彼にその背中が見えるような位置に立った。
そして背中越しにシンニュウシャに向けて叫んだのである。
「ここは俺に任せろ!! それより紙を見ただろ! サヤちゃんが危ない! 今すぐ戻るんだ!!」
シンニュウシャは慌てたように早口で俺に話しかけてきた。
「でも! ここのモンスターを倒すのが僕の使命! あなた一人に頼るわけにはいかない! そもそもあなたは誰なんだ!?」
「俺は…君とサヤちゃんの幸せを願う男…」
「まさか! バハムーさんですか!?」
「名を明かすつもりはなかったが…もうよいだろう! ここは俺を信じろ! このダンジョンをクリアしたあかつきには、その報酬は全て君たちに届けよう! だから早くサヤちゃんの元へ!」
「でも…」
よしよし!
揺れてるぞ!
あとひと押し!
俺の必殺の口説き文句で決める!!
「迷うな。たまにはいいんじゃないか? 心のままに今自分に一番大切だと思う相手の胸に飛び込んでみたら…」
「心のままに…」
「ああ…後悔しない決断は一つしかないだろ!」
俺はそう言うともう一度左手を上げた。
ーーギャァァァ!
モンスターたちが再び悲鳴を上げる。
「君にも聞こえているだろう? この悲鳴が。ここは俺一人で大丈夫だ! もう迷うな!!」
俺は完全にダメ押しした。
そして小窓からダッシュしながら離れた。
さもモンスターの大群の中へと斬り込んでいくように…
そして早速水晶を覗き込んだのである。
シンニュウシャが帰っていくその様子を見るために…
静かに部屋を出たシンニュウシャ。
彼はうつむいていた顔をきりっと上げた。
そして強い口調で宣言したのである。
「ありがとうございます…バハムーさん。あなたの一言がなかったら僕は間違った選択をしていた」
よーーし!
これで決まった!!
俺の勝ちだぁぁぁ!!
俺は隣のインプと喜びのダンスを踊る。
しかし…
俺はすっかり忘れていたのである。
俺の必殺の口説き文句は…
一度も成功したことがない。
「ここでサヤとの約束を守れずに帰ったら、悲しむのはサヤだ! 僕はここで果たすんだ! ダンジョンをクリアしてくるというサヤとの約束を! それが僕の後悔しない選択だ!!」
な、な、な、な、
ーーなんだとぉぉぉぉ!!ーー
俺は驚愕のあまり卒倒しかける。
それを周囲のモンスターが懸命に支えた。
「馬鹿な。馬鹿な。馬鹿な…」
何度呟こうとも結果は変わらない。
既にシンニュウシャはその力強い一歩を俺のいる部屋に向けて踏み出しているではないか。
まさか自分の言葉が逆に彼の闘争心へ火をつけることになろうとは…
よくよく考えてみればあの口説き文句の結果はことこどく一つだったじゃないか…
ーーやっぱり妥協はだめよね! ありがとう後悔しないように、私の理想の相手をこれからも探すわ! ばいばい!
と…
ぐはぁぁぁぁ!!
今更高校の時の黒歴史を思い出したら、物凄いダメージを食らってしまったではないか!
しかし俺がそんな過去の自分と戦っている間にもシンニュウシャは一歩また一歩と近付いてくる。
そして…
いよいよ部屋の扉に手をかけたのだ。
くそっ…
今回もダメか…
そう諦めかけたその時だった。
「ミャア…」
という猫の声がダンジョンの中に響いてきたのは…




