第二層 ⑤
ーーイケメンシンニュウシャと彼の妹の幸せを守りたい!
そんなことを考えても全く意味がないことなんて分かっている。なぜなら相手は実体のないゴーレムなのだから。
そして何よりもカルロッテの為にダンジョン防衛をクリアすることが最優先であることだって十分に理解しているつもりだ。
それでも俺はこの願いを譲るつもりはなかった。
死を間際にしながらも妹の幸せだけを願ってやまなかった男の気持ちを踏みにじるなど、俺は許せないのである。
そんな俺の固い決意のことなどよく分からないカルロッテは不思議そうに問いかけてきた。
「つまりタケトは、シンニュウシャを倒すよりも追い返した方がクリアしやすい、と思ったのじゃな?」
「いいや、そんなことはない」
「では、追い返す良い方法がある、ということなのじゃな?」
「いいや、そんなものはない!」
全て即答する俺。
そんな俺に対して呆れたように肩をすくめたカルロッテは、大きなため息をついてまとめた。
「つまりタケトは、倒すよりも追い返す方が難しいことを分かっていて、しかも良い方法すら思いついていないということじゃな?」
「その通りだ!」
堂々と胸を張る俺に、今度はミャアが大きな目をさらに大きくして言った。
「タケトは大馬鹿にゃ…」
「ふん! なんとでも言え! とにかくあのシンニュウシャだけは、ちゃんと家に帰して妹と幸せに暮らしてもらうと決めたんだよ! それが嫌なら俺をダンジョンマスターから外せばいい!」
この言葉に顔を見合わせたカルロッテとミャア。
すると…
「ププ… ぶははははっ! タケトは大馬鹿じゃ!」
「あははは! ほんと大馬鹿ものにゃあ!」
と、二人して腹を抱えて大笑いを始めたのである。
俺は頬を膨らませて「何がそんなに可笑しいんだよ!?」と睨みつけたが、彼女らは俺の視線など気にかける様子もなく笑い続けていた。
すると二人は目と目で合図をして、俺の両脇に並ぶ。
そして…
ーーガシッ!
ーームニュッ!
と、同時に俺の腕に抱きついてきたのだ。
カルロッテの方は固い。
しかしミャアの方はフワフワのクッションのように柔らかいものが俺の腕に当たって、すごく気持ちいい。
まあそんな感触のことよりも、突然のことに俺はびっくりして思わず声をあげた。
「な、なにするんだよ!?」
「タケトはわらわのダンジョンマスター! お主のやり方をわらわは応援するのじゃ!」
「ミャアはゴシュジン様のメイドにゃ! ゴシュジン様が応援するならミャアも応援するにゃ!」
無邪気に笑顔を見せる二人に、今度は俺が呆れたように言った。
「おいおい… 俺が大馬鹿ならそれに付き合うお前らも大馬鹿ってことになるんだぞ? それでいいのか?」
その問いに二人は声を合わせて答えたのだった。
「それでいいのじゃ!」「いいのにゃ!」
と…
今日も空は満天の星が輝いている。
その下で俺たち三人は一つになって小屋へと帰っていったのだった。
………
……
寝泊まりしている小屋に戻ってきた俺の目に飛び込んできたのは驚くべき光景だった。
「な、な、なにぃぃぃ!!」
なんと小屋が小屋ではなくなっていたのである!
