第二層 ⑧
◇◇
十四日目 昼ーー
既にダンジョンは完成しているため、俺たちは各々自由時間を過ごすこととなった。
カルロッテはパジャマに着替えて昼寝をするという。ミャアは何かやりたいことがあるらしく小屋の隣の大きな部屋へと入っていったのだった。
そして俺はダンジョンの前で座り、一人考え込んでいた。
「うーむ… どうしたものか…」
それは…
このダンジョンでどのようにしてシンニュウシャを撃退するのか、
ということだ。
家族思いのイケメンシンニュウシャ。芯が通っており、恐怖に打ち勝つ強さを合わせ持っている。
さらにモンスターの集団に囲まれても一撃で戦況を覆してしまうほどの大技さえも備え持っているのだ。
そんな彼の心をくじき、自ら撤退を選択するように仕向ける必要がある。
しかも今のダンジョンは、その中で傷を癒すことが出来る作りとなっているのだから余計にややこしい。
つまりラスボスの部屋でモンスター全員をもって迎え撃っても、シンニュウシャは戦況を見て、ホテルのような部屋に戻り態勢を整えることが可能なのだ。
かと言って途中で待ち伏せして致命的なダメージを与えることもかなわない。
「だめだ、こりゃ」
俺は状況を整理しただけでさじを投げた。
この先どんなに考えを巡らせようとも、何か有効な策など思いつくはずもないだろう。
俺はがくりと肩を落としたのだった。
すると…
ーーグルルルゥゥ…
と、体は正直なもので力が抜けた途端に空腹が襲ってくる。
俺は「お腹空いたな〜」とつぶやきながら、何か食べ物がないか探しにいくため、寝泊まりしている小屋の方へと足を向けたのであった。
………
……
ーーぐごぉぉぉぉ!
すごいイビキが外まで響いてくる。
どんだけ気持ち良く寝てるんだ…あの幼女は。
しかしこれだけぐっすりと寝ているところを、食べ物を探すためだけにズカズカと入っていくのも気が引けるな。
俺は寝床の小屋は諦めて、大きな部屋の方へと入ったのだった。
すると…
そんな俺の目に飛び込んできたのは、美味しそうな…いや、白くて柔らかそうな太ももだった!
その魅惑的な太ももの持ち主はもちろんミャア。
彼女は広い床の上にうつ伏せになりながら、足をバタ足のようにバタつかせているのだ。
俺はそれを真後ろから見る格好になったわけだが、短いスカートゆえかその美味しそうな太ももがばっちりと視界に入ってきたのである。
しかも太ももだけではない…
もう少しで見えそうなのだ…
腰に履かれているはずのあの下着が…
くぅぅぅ!!
見えそうで見えないっ!
しかしそれがまたいいっ!
俺の空腹が満たされていく…気がした。
しかしそんな美味しい時間はすぐに終わりを迎えた。
「タケト? そんなところで何を突っ立っているにゃ?」
俺の気配を鋭く察知したのか、ミャアが顔だけをこちらに向けて問いかけてきたのである。
まあ、おかげで空腹が満たされたし、俺は思わず手を合わせてつぶやいた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま? 何を言っているのにゃ?」
「いや、こっちの話だから気にするな。ところでお前の方こそ、そこで何をしているんだ?」
すると起き上がってくるりと振り返ったミャアが一枚の紙を俺に対してグイッと見せつけた。
「お手紙を書いているにゃ!」
「手紙? 誰に?」
「パパにゃ!」
「パパ… だと…!!?」
パパ…ってあれか…
妻子を持ちながらも、お気に入りの娘をマンションに住まわせて養っている…そんな存在のおじさまのことか…
そして、出張と称して夜な夜なそのマンションにやってきては、あんなことやこんなことを…
いやいや! そんなことある訳ないだろ!
タケト! お前はメロドラマの見すぎだ!
