第二層 ⑦
◇◇
十四日目 朝食後(俺は食べさせてもらえなかったが…)――
この日もいつも通りの時間にダンジョンのパーツが届けられた。
不思議なことにこれらのパーツは時間になるとダンジョンの前にいつの間にか現れる。
さらに言えばそれらのパーツは驚くほど軽い。例えるなら発砲スチロールみたいなもの。それでもダンジョン内に設置すれば自然と重量が出て、余程な風でも吹かない限りは吹き飛ばされたり、崩れたりすることないのだから、摩訶不思議なものだ。
まあ、このあたりの事は深く考えても仕方がない。
いわゆる『仕様』として片付けておけばよいのだと俺は自分に言い聞かせている。
しかし、この日はなんだか様子が違った。
なんと一つ一つのパーツが大きいのだ。
いつもなら細かい『壁』や『廊下』のパーツを組み合わせることで、ダンジョンに様々な工夫をこらすことが出来るわけだが、今日届いたものはその工夫のしようがないほどの大きさだった。
もっと分かりやすく言えば、1階層あたり5個程度のパーツしかなく、それらをさながらごく簡単なジクゾーパズルのように組み立てるより他なさそうなのだ。
そして…
それらを何も考えずに組み立ててみると…
なんと! 昨日と全く同じダンジョンが出来上がったのである!
完成までの時間、わずかに30分!
「そ、そ、そんな馬鹿な…」
俺は驚きのあまりパニックに陥っていた。
しかしカルロッテとミャアは今日の作業が早くも終わったことに喜び、既にお茶をすすり始めている。
「まったくタケトは細かいことにいちいち驚くでない。それだから肝っ玉の小さき男と『先生』に言われてしまうのじゃ」
「おい、待て! 『先生』はそんなこと一言も言ってなかったぞ!」
「あー、そうか。タケトはあの『先生』の言葉の続きを聞いていなかったのだったな。ぷぷっ… 今思い出しただけでも、笑いが込みあげるのじゃ」
この幼女、むしろ女神にしない方がいいんじゃないか?
性格悪すぎだろ…
しかし幸いなことに、彼女のこの言葉で俺はある事を思いついた。
「そうだ! 『先生』にこれがどういうことか聞いてみよう!」
早速ミャアに『先生』を取り出してもらい「女神昇進試験のダンジョン作りについて教えてほしい」と問いかけた。
するとしばらくした後、『先生』がいつもの淡々とした口調で話し始めたのだった。
「女神昇進試験のダンジョン作りについての検索結果を読み上げます」
そしてその内容は…
この日が今までで『最悪な朝』と称するにふさわしいものだったのである――
「女神昇進試験のダンジョン作りは、第一層から第五層まで行われます」「それは知ってる」
「なおシンニュウシャの撃破ないしは撃退が難しいと判断した場合は、ダンジョンマスターが撃破されるその前に、女神見習いはリタイアをすることが可能です。リタイアをすれば次の日にもう一度同じ条件でシンニュウシャに挑むことが可能です」「なに!? そうだったのか!」「うむ、知らなかったのじゃ」「おいっ!まじか!」
「第一層のクリア率は99.8%」「へえ、この0.2%って多分誰かさん一人だよな」「う、うるさいのじゃ!」
そしていよいよ肝心の第二層からのことだ。
「第二層のクリア率は65%。なお、第二層からは『自動完成機能』が適用されます」「自動完成機能?」
「『自動完成機能』とは、万が一ダンジョンが全壊してしまった場合、前日作ったダンジョンと全く同じダンジョンが再現できるように配慮された機能です。これによりダンジョンの修繕が格段にしやすくなる便利機能になります」
なんと…
そんな機能があるなんて…
俺は「なぜ教えてくれなかったんだよ!」と言わんばかりにカルロッテの方をきりっと睨む。
すると彼女は「知るはずもないのじゃ!」と言わんばかりに頬を膨らませて、プイッと横を向いた。
確かに使いようによってはすごく便利な機能だ。
しかし…
今の俺たちにとっては迷惑極まりない機能なのだ。
なぜなら…
今のダンジョンは、さながらホテルのような作りなのだから!
しかし、次の『先生』の言葉は俺を立ちくらみさせるに十分な衝撃を与えるものだったのである。
それは…
「なお『自動完成機能』は試験期間中はオフにすることは出来ませんので、十分に考慮してダンジョン作りをしなくてはなりません」
な ん だ と !
「ちょっと待て! ということは何か!? この後全てのシンニュウシャは第二層で快適ダンジョンライフを送ることが可能ってことか!? となれば第一層でどれほどシンニュウシャを苦しめても意味がないってことじゃないか!」
つまりもし仮に『第二層』をクリアすることが出来たとしても、『第三層』以降のシンニュウシャたちは、『第三層』以降で勝負をしなくてはならないということだ。
いや、そもそも『第二層』のシンニュウシャに至っては、このホテルのダンジョンで撃退せねばならないということか…
ありえない… もう詰んだも同然だろ…
しかし、カルロッテとミャアはのんきにお茶をすすっている。そしてカルロッテの方が俺に対して呆れるように言ったのである。
「肝っ玉が小さい上に騒々しいなんて、モテない男のテンプレみたいな男よのう。もうどうにもならんのだから仕方ないではないか」
「仕方ないのにゃ!」
「…おい… お前ら本当に分かっているんだろうな!?」
「うむ、よく分からんがとにかくダンジョン作りが楽になったということでよいではないか。まったく…」
「ミャアは全然意味が分からないにゃ! でもゴシュジン様がいいって言うなら、それでいいのにゃ!」
俺は絶句した。
そして心に誓ったのである。
この試験が終わったら、金輪際彼女たちに関わるのはよそう…と。
ところが衝撃はこれだけにとどまらなかった…
最後に『先生』が教えてくれたその事実は、もはや絶望しかもたらさなかったのである――
それは…
「なお、女神昇進試験の期限は二十日間となります」
というものだった…
「なにぃぃぃぃい!!」
俺の絶叫は天までこだました。
二十日だと!?
今日がすでに十四日目だから、つまりこの日を入れて残り7日で第五層までクリアしなくてはならないのか!
そして『先生』は非情なことを告げた。
「次に各階層における平均クリア日数になります。
『第一層』1.2日。
『第二層』2.3日。
『第三層』3.0日。
『第四層』5.5日。
『第五層』7.0日です」
おいおい…
俺たちは『第一層』で12日かかったんだぞ…
そしてもし今日『第二層』をクリアできたとしても、残り6日で3層分クリアしなくてはならない。つまり平均2日でクリアしなくてはならないなんて…
ーー絶対に無理だろ!ーー
クラっと立ちくらみを覚えた俺はそのまま力なく仰向けに倒れた。
そんな俺の側にテクテクとやってくるカルロッテとミャア。
彼女たちは親指を立てると、揃って言ったのだった。
「どんまいじゃ!」「どんまいにゃ!」
と…
女神昇進試験、期限まで残り…
ーー7日ーー