いや、正確に言うならば、小屋と隣接する形で大きな部屋が増えていたのであった。
それはもはや小屋というよりは『一軒家』と表現するのが相応しいものだった。
「うむ、これはビックリじゃな。部屋が増えておる」
「おい! なんで女神見習いのお前が分かっていないんだよ? もう3回目なんだろ? この試験」
「う、うるさいのじゃ! 『第二層』までいったのが初めてだから何も分からないからって文句を言われる筋合いはないのじゃ!」
頬をぷくりと膨らませて抗議するカルロッテに対して俺は頷きながら答えた。
「そうか、それは仕方ないな」
今さらりと『第二層』までいったのが初めてだと聞かされたが、ここは華麗にスルーしておいてやろう。
彼女にも触れられたくない過去はあるはずだ。
俺はすぐに切り替えるとミャアにたずねた。
「ミャア、『先生』に聞いてくれないか? なぜ部屋が増えたのかってこと」
「分かったにゃ!」
そう明るく返事をしたミャアはポケットから『先生』を取り出すと「女神昇進試験で部屋が突然増えた理由を教えて欲しいにゃ!」と問いかけた。
すると…
「女神昇進試験で寝泊まりしている建物の部屋が増える条件は、階層のクリアです。階層をクリアするとともに部屋が増えます」
と言うではないか!
先ほどまでシンニュウシャを撃破してしまった罪悪感にかられて落ち込んでいた気分は一転した。
「おおおお!! やったぞ! 早速どんな部屋か見てみようぜ!」
「おお! 見てみるのじゃ!」「見るにゃ!」
部屋が増えた!
これであの馬小屋のような藁を敷き詰めた場所からおさらば出来る!
いやがおうにもテンションは上がる。
そして俺は急いで新たに追加された部屋の扉を開けた。
すると目に飛び込んできたのは…
まるでリビングのような広い大きな部屋。
それだけではない。
寝室と思われる部屋に、バスルームと思われる部屋までついているではないか!
「おおおお!! これはすごい! あはは!」
むき出しの木の床をダンスするように跳ねる。
そして俺は『当たり前』の事を弾む声で言ったのだった。
「よしっ! 早速、ベッドだけでも運びこもう! 今日はふかふかのベッドで寝れるぜ!」
その言葉に眉をしかめたカルロッテ。彼女は首をかしげながら言った。
「むむっ? ベッドなどどこにもないぞ」
小躍りを止めた俺も眉をしかめてカルロッテに答える。
「なにっ!? ベッドがなければこんな堅い床の上で寝れるわけないだろ!? どっかに絶対あるはずだ!」
「しかし、ないものはないのじゃ」
「そんなバカな…」
二人で腕を組みながら「うーん」と唸る。
すると…
そろりそろりと気配を消してその場を後にしようとしている一人の影…
俺は白い目でその様子を見つめると、ぼそりと呟くように問いかけた。
「おい… ミャア、何か知ってるんじゃないだろうな?」
彼女はビクリと肩を震わせると、顔をこちらには向けずに答えた。
「な、な、な、な、何もミャアは知らないにゃ」
明らかに何かを知っているとしか思えない態度だ。
そこで俺はカマをかけてみることにした。
「…ところで、ダンジョンに設置してあったベッドのサイズがこの部屋にぴったりだと思うんだが、気のせいだろうか」
「さ、さ、さあ? ミャアにはよく分からないにゃ」
「ふーん、では『先生』に聞いてみようか。支給されたベッドはダンジョンで疲れの知らぬシンニュウシャに使ってもらう為のものだったのか、それとも女神見習い様とダンジョンマスターが気持ち良く寝る為のものだったのか…」
…と、その瞬間だった。
ミャアがやぶれかぶれといった風に大きな声で叫んだのだ。
「うにゃー!!」
そして、
――ボンッ!!――
と、大きな音がしたかと思うと、ミャアが白い煙に包まれる。
すると彼女は、なんと本物の猫となってその場を疾風のように立ち去っていったのだ。
「あっ! 逃げた! ちょっ、待てよ!!」
追いかけようにも既に猫となったミャアの姿は闇夜の中で見えなくなってしまった。
「ぐぬぬぅ! 折角今日からは気持ち良く寝られると思っていたのに!」
そう悔しがる俺の側までやってきたカルロッテは、なぜか眩しい笑顔で言ったのだった。
「どんまいじゃ!」
と――
こうして俺は、この日もまた、藁を敷きつめたあの小屋で一晩を過ごす事になったのだった。