「あはは…そうか。実の父親にお手紙書くなんて、偉いな」
「はにゃ? パパはミャアのほんとうのパパじゃないにゃ」
「な、な、な、なんだとぉぉぉ! じゃあ、お前はもうあんなことやこんなことをパパとしちゃってるのか!?」
顔を真っ赤にして唾を飛ばす俺に対して、ミャアは眉をひそめて答えた。
「言っている意味がよく分からないにゃ。パパはパパにゃ。ミャアにいつも優しくしてくれるパパにゃ」
「や、や、優しくだと… つまりあれか、優しく耳元で囁かれながら、あんなことやこんなことを…」
「もうっ! タケトの言っていることが全然分からないにゃ!」
そうぷくりと頬を膨らませたミャアは、ポッケから『先生』を取り出した。
そして「ミャアのパパのことをタケトに教えてあげてにゃ!」と、ミャアは大声で言った。
すると『先生』は話し始めたのだった。
「ミャアのパパとは、彼女の育ての親のことです。彼は、生まれたばかりの彼女を拾い上げて男手一つで育てあげました。その苦労もあってか、彼はミャアを溺愛しており、彼女に近寄る『虫』はことごとく彼によって『抹殺』されております」
なんだかいきなり物凄く重い話なんですけど…
しかも、さらりと『虫』とか『抹殺』とか恐ろしい単語が並んでいるのですが…
そんな風に俺が顔を青くしていると、『先生』はミャアのパパについて話した。
「なお彼の名はオーディン。言わずと知れた戦神であり、たとえこの世界で最強とうたわれているバハムートであっても、彼の手にした槍の一撃で息の根が止まります」
おいおいおいおーーい!!
そんな恐ろしいお方が『パパ』だとぉぉ!?
ま、まぁ…お、俺は何もやましいことなんてしてないし、オーディン様に睨まれることはないはずだし。
それなのに心臓がバクバクと音を立ているのはなぜなのだろうか。
そして俺は平静を装いながらミャアにたずねた。
「と、ところでミャアはパパにどんなお手紙を書いているんだ?」
「パパはミャアがこっちに来ることをすごく心配してたにゃ。だからパパに安心してもらえるように、こっちで起こった出来事を教えてあげるにゃ!」
うん、すごく嫌な予感しかしない。
「ミャア、ちょっと見せてくれないか?」
「うーん、恥ずかしいけど、タケトならいいにゃ!」
そう言った彼女は、顔を赤らめてもじもじしながらその紙を俺に差し出した。
俺はそれを受け取ると、声に出して読み始めた。
「なになに… パパへ。パパ、今日はびっくりしたことがあったにゃ。夜ミャアが一人で寝ようとしたら、タケトが優しく抱き寄せてくれて、『可愛い』って囁いてくれたにゃ。すごく嬉しかったにゃ!そして、キスもしてくれたのにゃ!ミャア、なぜかすごくドキドキしたにゃ!」
うん、却下。
こんな手紙が戦神に届けられたら、俺死んじゃうもん。死ぬの嫌だもん。
俺はクルクルとその手紙を丸めると.
ゴックン…!!
と飲み込んだ。
「うにゃぁぁぁ!! タケト! 何するにゃ!」
ミャアが涙目で俺に詰め寄ってくる。しかし、俺はそんな彼女の両肩を優しく掴むと笑顔で言った。
「ごめんよ。でも、俺、生きたいんだ。生きてるって素晴らしいから」
「何を言ってるにゃ!? どうしてくれるのにゃ! パパはミャアと会えなくて寂しいから、お手紙を貰えるとすごく喜ぶにゃ! もし、お手紙でミャアが困ったことあってら、飛んできてくれるって、言ってくれたのにゃ!」
「だからあの内容はダメなんだろ! まったく! ミャアは俺に死んで欲しいのか!?」
「なんでにゃ!? タケトに優しくしてもらって嬉しかったって手紙に書いたらダメなの?」
涙で潤んだ瞳を上目遣いで見つめてくるミャア。
ぐぬぬっ! 可愛いじゃねえか!
そういう何気ない態度は、わざとなのか!?
俺の純朴な心を弄んで楽しんでいるのか!?
…と、その時だった…
ーービビビッ!!ーー
と、俺に電気が走ったのである。
「そうか… その手があったか… ははは!」
俺は思わずミャアに抱きついた!
「はにゃ!? き、急にどうしたにゃ!?」
そして俺は彼女から少し離れると顔を見合わせて言ったのだった。
「いけるっ! この作戦ならいける!! クリアできるぞ! 『第二層』を!!」
とーー




